無冠の棋士、幼女に転生する
第1話「時代はネット」
結論から言うと私は祖父に三連続で負けた。
前世の記憶が曖昧で、前世で培ってきた経験を全く使うことができなかった。
レベルでいうならやっとルールを覚えた子供程度。
「わたしもしょーぎやるー」
懲りずに4度目を挑もうとした時に妹の桜花が乱入してきてしまい、4度目は桜花に教えながらの将棋になった。駒の動かし方からなので対局というよりはゲームのチュートリアル。
ある程度まともに将棋ができる(とは言っても将棋覚えたての子供レベル)私と違うので祖父もワザとヘタな手を打って、駒を取らせて上げたりしている。接待将棋だ。
「わーいかったー」
祖父の王を取って喜ぶ桜花。
祖父よ、私の時は一回も勝たせてくれなかったのに。
「さくら、桜花、もう9時よ。早く寝なさい」
母に言われて仕方なく寝室に行く。
私たちがいなくなった後、父と祖父は酒を飲みながらまだ将棋をするらしい。羨ましい。
古い屋敷である祖父母の家の寝室は畳の部屋に布団が敷かれてある。祖母が用意してくれたのだろう。
母を中心に妹と私で川の字になって寝る。
「さくらって将棋どこで覚えたの?」
「んー、幼稚園」
「へぇ、あの幼稚園はそんなことやってるのね。教育にいいのかしら」
母の質問に前世とは言えないので適当にごまかしておく。
しかし私の家に将棋盤があった記憶はないので、祖父母の家から帰ったらどうやって将棋を指すか考える。
父に可愛くおねだりすればプラスチック板くらいは買ってくれるだろうか。
電車の帰りにコンビニで買ってもらおっと。
■■■
「パパー、スマホ貸してー」
祖父母の家から帰る電車内。
私はあることを思い付き、父からスマホを借りる。
えーっと。
画面をスライドさせてインストールしているアプリを見る。
やっぱりあった。
「パパー、これやっていい?」
「ん、どれどれ。あぁ『将棋対戦』ね。いいよ、やり方わかる?」
「だいじょーぶ」
父のスマホの中にインストールされていたのは『将棋対戦』と呼ばれる将棋のネット対戦アプリだ。
これならばネット上の強い人と戦って勉強ができる。
このアプリで対戦をやりまくって対人戦の感覚と基礎を鍛えるのだ。
「おねぇ、いいなぁ。わたしにもやらせてー」
「一回交代ね」
私の顔に顔をくっつけてスマホの画面を覗き込む妹。いくらクーラーがかかっている電車の中とはいえ暑いので勘弁してほしい。
父のアカウントは二級。流石にこれで始めると蹂躙される未来しか見ないので新しくアカウントを作って始めることにした。
名前は何にしようか。
妹との共通アカウントになるし『おうかさくら』でいいや。
『おうかさくら』としての初陣。
1戦目は同じ25級の初心者さん。
昨日は祖父に勝てなかったけど、今日の私は一味違う。何故なら――
「じいじから貰った『はじめての将棋』があるからね」
祖父の家から帰る間際に、祖父から渡された初心者用の将棋の本。これを見れば脱初心者できるはず。
さっきまでずっと読んでたからその中身はちゃんと頭の中に入ってる。
前世の記憶は曖昧だけど、思い出せないわけじゃない。この本を読みながら少しずつ私は前世の感を取り戻しつつあった。
さぁ、華麗なる駒さばきを見せて上げます。
……。
…………。
………………。
「おねぇ、まけそう?」
「おうか、黙ってて。集中してるから」
ふむ、なかなかやるじゃないか25級の『田中出し』さん。名前のセクハラ具合がおっさんの心をドキドキさせるぜ。
50手目くらい指した所で私はピンチになった。初心者オススメの囲いって書いてた美濃囲いを序盤に作るまでは良かったけど、そこから相手の飛車に左をぶち抜かれて暴れられていた。正直負けそう。
こんなセクハラアカウントに負けるわけにはいかないの!
私は数少ない持ち駒である銀を相手の陣地内の桂馬の前に単体で打ち込む。
相手は飛車で攻めることばかり考えていて守りが疎かになっている。ならばその隙をついて、ガンのように銀を起点として相手の陣地を荒らしていく。
「あぁ……」
しかし相手の猛攻は止まらず、私の王は詰めろ(何かしらの守りをしないと、次の一手で詰む状況)をかけられてしまった。
ふふ、『田中出し』さんもなかなかやるじゃないか。私の名誉ライバルの座をあげよう。
「ごめん、おうか……負けちゃっ――」
「やったね、おねぇ。これ勝ってるよ?」
ん?
んん?
桜花は今、勝ってるって言った?
改めて盤面を見る。
たしかに相手の王の近くには起点となる桂馬が侵入しているが、それだけだ。その桂馬を置いた時点では勝ちはなかったはずだが……。
その時と変わっているのは攻められ続けてボロボロになった私の王の周りの囲いと……。
「そうか、持ち駒が増えてる」
将棋とはカウンターのゲームだ。
王を攻めている方が基本的に駒を消費していく。そのため守り側の持ち駒は攻められるほど増えていくのだ。そして相手の攻めが切れた瞬間、その増えた持ち駒で逆転をしにいく。
もちろん例外も多く、逆に守ってる側が駒を消費させられることだってあるが、今回は前者だった。
私の持ち駒は相手の猛攻で潤沢なまでに増えていた。
これ詰むのか……?
残り時間は2分。考えろ。
「???」
横で「どうしておねぇは勝てるのにうたないの?」ってな顔で見てくる妹。
逆になんでお前この詰みが見えるの?
昨日将棋にはじめて触ったよね!?
「……見えた」
1分間考えた末に最短11手詰めが見つかった。おいおい、普通の4歳はこんなもの見えないぞ。
もしかして前世棋士の私より妹の方が天才なのでは?
順当に駒を動かして相手の王を攻める。
相手が途中でミスったので9手で相手の王は詰んでしまった。
『おうかさくら』の第1戦目は勝利で終わった。
宴じゃ宴〜。
「次わたしがやるー」
私の手からスマホを強奪して将棋を始める桜花。
いや〜、まさか妹が将棋の天才だったなんて驚きだね。
桜花の横で手元のスマホ画面を眺める。
相手は24級の『たけし』。ジャイアンかな。
桜花は後手で、相手は飛車先の歩をグングン伸ばしてきていた。
「あう……」
「…………」
歩が角の頭をついた。桜花の角が逃げれない。
なんとかしようと桜花は今更角道を開けるが意味がない。
歩は成金に進化した。
「ふにゃ……」
「…………」
成金をなんとか銀で取ると飛車が突っ込んできた。もうボロボロだ。
「まけたぁー」
飛車先の歩を止められずにフルボッコにされて桜花は負けた。たぶん30手くらい。もろ初心者の負け方だった。
うん、別に妹は天才でもなんでもなかった。少し安心した。
――でもどうしてさっきは詰みが見えたのだろうか。
「そう言えば勝ってるとは言ってたけど、その手順聞いてないし適当に言ったのかな」
桜花は負けて不機嫌そうに頬を膨らませていた。
まぁ、いいや。次は私の番。
家に帰り着くまでは三時間くらいかかるしたっぷりできる。
前世の記憶が曖昧で、前世で培ってきた経験を全く使うことができなかった。
レベルでいうならやっとルールを覚えた子供程度。
「わたしもしょーぎやるー」
懲りずに4度目を挑もうとした時に妹の桜花が乱入してきてしまい、4度目は桜花に教えながらの将棋になった。駒の動かし方からなので対局というよりはゲームのチュートリアル。
ある程度まともに将棋ができる(とは言っても将棋覚えたての子供レベル)私と違うので祖父もワザとヘタな手を打って、駒を取らせて上げたりしている。接待将棋だ。
「わーいかったー」
祖父の王を取って喜ぶ桜花。
祖父よ、私の時は一回も勝たせてくれなかったのに。
「さくら、桜花、もう9時よ。早く寝なさい」
母に言われて仕方なく寝室に行く。
私たちがいなくなった後、父と祖父は酒を飲みながらまだ将棋をするらしい。羨ましい。
古い屋敷である祖父母の家の寝室は畳の部屋に布団が敷かれてある。祖母が用意してくれたのだろう。
母を中心に妹と私で川の字になって寝る。
「さくらって将棋どこで覚えたの?」
「んー、幼稚園」
「へぇ、あの幼稚園はそんなことやってるのね。教育にいいのかしら」
母の質問に前世とは言えないので適当にごまかしておく。
しかし私の家に将棋盤があった記憶はないので、祖父母の家から帰ったらどうやって将棋を指すか考える。
父に可愛くおねだりすればプラスチック板くらいは買ってくれるだろうか。
電車の帰りにコンビニで買ってもらおっと。
■■■
「パパー、スマホ貸してー」
祖父母の家から帰る電車内。
私はあることを思い付き、父からスマホを借りる。
えーっと。
画面をスライドさせてインストールしているアプリを見る。
やっぱりあった。
「パパー、これやっていい?」
「ん、どれどれ。あぁ『将棋対戦』ね。いいよ、やり方わかる?」
「だいじょーぶ」
父のスマホの中にインストールされていたのは『将棋対戦』と呼ばれる将棋のネット対戦アプリだ。
これならばネット上の強い人と戦って勉強ができる。
このアプリで対戦をやりまくって対人戦の感覚と基礎を鍛えるのだ。
「おねぇ、いいなぁ。わたしにもやらせてー」
「一回交代ね」
私の顔に顔をくっつけてスマホの画面を覗き込む妹。いくらクーラーがかかっている電車の中とはいえ暑いので勘弁してほしい。
父のアカウントは二級。流石にこれで始めると蹂躙される未来しか見ないので新しくアカウントを作って始めることにした。
名前は何にしようか。
妹との共通アカウントになるし『おうかさくら』でいいや。
『おうかさくら』としての初陣。
1戦目は同じ25級の初心者さん。
昨日は祖父に勝てなかったけど、今日の私は一味違う。何故なら――
「じいじから貰った『はじめての将棋』があるからね」
祖父の家から帰る間際に、祖父から渡された初心者用の将棋の本。これを見れば脱初心者できるはず。
さっきまでずっと読んでたからその中身はちゃんと頭の中に入ってる。
前世の記憶は曖昧だけど、思い出せないわけじゃない。この本を読みながら少しずつ私は前世の感を取り戻しつつあった。
さぁ、華麗なる駒さばきを見せて上げます。
……。
…………。
………………。
「おねぇ、まけそう?」
「おうか、黙ってて。集中してるから」
ふむ、なかなかやるじゃないか25級の『田中出し』さん。名前のセクハラ具合がおっさんの心をドキドキさせるぜ。
50手目くらい指した所で私はピンチになった。初心者オススメの囲いって書いてた美濃囲いを序盤に作るまでは良かったけど、そこから相手の飛車に左をぶち抜かれて暴れられていた。正直負けそう。
こんなセクハラアカウントに負けるわけにはいかないの!
私は数少ない持ち駒である銀を相手の陣地内の桂馬の前に単体で打ち込む。
相手は飛車で攻めることばかり考えていて守りが疎かになっている。ならばその隙をついて、ガンのように銀を起点として相手の陣地を荒らしていく。
「あぁ……」
しかし相手の猛攻は止まらず、私の王は詰めろ(何かしらの守りをしないと、次の一手で詰む状況)をかけられてしまった。
ふふ、『田中出し』さんもなかなかやるじゃないか。私の名誉ライバルの座をあげよう。
「ごめん、おうか……負けちゃっ――」
「やったね、おねぇ。これ勝ってるよ?」
ん?
んん?
桜花は今、勝ってるって言った?
改めて盤面を見る。
たしかに相手の王の近くには起点となる桂馬が侵入しているが、それだけだ。その桂馬を置いた時点では勝ちはなかったはずだが……。
その時と変わっているのは攻められ続けてボロボロになった私の王の周りの囲いと……。
「そうか、持ち駒が増えてる」
将棋とはカウンターのゲームだ。
王を攻めている方が基本的に駒を消費していく。そのため守り側の持ち駒は攻められるほど増えていくのだ。そして相手の攻めが切れた瞬間、その増えた持ち駒で逆転をしにいく。
もちろん例外も多く、逆に守ってる側が駒を消費させられることだってあるが、今回は前者だった。
私の持ち駒は相手の猛攻で潤沢なまでに増えていた。
これ詰むのか……?
残り時間は2分。考えろ。
「???」
横で「どうしておねぇは勝てるのにうたないの?」ってな顔で見てくる妹。
逆になんでお前この詰みが見えるの?
昨日将棋にはじめて触ったよね!?
「……見えた」
1分間考えた末に最短11手詰めが見つかった。おいおい、普通の4歳はこんなもの見えないぞ。
もしかして前世棋士の私より妹の方が天才なのでは?
順当に駒を動かして相手の王を攻める。
相手が途中でミスったので9手で相手の王は詰んでしまった。
『おうかさくら』の第1戦目は勝利で終わった。
宴じゃ宴〜。
「次わたしがやるー」
私の手からスマホを強奪して将棋を始める桜花。
いや〜、まさか妹が将棋の天才だったなんて驚きだね。
桜花の横で手元のスマホ画面を眺める。
相手は24級の『たけし』。ジャイアンかな。
桜花は後手で、相手は飛車先の歩をグングン伸ばしてきていた。
「あう……」
「…………」
歩が角の頭をついた。桜花の角が逃げれない。
なんとかしようと桜花は今更角道を開けるが意味がない。
歩は成金に進化した。
「ふにゃ……」
「…………」
成金をなんとか銀で取ると飛車が突っ込んできた。もうボロボロだ。
「まけたぁー」
飛車先の歩を止められずにフルボッコにされて桜花は負けた。たぶん30手くらい。もろ初心者の負け方だった。
うん、別に妹は天才でもなんでもなかった。少し安心した。
――でもどうしてさっきは詰みが見えたのだろうか。
「そう言えば勝ってるとは言ってたけど、その手順聞いてないし適当に言ったのかな」
桜花は負けて不機嫌そうに頬を膨らませていた。
まぁ、いいや。次は私の番。
家に帰り着くまでは三時間くらいかかるしたっぷりできる。
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