無冠の棋士、幼女に転生する
閑話「神無月ルナ」
私のパパの神無月稔はプロ棋士だ。
順位戦B級一組に所属する七段の棋士で、パパ曰くまだまだ中堅のお兄さんらしい。
テレビで活躍するパパを幼い頃から応援していた私が将棋を指すようになったのはごく自然な事だった。
最初はパパがどんなお仕事をしているのかを知りたくて、ママに頼んで教えてもらったのがきっかけだ。
休みの日にパパに一つずつ教えてもらいながら将棋を覚えていった。休みの日くらいパパには将棋以外のことをやらせてあげればよかったなぁとか今では思うけど、あの時の私は本当に夢中だった。なんだかんだ言ってパパも将棋をする私の姿を見てニコニコしてたので嫌ではなかったとは思う。
「ただいまー」
小学生将棋王将大会から帰宅する。
ママが台所で夕飯の準備をしていた。今日は何だろう。この匂いはボルシチかな。
「あら、お帰りなさい。大会どうだった?」
「うん、決勝トーナメントの1回戦で負けちゃったわ」
「あらあら、それは残念ね。じゃあ今年は全国行けないのね。どんまい、来年があるって!」
「そうね」
「あら、あんまり落ち込んでない?」
「落ち込んでるわ。でも今日は新しい将棋のお友達ができたの」
私に勝ち、そしてあの角淵も倒して優勝したさくら。その双子の妹の桜花。
自分よりも歳下の女の子なのに将棋がとても強い二人と知り合えたことは今日一番嬉しいことだったわ。女の子で将棋している子なんていないもん。
「あら、ルナちゃんにも将棋のお友達ができたの! 男の子?」
「二人とも女の子よ。双子の姉妹だわ」
「まあ、女の子! しかも二人。よかったわねルナちゃん。これで寂しくないね」
「べ、別に寂しくなかったし」
私は友達が少ないわけじゃないからね。周りの女の子はアイドルやテレビ番組、ユウチュウブの話題ばかりだ、将棋の駒の動かし方も知らない子が多い。
私だってプリキュアや可愛い服には興味あるけど、やっぱり一番大好きな将棋でおしゃべりできる女の子の友達が欲しいなぁって思ってた。
そう思ってただけで別に寂しいわけじゃないんだからね。ママの勘違いも甚だしいわ。
「それでねママ。私が負けた相手ってのがその双子のお姉ちゃんなの。とても強かったの!」
それから私はママに一方的に今日のことを話した。さくらや桜花の事。そしてパパの弟子の生意気なあいつが負けた事。
顔をキラキラとさせてそう語る娘の様子をルナの母親は暖かな目で見守っていた。
「あっ、ルナちゃん。まだパパに報告してないでしょ? もうすぐお夕飯できるから書斎に呼んでくるついでにパパにも今日のこと話してきたら?」
私と同じ色の銀髪をひらりとさせてママがそう促した。あっ、ママ! 鍋から目を離したら危ないって。沸騰して溢れそうなところを間一髪でママは火を止める。
「……今日は焦がさないでよママ」
「大丈夫よ。任せなさいって」
少し心配なママを台所に残して、私は二階に上がる。
そしてパパの書斎の前に立ってコンコンとノックする。
「パパ入っていい?」
「いいよ、ルナ」
ドアノブを回してドアを引く。
ドアを開いてまず匂ってくるのは本の香り。パパの書斎は本棚が壁一面を覆っている。日本語だけじゃない。ママの母国のロシア語の本もある。あとは英語やドイツ語。私は日本語しか読めないし喋れないけど、パパは六カ国語も喋れる。
パパは机の上でペンを動かしていた。家でもお仕事してて大変だわ。
「ただいま、パパ」
「お帰り、ルナ。将棋の大会の方はどうだったかな。角淵くんの結果も一緒に教えてくれるかな」
「ルナは決勝の一回戦負け。角淵……くんは準優勝でしたわ」
パパは「ふむ」と言い、ペンを置くと私の方へ向き直した。
「角淵くんが負けたのかい? 今年は彼が負けるような子は低学年の部にはいなかったと思うんだけど」
「あのねパパ。ルナも角淵くんも一年生の女の子に負けたの。とっても強かったわ!」
「一年生……しかも女の子? どこの弟子かわかるかい?」
「さくらはプロの師匠はいないって言ってたわ。ちゃんとした大会も今回が初めてだって」
実戦経験がネット将棋だけでルナや角淵を負かすなんてさくらはすごいと思う。私がパパに教えてもらった将棋の定跡を独学であの二人は学んでいた。桜花の方はまだまだ甘かったけど、さくらは私より詳しいかもしれない。
「…………」
パパは口元に手を当てて何かを考えている。パパが集中している時の癖だ。
「ルナ、棋譜はあるかい?」
「うん。パパ見たいかなぁと思って持って帰ったよ」
私はバックからクリアファイルに挟まれた棋譜を取り出す。
棋譜はさくらと桜花の棋譜。パパの弟子の角淵、そして私の棋譜だ。
「うん。ありがとう。……空亡? やっぱり知らない苗字だな。プロの子供って訳でもないのか。まぁこれは後でゆっくり見させてもらうよ。――おいでルナ」
「うん!」
パパが膝をポンポンとしたので私はパパの方へ向かった。そしてパパ足の上に座って抱っこしてもらう。
「よしよーし。負けて悔しかったでしょ? パパの胸で泣いてもいいんだよ」
「別に泣かないし。それより私の棋譜見て。どこが悪かったのか教えてパパ」
さくらに負けたのは私のミスが原因だ。さくらは強いけど絶対的に強いわけじゃない。ギリギリの対局の末最後に押し負けてしまった。悔しい。次は勝ちたい。
「さてさて。予選の対局っと」
パパは棋譜をペラペラとめくる。
予選の三局を流し見して少し考えてから口を開く。
「予選レベルでルナにアドバイスすることはないね。格下ばかりで勝負にすらなってない将棋ばかりだ。……そしてこれがルナの負けた対局か」
パパの手が止まる。
私がさくらに負けたあの対局の棋譜だ。
「……負けた直接の原因はここだろうね。少し焦りすぎたねルナ。もう少し……例えばこんな感じに攻めれば良かったと思うよ」
「やっぱりパパもそう思う? 私としては下段に銀を打ち込んで攻めるのはどうかなって思ったわ」
「それだと相手がミスしてくるのを待つことになるね。難しいけどこうやって受け切れるし」
大きな大会が終わった後はいつもパパの膝の上でこうやって将棋を振り返る。パパは普段は優しいけどこの時だけは厳しい。将棋に関してはパパは甘くないの。
この後もパパから今日の棋譜について色々教えてもらった。序盤の駒組み、終盤の受け。やっぱり細かいミスはまだまだ多い。もっと、もっと強くならないと。
「……うーん、しかしこの空亡さくらちゃんって子は本当に小学一年生? この棋譜を見る限り初めて角淵くんを見た時と同じかそれ以上の素質を感じる。しかもプロの先生から教わってないんだって?」
「うん。ネットで将棋を覚えたって」
「今のネット将棋はレベル高いとはいえそれだけでここまで強くなれるのか……」
わかっていたことだけど、プロであるパパの目から見てもさくらの強さは異常らしい。
「ねぇ、パパ。弟子にしてくれる先生見つかった?」
「今色々当たってるよ。でもそんなに急ぐ必要はないと思うけど」
「私もっと強くなりたいわ。さくらに負けたままじゃ悔しい」
以前からパパに私の師匠になってくれるプロの先生を探してもらっていた。
最初はパパの弟子になりたかったのだけど、パパが私にこれ以上厳しく教えることができないって言ったから諦めた。
「ルナの師匠になる先生だしちゃんとした先生に頼みたいからもう少し待ってね」
「むぅーわかったわ」
「さて、そろそろ降りようか。ママの夕飯楽しみだ」
「今日はボルシチだったわ。多分また少し焦げてるわ」
「あの焦げが美味しいんだよ」
私を膝から下ろして、パパが立ち上がる。
その表紙にひらりと一枚の用紙が机から落ちた。
「パパこれ落ちたよ…………あれこれって」
「こらこら勝手に見ちゃダメダメ。…………まぁこのくらいの内容のなら構わないけど、もっと重要なものは家族にも見せられないものがあるからね」
「ごめんなさいパパ。それでその……」
「これは来月のイベントだよ。近くのショッピングモールであるんだ」
プロ棋士はテレビ番組の将棋だけでなく、イベントとして各地に足を運ぶことがある。パパはこの街に住んでいるので、よく近くのイベントに呼ばれたりしてる。今回も同じような感じ。ただパパの共演者の名前が気になった。
「つくもんが来るの?」
「そうだよ。今回の主役は武藤先生でオレは補佐役かな」
「わー、楽しみ。私も行っていい?」
「来てもいいけどパパは忙しいからママに連れて来てもらうんだよ」
「わかってるわ」
さくらや桜花は興味あるかしら。たぶん興味あるわよね。誘ってみよ。角淵には絶対に教えてやるもんか。
「ルナちゃーん、パパー、ご飯できたわよー」
一階からママの声が響いた。
少しパパとおしゃべりしすぎちゃったみたい。
「パパ、ママが待ちくたびれちゃったみたい。早く行かないと怒られるわ」
■■■
パパとママと夕食のボルシチを食べたあと、ママの一緒にお風呂に入った。
そして時間は夜の10時を回ろうとしていた。
いつもならもう電気を消してベットに入っている時間だが、私は自分の部屋でスマホをいじっていた。
スマホの画面には今日連絡先を交換したさくらと桜花とのグループメッセージが表示されている。
桜花『ルナちぃ、こんばんわんこ』
さくら『将棋やろっ! 将棋!』
桜花『おねぇは昼間やったでしょ。ルナちぃわたしとやろー』
ピコーンピコーンと連続してメッセージが送られてくる。
あまりメッセージを送ることに慣れてない私が戸惑っているうちに2人で会話劇を繰り広げていた。
というか、この2人今一緒にいるはずよね。わざわざここでメッセージする必要なくない?
ルナ『2人とも、もう10時よ。寝ないとママに怒られるわ』
桜花『わたしたちはいつも布団かぶってこっそりやってるー』
さくら『この前バレてめちゃんこ怒られたけどね』
シクシクの涙を零すゴリラのスタンプが送られてきた。あのセンスないTシャツといい、ゴリラ好きなのかしら。
ルナ『とにかく、ネット将棋するなら夜10時まで。わかったかしら』
さくら『ショボーン。まあしょうがないね』
桜花『じゃあ、おねぇ将棋しよ』
さくら『おけー。じゃあルナおやすみー』
桜花『おやすみー』
スリープするゴリラのスタンプ。
私も『おやすみ』とだけ送ってスマホを閉じた。
「……ふぅ、あの2人ラインでもテンション高いわね」
ぽつりと呟いてベッドに倒れこむ。
えへ、えへへ。何故か頬が緩む。
「パチっパチっ……」
空中に思い描いた将棋盤に駒を打つ仕草をする。
ずっと欲しかったもの。ふと気づいたら手に入っていた。
「えへへ、おやすみー」
そう独り言ちて電気を消して、私は目を閉じた。
順位戦B級一組に所属する七段の棋士で、パパ曰くまだまだ中堅のお兄さんらしい。
テレビで活躍するパパを幼い頃から応援していた私が将棋を指すようになったのはごく自然な事だった。
最初はパパがどんなお仕事をしているのかを知りたくて、ママに頼んで教えてもらったのがきっかけだ。
休みの日にパパに一つずつ教えてもらいながら将棋を覚えていった。休みの日くらいパパには将棋以外のことをやらせてあげればよかったなぁとか今では思うけど、あの時の私は本当に夢中だった。なんだかんだ言ってパパも将棋をする私の姿を見てニコニコしてたので嫌ではなかったとは思う。
「ただいまー」
小学生将棋王将大会から帰宅する。
ママが台所で夕飯の準備をしていた。今日は何だろう。この匂いはボルシチかな。
「あら、お帰りなさい。大会どうだった?」
「うん、決勝トーナメントの1回戦で負けちゃったわ」
「あらあら、それは残念ね。じゃあ今年は全国行けないのね。どんまい、来年があるって!」
「そうね」
「あら、あんまり落ち込んでない?」
「落ち込んでるわ。でも今日は新しい将棋のお友達ができたの」
私に勝ち、そしてあの角淵も倒して優勝したさくら。その双子の妹の桜花。
自分よりも歳下の女の子なのに将棋がとても強い二人と知り合えたことは今日一番嬉しいことだったわ。女の子で将棋している子なんていないもん。
「あら、ルナちゃんにも将棋のお友達ができたの! 男の子?」
「二人とも女の子よ。双子の姉妹だわ」
「まあ、女の子! しかも二人。よかったわねルナちゃん。これで寂しくないね」
「べ、別に寂しくなかったし」
私は友達が少ないわけじゃないからね。周りの女の子はアイドルやテレビ番組、ユウチュウブの話題ばかりだ、将棋の駒の動かし方も知らない子が多い。
私だってプリキュアや可愛い服には興味あるけど、やっぱり一番大好きな将棋でおしゃべりできる女の子の友達が欲しいなぁって思ってた。
そう思ってただけで別に寂しいわけじゃないんだからね。ママの勘違いも甚だしいわ。
「それでねママ。私が負けた相手ってのがその双子のお姉ちゃんなの。とても強かったの!」
それから私はママに一方的に今日のことを話した。さくらや桜花の事。そしてパパの弟子の生意気なあいつが負けた事。
顔をキラキラとさせてそう語る娘の様子をルナの母親は暖かな目で見守っていた。
「あっ、ルナちゃん。まだパパに報告してないでしょ? もうすぐお夕飯できるから書斎に呼んでくるついでにパパにも今日のこと話してきたら?」
私と同じ色の銀髪をひらりとさせてママがそう促した。あっ、ママ! 鍋から目を離したら危ないって。沸騰して溢れそうなところを間一髪でママは火を止める。
「……今日は焦がさないでよママ」
「大丈夫よ。任せなさいって」
少し心配なママを台所に残して、私は二階に上がる。
そしてパパの書斎の前に立ってコンコンとノックする。
「パパ入っていい?」
「いいよ、ルナ」
ドアノブを回してドアを引く。
ドアを開いてまず匂ってくるのは本の香り。パパの書斎は本棚が壁一面を覆っている。日本語だけじゃない。ママの母国のロシア語の本もある。あとは英語やドイツ語。私は日本語しか読めないし喋れないけど、パパは六カ国語も喋れる。
パパは机の上でペンを動かしていた。家でもお仕事してて大変だわ。
「ただいま、パパ」
「お帰り、ルナ。将棋の大会の方はどうだったかな。角淵くんの結果も一緒に教えてくれるかな」
「ルナは決勝の一回戦負け。角淵……くんは準優勝でしたわ」
パパは「ふむ」と言い、ペンを置くと私の方へ向き直した。
「角淵くんが負けたのかい? 今年は彼が負けるような子は低学年の部にはいなかったと思うんだけど」
「あのねパパ。ルナも角淵くんも一年生の女の子に負けたの。とっても強かったわ!」
「一年生……しかも女の子? どこの弟子かわかるかい?」
「さくらはプロの師匠はいないって言ってたわ。ちゃんとした大会も今回が初めてだって」
実戦経験がネット将棋だけでルナや角淵を負かすなんてさくらはすごいと思う。私がパパに教えてもらった将棋の定跡を独学であの二人は学んでいた。桜花の方はまだまだ甘かったけど、さくらは私より詳しいかもしれない。
「…………」
パパは口元に手を当てて何かを考えている。パパが集中している時の癖だ。
「ルナ、棋譜はあるかい?」
「うん。パパ見たいかなぁと思って持って帰ったよ」
私はバックからクリアファイルに挟まれた棋譜を取り出す。
棋譜はさくらと桜花の棋譜。パパの弟子の角淵、そして私の棋譜だ。
「うん。ありがとう。……空亡? やっぱり知らない苗字だな。プロの子供って訳でもないのか。まぁこれは後でゆっくり見させてもらうよ。――おいでルナ」
「うん!」
パパが膝をポンポンとしたので私はパパの方へ向かった。そしてパパ足の上に座って抱っこしてもらう。
「よしよーし。負けて悔しかったでしょ? パパの胸で泣いてもいいんだよ」
「別に泣かないし。それより私の棋譜見て。どこが悪かったのか教えてパパ」
さくらに負けたのは私のミスが原因だ。さくらは強いけど絶対的に強いわけじゃない。ギリギリの対局の末最後に押し負けてしまった。悔しい。次は勝ちたい。
「さてさて。予選の対局っと」
パパは棋譜をペラペラとめくる。
予選の三局を流し見して少し考えてから口を開く。
「予選レベルでルナにアドバイスすることはないね。格下ばかりで勝負にすらなってない将棋ばかりだ。……そしてこれがルナの負けた対局か」
パパの手が止まる。
私がさくらに負けたあの対局の棋譜だ。
「……負けた直接の原因はここだろうね。少し焦りすぎたねルナ。もう少し……例えばこんな感じに攻めれば良かったと思うよ」
「やっぱりパパもそう思う? 私としては下段に銀を打ち込んで攻めるのはどうかなって思ったわ」
「それだと相手がミスしてくるのを待つことになるね。難しいけどこうやって受け切れるし」
大きな大会が終わった後はいつもパパの膝の上でこうやって将棋を振り返る。パパは普段は優しいけどこの時だけは厳しい。将棋に関してはパパは甘くないの。
この後もパパから今日の棋譜について色々教えてもらった。序盤の駒組み、終盤の受け。やっぱり細かいミスはまだまだ多い。もっと、もっと強くならないと。
「……うーん、しかしこの空亡さくらちゃんって子は本当に小学一年生? この棋譜を見る限り初めて角淵くんを見た時と同じかそれ以上の素質を感じる。しかもプロの先生から教わってないんだって?」
「うん。ネットで将棋を覚えたって」
「今のネット将棋はレベル高いとはいえそれだけでここまで強くなれるのか……」
わかっていたことだけど、プロであるパパの目から見てもさくらの強さは異常らしい。
「ねぇ、パパ。弟子にしてくれる先生見つかった?」
「今色々当たってるよ。でもそんなに急ぐ必要はないと思うけど」
「私もっと強くなりたいわ。さくらに負けたままじゃ悔しい」
以前からパパに私の師匠になってくれるプロの先生を探してもらっていた。
最初はパパの弟子になりたかったのだけど、パパが私にこれ以上厳しく教えることができないって言ったから諦めた。
「ルナの師匠になる先生だしちゃんとした先生に頼みたいからもう少し待ってね」
「むぅーわかったわ」
「さて、そろそろ降りようか。ママの夕飯楽しみだ」
「今日はボルシチだったわ。多分また少し焦げてるわ」
「あの焦げが美味しいんだよ」
私を膝から下ろして、パパが立ち上がる。
その表紙にひらりと一枚の用紙が机から落ちた。
「パパこれ落ちたよ…………あれこれって」
「こらこら勝手に見ちゃダメダメ。…………まぁこのくらいの内容のなら構わないけど、もっと重要なものは家族にも見せられないものがあるからね」
「ごめんなさいパパ。それでその……」
「これは来月のイベントだよ。近くのショッピングモールであるんだ」
プロ棋士はテレビ番組の将棋だけでなく、イベントとして各地に足を運ぶことがある。パパはこの街に住んでいるので、よく近くのイベントに呼ばれたりしてる。今回も同じような感じ。ただパパの共演者の名前が気になった。
「つくもんが来るの?」
「そうだよ。今回の主役は武藤先生でオレは補佐役かな」
「わー、楽しみ。私も行っていい?」
「来てもいいけどパパは忙しいからママに連れて来てもらうんだよ」
「わかってるわ」
さくらや桜花は興味あるかしら。たぶん興味あるわよね。誘ってみよ。角淵には絶対に教えてやるもんか。
「ルナちゃーん、パパー、ご飯できたわよー」
一階からママの声が響いた。
少しパパとおしゃべりしすぎちゃったみたい。
「パパ、ママが待ちくたびれちゃったみたい。早く行かないと怒られるわ」
■■■
パパとママと夕食のボルシチを食べたあと、ママの一緒にお風呂に入った。
そして時間は夜の10時を回ろうとしていた。
いつもならもう電気を消してベットに入っている時間だが、私は自分の部屋でスマホをいじっていた。
スマホの画面には今日連絡先を交換したさくらと桜花とのグループメッセージが表示されている。
桜花『ルナちぃ、こんばんわんこ』
さくら『将棋やろっ! 将棋!』
桜花『おねぇは昼間やったでしょ。ルナちぃわたしとやろー』
ピコーンピコーンと連続してメッセージが送られてくる。
あまりメッセージを送ることに慣れてない私が戸惑っているうちに2人で会話劇を繰り広げていた。
というか、この2人今一緒にいるはずよね。わざわざここでメッセージする必要なくない?
ルナ『2人とも、もう10時よ。寝ないとママに怒られるわ』
桜花『わたしたちはいつも布団かぶってこっそりやってるー』
さくら『この前バレてめちゃんこ怒られたけどね』
シクシクの涙を零すゴリラのスタンプが送られてきた。あのセンスないTシャツといい、ゴリラ好きなのかしら。
ルナ『とにかく、ネット将棋するなら夜10時まで。わかったかしら』
さくら『ショボーン。まあしょうがないね』
桜花『じゃあ、おねぇ将棋しよ』
さくら『おけー。じゃあルナおやすみー』
桜花『おやすみー』
スリープするゴリラのスタンプ。
私も『おやすみ』とだけ送ってスマホを閉じた。
「……ふぅ、あの2人ラインでもテンション高いわね」
ぽつりと呟いてベッドに倒れこむ。
えへ、えへへ。何故か頬が緩む。
「パチっパチっ……」
空中に思い描いた将棋盤に駒を打つ仕草をする。
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「えへへ、おやすみー」
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