無冠の棋士、幼女に転生する
第6話「逆襲」
「勝負あり……っぽくね?」
「いや、まだ詰んではない……と思う」
対局を見ていた2人の少年がつぶやき合う。
さくらとルナの対局はお互いの持ち時間を全て消費し、今や一分将棋となっている。
さくらとルナ以外の対局は既に決着がついていて、対戦の終わった子達とそれを見守っていた大人たちがさくらとルナの対局に注目していた。
「棋譜を見ましたけど2人ともいい将棋を指しますね。神無月さんの強引な将棋に空亡さんが巻き込まれた乱戦ですが、お互い致命的なミスがなく――いい意味で小学生らしくない将棋ですね」
「会長もそう思いますか。神無月さんは昨年一年生ながらも良いところまで進みましたし、今年も楽しみでしたけどまさか決勝トーナメント一回戦からこんな白熱した対局が見れるなんて思いませんでしたよ」
2人の対局の邪魔をしないように出来るだけ遠目で見守る観戦者。
小さな声でひそひそと目の前の対局についての会話を繰り広げる。
2人の少女が繰り広げる熱戦に側にいる誰もが目を離せない。
そんな集団の中、1人の少女は胸の前で手を合わせ祈るように呟く。
「おねぇ、頑張れ!」
少女の小さな声は想い人に届くことはないだろう。
それでも――
■■■
まず私は攻め駒として奮戦していた馬を自陣まで下げる。
飛車と違い、斜めに動くという性質上角という駒は攻防を同時にこなすことの出来る器用な駒だ。そしてそれが成った駒である馬には古くから言われる格言がある。
馬の守りは金銀三枚。
そう言われるぐらい守りに適した駒がこの馬という駒だ。
私が狙うのはカウンター。
相手の攻めを耐え、持ち駒を増やして力を溜め最後のその一撃に備える。
(……うん、まだ詰んでないはず)
詰んでいないならば受け間違えなければ死ぬ事はない。
一分将棋ではそんなに深くは読めない。
だから100パーセント詰んでないとは言えない。だけど、感覚的にこれは詰んでないと思う。
(桜花とこの二年間、毎日将棋を指してきた。桜花の規格外の終盤力で詰みが見えた瞬間に勝負が終わることはよくある。まだ私には桜花のように相手の王を速攻で詰ます棋力は無いけど――)
次々と飛んでくるルナの王手に持ち駒で合駒をして受けていく。
あまり持ち駒を使うとカウンターが弱くなるが、そんな心配に回す余裕はない。
(散々桜花に詰まされてきた私の感覚的にこれは詰まない!)
私がこの二年で桜花との対局で身につけた1つのセンス。
自玉が詰んでいるのか詰んでいないのか感覚的に分かる事。
桜花との対局で死に覚えして身につけたこの感覚。間違ってはいないはずだ。
将棋において自玉に詰みがあるかどうかの判断は非常に重要だ。
自玉の詰みを見逃して安易に攻めて頓死する。
何百と経験したそのパターンは棋士のトラウマになることだってある。
つまり、詰みの無いこの状況。
ミスなく受けきれば反撃のチャンスが生まれるはずだ。
ルナの金が、竜が雪崩のように私の王に向かって押し寄せてくる。
私の近衛兵である金や銀がその身を以て玉を守る。
互いの駒が盤上で散り散りになり、相打ちしていく。
私の玉の周囲は剥がされ、ついに玉はその姿を露呈する。
――が……。
「っ……!」
しだいに攻めているはずのルナの手が鈍り始める。
一分の持ち時間をギリギリまで使い打ち始めた。
攻めて、攻めて、攻めているにもかかわらずひらりひらりとかわしていく。攻めれば攻めるほど王の首が遠のく盤面を見て焦りが生まれているのだろう。
「なんで……なんで……」
いつまでたっても詰まない私の王に、ルナは動揺の言葉を漏らし始めた。
とは言え、まだ私が圧倒的不利なことには変わりない。
首筋に何度も襲いかかってくる刀を紙一重で避けているようなものだ。
遅延して遅延して遅延する。
ルナは強いけど、それでも私と同じ小学生。
プロじゃないなら……。
「……あっ!」
着手した直後にルナが小さく声を漏らす。
やっとこの瞬間が来た。
ルナの悪手――ミスが起きたのだ。
プロでもミスすることはある。ましてやルナは小学生。
焦れば当然ミスが誘発されるのだ。
私はしっかりとそのミスを咎め、離れていた差を詰める。
「くっ……」
ルナは犯したミスを取り戻そうと大駒を切って強引に攻め込んでくる。
竜をぶつけて、開いた穴に次々の駒を打ち込んでいく。
しかし。
(それは無理攻めだよルナちゃん)
ミスを取り返そうとしてさらなるミスを誘発する。
将棋だけでなく多くの事でよくあることだろう。
ルナの無理攻めに焦ることなく一つずつ対処していく。
先程まで大きくルナに傾いていた勝勢は、五分五分……いや、私の方に大きく傾いていた。
将棋の終盤は二度ある。
そしてこれからが二度目だ。
私はルナの攻めを耐えて手に入れた持ち駒を使いルナの王を逆に攻め立てた。
二度目の終盤。攻守交代のカウンターだ。
溜めに溜め込んだ持ち駒による怒涛の攻撃はすぐさまルナの王を窮地へ追いやる。
元は敵駒だった駒を使い敵の王を攻めるのは将棋の一番の特徴といっても良い。
「まだ……、まだ負けてないわ」
ルナは駒台から自陣へ駒を打ち込み、補強する。
合駒で王手を遮断して、王の退路を確保する。
狙いはカウンターのカウンターだろう。
あれだけの勝勢から覆されて、普通の小学生ならやる気を失い消沈しそうなのに。
ルナの心は全く折れていない。
どこまでも勝利にしがみついてくる。
盤上を睨みつけ、小さな勝利の穴すら見逃さない執念の光がその碧眼には宿っている。
(ルナちゃんの強さの根源は勝利のための飽くなき執念……なのかな)
最後まで諦めず、勝ち筋を模索し続ける。
対人ゲームですぐに諦めてくれる敵ほど楽な相手はいない。
逆に最後の最後まで粘り強く諦めない敵は本当に強い。まぁ、正直言うとウザいけどね。
ルナの一手一手から感じる気迫は攻めている時以上のものを感じる
ここまで追い詰められても負ける気は一切ないらしい。
「――でも、勝つのは私ッ!!」
自陣で守りの要になっていた馬を今度はグッと敵陣まで突き上げる。
持ち駒でもなく攻め駒でもなく、遠く離れた守りの駒からの奇襲にルナは息を呑む。
「……まだ!」
ルナの合駒をすり抜けるように、私の銀がルナの王に寄せていく。
「……まだ」
王の逃げ場所を塞ぎ、隅に追い込む。
「……ッ」
ルナはもう合駒も出来ないことを悟る。
もうどう打っても詰みなのは目に見えている。
それでも――最後のその時までルナは王を動かす。
そして。
「…………まけ、ました」
私がルナの王の頭に金を指したところで、声を振り絞るようにルナは投了した。
「いや、まだ詰んではない……と思う」
対局を見ていた2人の少年がつぶやき合う。
さくらとルナの対局はお互いの持ち時間を全て消費し、今や一分将棋となっている。
さくらとルナ以外の対局は既に決着がついていて、対戦の終わった子達とそれを見守っていた大人たちがさくらとルナの対局に注目していた。
「棋譜を見ましたけど2人ともいい将棋を指しますね。神無月さんの強引な将棋に空亡さんが巻き込まれた乱戦ですが、お互い致命的なミスがなく――いい意味で小学生らしくない将棋ですね」
「会長もそう思いますか。神無月さんは昨年一年生ながらも良いところまで進みましたし、今年も楽しみでしたけどまさか決勝トーナメント一回戦からこんな白熱した対局が見れるなんて思いませんでしたよ」
2人の対局の邪魔をしないように出来るだけ遠目で見守る観戦者。
小さな声でひそひそと目の前の対局についての会話を繰り広げる。
2人の少女が繰り広げる熱戦に側にいる誰もが目を離せない。
そんな集団の中、1人の少女は胸の前で手を合わせ祈るように呟く。
「おねぇ、頑張れ!」
少女の小さな声は想い人に届くことはないだろう。
それでも――
■■■
まず私は攻め駒として奮戦していた馬を自陣まで下げる。
飛車と違い、斜めに動くという性質上角という駒は攻防を同時にこなすことの出来る器用な駒だ。そしてそれが成った駒である馬には古くから言われる格言がある。
馬の守りは金銀三枚。
そう言われるぐらい守りに適した駒がこの馬という駒だ。
私が狙うのはカウンター。
相手の攻めを耐え、持ち駒を増やして力を溜め最後のその一撃に備える。
(……うん、まだ詰んでないはず)
詰んでいないならば受け間違えなければ死ぬ事はない。
一分将棋ではそんなに深くは読めない。
だから100パーセント詰んでないとは言えない。だけど、感覚的にこれは詰んでないと思う。
(桜花とこの二年間、毎日将棋を指してきた。桜花の規格外の終盤力で詰みが見えた瞬間に勝負が終わることはよくある。まだ私には桜花のように相手の王を速攻で詰ます棋力は無いけど――)
次々と飛んでくるルナの王手に持ち駒で合駒をして受けていく。
あまり持ち駒を使うとカウンターが弱くなるが、そんな心配に回す余裕はない。
(散々桜花に詰まされてきた私の感覚的にこれは詰まない!)
私がこの二年で桜花との対局で身につけた1つのセンス。
自玉が詰んでいるのか詰んでいないのか感覚的に分かる事。
桜花との対局で死に覚えして身につけたこの感覚。間違ってはいないはずだ。
将棋において自玉に詰みがあるかどうかの判断は非常に重要だ。
自玉の詰みを見逃して安易に攻めて頓死する。
何百と経験したそのパターンは棋士のトラウマになることだってある。
つまり、詰みの無いこの状況。
ミスなく受けきれば反撃のチャンスが生まれるはずだ。
ルナの金が、竜が雪崩のように私の王に向かって押し寄せてくる。
私の近衛兵である金や銀がその身を以て玉を守る。
互いの駒が盤上で散り散りになり、相打ちしていく。
私の玉の周囲は剥がされ、ついに玉はその姿を露呈する。
――が……。
「っ……!」
しだいに攻めているはずのルナの手が鈍り始める。
一分の持ち時間をギリギリまで使い打ち始めた。
攻めて、攻めて、攻めているにもかかわらずひらりひらりとかわしていく。攻めれば攻めるほど王の首が遠のく盤面を見て焦りが生まれているのだろう。
「なんで……なんで……」
いつまでたっても詰まない私の王に、ルナは動揺の言葉を漏らし始めた。
とは言え、まだ私が圧倒的不利なことには変わりない。
首筋に何度も襲いかかってくる刀を紙一重で避けているようなものだ。
遅延して遅延して遅延する。
ルナは強いけど、それでも私と同じ小学生。
プロじゃないなら……。
「……あっ!」
着手した直後にルナが小さく声を漏らす。
やっとこの瞬間が来た。
ルナの悪手――ミスが起きたのだ。
プロでもミスすることはある。ましてやルナは小学生。
焦れば当然ミスが誘発されるのだ。
私はしっかりとそのミスを咎め、離れていた差を詰める。
「くっ……」
ルナは犯したミスを取り戻そうと大駒を切って強引に攻め込んでくる。
竜をぶつけて、開いた穴に次々の駒を打ち込んでいく。
しかし。
(それは無理攻めだよルナちゃん)
ミスを取り返そうとしてさらなるミスを誘発する。
将棋だけでなく多くの事でよくあることだろう。
ルナの無理攻めに焦ることなく一つずつ対処していく。
先程まで大きくルナに傾いていた勝勢は、五分五分……いや、私の方に大きく傾いていた。
将棋の終盤は二度ある。
そしてこれからが二度目だ。
私はルナの攻めを耐えて手に入れた持ち駒を使いルナの王を逆に攻め立てた。
二度目の終盤。攻守交代のカウンターだ。
溜めに溜め込んだ持ち駒による怒涛の攻撃はすぐさまルナの王を窮地へ追いやる。
元は敵駒だった駒を使い敵の王を攻めるのは将棋の一番の特徴といっても良い。
「まだ……、まだ負けてないわ」
ルナは駒台から自陣へ駒を打ち込み、補強する。
合駒で王手を遮断して、王の退路を確保する。
狙いはカウンターのカウンターだろう。
あれだけの勝勢から覆されて、普通の小学生ならやる気を失い消沈しそうなのに。
ルナの心は全く折れていない。
どこまでも勝利にしがみついてくる。
盤上を睨みつけ、小さな勝利の穴すら見逃さない執念の光がその碧眼には宿っている。
(ルナちゃんの強さの根源は勝利のための飽くなき執念……なのかな)
最後まで諦めず、勝ち筋を模索し続ける。
対人ゲームですぐに諦めてくれる敵ほど楽な相手はいない。
逆に最後の最後まで粘り強く諦めない敵は本当に強い。まぁ、正直言うとウザいけどね。
ルナの一手一手から感じる気迫は攻めている時以上のものを感じる
ここまで追い詰められても負ける気は一切ないらしい。
「――でも、勝つのは私ッ!!」
自陣で守りの要になっていた馬を今度はグッと敵陣まで突き上げる。
持ち駒でもなく攻め駒でもなく、遠く離れた守りの駒からの奇襲にルナは息を呑む。
「……まだ!」
ルナの合駒をすり抜けるように、私の銀がルナの王に寄せていく。
「……まだ」
王の逃げ場所を塞ぎ、隅に追い込む。
「……ッ」
ルナはもう合駒も出来ないことを悟る。
もうどう打っても詰みなのは目に見えている。
それでも――最後のその時までルナは王を動かす。
そして。
「…………まけ、ました」
私がルナの王の頭に金を指したところで、声を振り絞るようにルナは投了した。
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