転職先は魔王でした

駄菓子オレンジ

魔王と目標

 これから俺は、ジークから魔王の位を受け継ぐ儀式を行う。……とはいえ、これまた難しいものではないらしい。

「本当にいいんだな?後戻りは出来ないぞ」
「あぁ、男に二言は無い」

 ……今までの人生で散々二言を言ってきたがな。

「もう一度聞く。これから先、水原隆司としての生活は出来なくなる。それでいいんだな?」
「だから、いいって言ってるだろ。始めてくれ」
「……わかった。それじゃあ、始めさせてもらう」

 この儀式では、俺に新しく名前を与えられるらしい。それが「水原隆司としての生活が出来なくなる」ということだ。特に未練は無いし、変えられても問題無い。
 少しすると、ジークは俺に向けて手を伸ばし、呪文を唱えだした。

「我はジーク・へリウメール、魔王である。そして、汝は水原隆司、位を受け継ぎ、魔王、そしてタカシ・ハイドルとして生きる者である。異論が無ければ、我の手に触れよ」

 俺はジークの手に触れた。それと同時に、俺に大量の魔力が流れ込んでくるのがわかった。

「位の譲渡完了。よって、ここに魔王、タカシ・ハイドルが誕生したことを宣言する」

 ジークは腕を下ろした。それに倣って、俺も腕を下ろした。

「終わったぞ。これで今から、お前は魔王だ」
「これまた早いな。……?少し魔力量が増えた気がするのは気のせいか?」

 ついでに、儀式が終わってから、少し感覚がふわふわしている。

「いや、気のせいじゃないぞ。更に言えば、身体能力も向上しているはずだ。それが魔王になった恩恵だな」
「なるほど……原理はわからないが、これは便利だ」

 軽くジャンプしてみると、いつもの倍くらいの高さまで跳べている。あまり強くジャンプすると、頭を打ちそうだ。ふわふわした感覚はこのせいなのだろう。

「えーっと、なんだっけ?俺の名前」
「タカシ・ハイドルだな。最低限苗字は変える必要があったから苗字だけにしたが、気に入ったか?」
「苗字と名前が微妙に合っていない気がするが、ハイドルは気に入ったぞ」
「そうか、それなら良かった」

 さて、これで儀式は両方終わったのだが、終わったからやるべき事がある。

「さてと、魔王が何をしたらいいのか教えてくれ」
「あー、そういえばそういう説明は無かったな。だが、簡単だぞ」
「そうなのか。何をすればいいんだ?」
「お前の好きなように動け」

 ……うん?

「今何と?」
「好きなように動けと言った」

 なるほど、俺の好きなように動け、か。

「……いやいや、もうちょっと何かあるだろ。魔物に指示を出してどうとか」
「無いぞ。やるべき事は何も無い。お前の考えが全てだ」
「……責任重大だな」

 とはいえ、俺の考えと言われても、なかなか思いつく気がしない。何か例が欲しいところ……いや、目の前に例が居た。

「ちなみにジークはどんな風に動いていたんだ?」
「俺か?俺は『人間と魔族が共存できる世界』を目指して動いていた。まぁ、何をやっても人間には響かなかったが。親父も同じ考えで動いていたらしい。だが、親父も成果は無かったそうだ」
「そうか。そう考える魔王も居るのか」

 魔王といえば世界征服というイメージだが、そういうことは考えない魔王も中には居るらしい。……人間から敵視されているあたり、最初の頃の魔王は征服しようとしていたようだが。
 俺も魔王にはなったが、征服しようという考えは無いし、どう動くかは決まった。

「よし、その考えを継ごう。俺も共存を目指す」
「いいのか?そうしてくれるのはありがたいが、出来そうなことはやっている。それで効果が無いのだから、無駄に時間を使うことになるかもしれないぞ」
「何を言ってるんだ。ジークはジーク、俺は俺だろ。人に……いや、魔族によってやり方は違う。俺に出来ることをするから気にするな」
「そうか……。なら、俺は実現してくれると信じておこう」

 これで大きな目標は決まった。
 俺はこの後から実際にどう動くかを考え始めたが、儀式で忘れていたことが、この二日後に起きた。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く