発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~
13話
「それで……こんな部屋に案内して、どうしたんだ?」
イツキが案内されたのは──暗い部屋だった。
部屋の中央には機械仕掛けの肘掛け付き椅子があり、それと向かい合うようにして三つほど木製の椅子が置かれている。
窓は一つも無く、出入口は今イツキが入っている鉄製の扉のみ。
薄暗い照明が室内を不気味に照らしており……とてもグローリアスやシャルロットのような王族が入るような部屋だとは思えない。
「色々と聞きたい事があるんですけど……イツキさん、あちらの椅子に座ってもらえますか?」
そう言ってシャルロットが指差したのは、機械仕掛けの椅子だった。
「……なあ、あの椅子どう見ても怪し──」
「座ってください」
「いやだから──」
「座ってください」
「……わかった」
何が起きても良いように、力強く魔力銃を握る。
警戒を解く事なく、用心深く椅子に声掛け──
「──うおっ?!」
──機会音を立て、イツキの体が拘束された。
足が、腰が、腕があっという間に身動きが取れなくなり──予想以上の締め付けに、思わずイツキは魔力銃を落としてしまった。
「ぐ、づッ……!」
「……すみません、イツキさん……しかし、これも必要な事ですので……」
申し訳なさそうに顔を伏せ──シャルロットがイツキを正面から見据えた。
「……私の魔眼は、対象の名前や所有する能力がわかるんです」
「……ああ、なるほど」
先ほど感じた違和感の正体。
それは、シャルロットがアルマとストレアの事を突然名前で呼んだ事に違和感を感じたのだろう。
それまでシャルロットは、アルマの事を『地霊族』の方と、ストレアの事を『鬼族』の方と呼んでいた。
だが、魔眼で相手の名前がわかり、シャルロットは二人の事を名前で呼び始めた。
その事に違和感の感じた──という事だ。
「んで? 俺に何を聞きたいんだ?」
「はい。私の魔眼でイツキさんを見たんですけど……イツキさんの名前の文字が、今まで見た事のない文字だったんです」
「……つまり?」
「イツキさん──あなた、どこの国出身なんですか?」
こちらの心を見透かすような瞳に、イツキは妙な焦燥感を覚えた。
だがそれを表には出さず──いつも通りの声で言った。
「前も言ったろ。俺記憶喪失なんだって──」
『ヴーン』
「──あ?」
突如、機会椅子が不気味な音を立て──その音を聞いたグローリアスとシャルロットの表情が固くなった。
「……嘘、だな」
「はい……イツキさん、あなた記憶喪失なんかじゃありませんね?」
「─────」
言葉が出なかった。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、シャルロットが平坦な声で続ける。
「とある噂を耳にしました。『騎士国 ファフニール』が、『ゾディアック』の『蠍座』に襲われたとか」
「……それで?」
「その危機を救ったのは、一人の少年だったみたいなんです。少年は自らを異世界から来た『勇者』と名乗り、単独で『蠍座』を退けたそうです。その際、『蠍座』の攻撃を受けて致命傷を負い……亡くなったそうですが」
シャルロットがイツキに近づき──イツキの黒髪を撫でた。
「その者はイツキさんのように、黒色の髪で黒色の瞳を持っていたそうです……ねぇ、イツキさん──」
イツキの頬に手を添え──どこか冷たい印象を感じさせる微笑を見せた。
「──あなた、異世界から来たんですか?」
──なるほど。理解した。
この椅子は発言の真偽を察知する。先ほどは、イツキが自分の事を記憶喪失と言った事を嘘と判断したのだろう。
加えて、先ほどシャルロットが言った言葉──イツキの名前の文字が、今まで見た事のない文字と言っていた。
おそらく……イツキの名前が、漢字や平仮名でシャルロットに伝わったのだろう。
故にシャルロットは違和感を感じ、イツキをこの椅子に座らせた──と。
……なんだ。
てっきり甘々で優しい王女様かと思ったが──なかなか非情で頭がキレる人物だ。
「……ああ、俺は異世界から来た」
「ふむ……という事は、イツキ君もその『勇者』なのか?」
「いえ、それは違います」
──機械椅子の反応はない。つまり、真実という事だ。
てっきりイツキの事を『勇者』だと思っていたのだろう。グローリアスが困惑の表情を見せる。
「ふむ……伝承とは異なるのか……」
「伝承……って、なんですか?」
「異世界より現れし勇者。七人の大罪人を連れゾディアックを討つ。さすれば、魔王への道は開かれるだろう──という伝承だ」
……何ともまあ、違和感を感じる伝承だ。
魔王への道は開かれるだろう──ゾディアックに怯える者たちは、魔王と戦う事ができるようになる、と考えるだろう。
だが、考え方によっては──魔王になる道が開かれる、という捉え方もできる。
この伝承は、あの女神が伝えたのだろうか。
だとすれば──この伝承には、何か秘密が隠されている可能性が高い。
「異世界人である事を隠し、記憶喪失と嘘を吐いていた理由は?」
「特に理由なんてない。俺は異世界から来ましたって言っても信じないだろうと思ったから、とりあえず記憶喪失を装って情報を聞き出そうと思っただけだ」
別に聞かれて困る情報ではない。
相手がイツキの事を異世界人と理解しているのであれば、こちらも下手に嘘で誤魔化す必要がなくなる。
「なるほど……イツキさんが異世界人で、今の話も真実なら、不思議に思っていた点も解消されます」
「シャル、満足したか?」
「はい、お父様──では、本題に入りたいと思います」
「そうか……お前が決めた事だ。好きにすると良い」
「ありがとうございます」
──本題、だと?
「イツキさん、今から真面目な質問をします。嘘を吐いてもすぐにわかるので、正直に答えてください」
「……ああ」
「では……質問です」
森の中でイツキに助けを求めた時と同じくらいに、真面目な表情を見せる。
緊張しているのか、深い深呼吸を繰り返し、胸に手を当て──
「──胸の小さな女性は、お嫌いですかっ……?」
──、────。──?
「あ、ぇ……?」
「で、ですから! ……胸の小さな女性は、お嫌いですか?」
「い、いや、別に……」
──機械椅子の反応はない。
イツキの返答に、シャルロットが満足そうに笑みを深める。
「では次です! 年下との恋愛は、アリですか?」
「……アリじゃないか?」
「今、お付き合いされている女性はいらっしゃいますか?」
「いない──ってか、さっきからなんだ? 何が聞きたい?」
顔を赤くしているシャルロットに、イツキが少し強めの言葉を飛ばす。
ちなみに余談だが、イツキは今まで女性と付き合った事がない。
「……イツキさん、私の魔眼を見ても、嫌そうな反応をしませんでしたよね」
拘束されているイツキの手にそっと手を重ね、シャルロットが悲しそうな声で続ける。
「異世界から来られたイツキさんは知らないと思いますけど……魔眼というのは、忌み嫌われているんです」
「そうなのか?」
「考えてみてください。私の魔眼は、視界に入る方の名前と能力がわかるんです。この世界には、視界に入る方の動きを止める魔眼だって存在する……わかりますか? 見られるだけで被害に遭ってしまうんです。だから……魔眼を持つ者は、嫌われるんです」
……なるほど。
見るだけで名前と能力がわかる──そうなると、ストレアのように自分の能力を隠したい者たちは、一方的に被害を受ける。
プライバシーもあったものじゃない。
「でも……イツキさんは、そんな魔眼をカッコいいと言ってくれました」
「まあ……」
「初めてだったんです。私の魔眼見た人は、みんな嫌そうな反応をするのに……イツキさんだけは、好意的に接してくれました」
付けていた眼帯を外し──シャルロットの魔眼が露わになる。
「イツキさんと初めて会った時、イツキさんは私たちを助けてくれましたよね?」
「……そういや、そんな事もあったな」
「普通、ドラゴンに襲われている人を助けてくれって頼まれても、引き受けたりしません。自分が死ぬ確率の方が高いのに、それでも戦うなんて……よっぽど自分の力に自信があるか、呆れるほどのお人好しかのどちらかです」
ニコッと、シャルロットが笑った。
その笑顔は、先ほどの冷たい微笑とは違う──心の底からの笑みだ。
「イツキさんは後者です。異世界から召喚されて不安なのに、命を懸けて私たちを助けてくれた──イツキさんほどのお人好しを、私は今まで見た事がありません」
「……お前は俺を美化し過ぎだ。全部たまたま、偶然そうなっただけだ。魔眼を見て嫌な反応をしなかったのだって、俺が異世界から来て魔眼に偏見がないだけだろ」
「それでも、私は嬉しかったんです。生きてきた中で、これ以上ないほどに……だから、イツキさん」
大きく息を吸い、シャルロットがイツキの手を強く握った。
「──私、あなたの事が好きです。結婚を前提に、お付き合いしていただけませんか?」
──何となく、そんな事を言われるような気がしていた。というか、さすがに気づけない奴は鈍感すぎると思う。
予想はしていた。心の準備もそれとなくしていた。だけど──
──実際に言われると、こんなにも心臓が跳ねそうになるのか。
だが……相手は王族。イツキは一般人。到底釣り合うわけがない。それに、イツキよりも良い男なんて、この世界にたくさんいるだろう。
だから、イツキが言うべき言葉は──
「……悪いけど、断る」
顔を背けながらの言葉に、シャルロットは──まるでそう言われる事がわかっていたかのように、ため息を吐いた。
「そうですよね……イツキさんなら、そう言うと思っていました」
「満足したか? なら、そろそろこの拘束を──」
「ですので私、こんな物を持って来ました」
そう言ってシャルロットがポケットから取り出したのは──ピンク色の液体が入った、小さな瓶だった。
「イツキさんは優しいです。私の告白を断ったのも、私の事を考えてなんですよね?」
「どうだかな……」
「そう、イツキさんは優しいんです。ですので、その性格を逆手に取る事にしました」
瓶の蓋を開け──今まで嗅いだ事のないような甘い匂いが漂い始める。
思わず顔をしかめるイツキに気づいていないのか、シャルロットが上機嫌に続けた。
「例えば、そう──もしここで私とイツキさんが性行為をすれば、イツキさんは罪悪感と責任感から、私と結婚する事でしょう」
「──は?」
「ですのでこちら、とても強力な媚薬です。今からこれを、イツキさんに飲ませます」
「今なんて?」
「こちら、強力な媚薬──」
「わかった。もうわかったから黙れ」
──これは予想外だ。
いくら頭がキレるイツキでも、シャルロットが恋愛となるとここまで積極的になるとは思っていなかったのだろう。珍しく焦りが表情に出ている。
「とりあえず落ち着け。な? 俺たち、まだ出会って数日しか経ってないだろ? そんないきなり結婚なんて、どうかと思うんだ。それにほら、シャルはまだ結婚できる年齢じゃないだろ?」
「イツキさんの世界がどうだったかわかりませんが、この世界では男性は16歳から、女性は12歳から結婚が可能性です」
「ぐ、グローリアスさん! 助けてください! というか、愛娘が俺みたいな奴と結婚したら嫌でしょう?! 早くシャルを説得してください!」
「……シャルが自ら望んで行動したのは、これが初めてなのだ。できるなら私は、シャルの意思を尊重したい」
「マジかよオイ?!」
敬語も忘れ、大声を出して暴れるイツキ。
だが──機械椅子は全く動かない。壊れる気配どころか、外れる気配すらない。
「……シャル。あまり乱暴にしないようにな」
「はい!」
「オイちょっと待て! このまま置いて行くつもりか?!」
イツキの声には答えず、グローリアスが部屋を出て行った。
「……イツキさん」
「しゃ、シャル……」
「私、絶対にイツキさんを幸せにしますっ。今は無理矢理かも知れませんが──必ずいつか、合意で肌を重ねられるよう努力します!」
──シャルロットは確かに可愛い。
頭も良くて性格も良くて、さらには王族ときた。
普通ならば、嬉々として付き合うだろう。
ぶっちゃけるなら、イツキだって付き合いたい。
だが──本来ならば会うはずのない世界の住人。さらには、記憶喪失と言ってずっと嘘を吐いていたのだ。
イツキとシャルロットは釣り合わない──故にイツキは、シャルロットの好意を拒んでいるのだ。
「……イツキさんは、私の事が嫌いですか?」
「……嫌いだ」
『ヴーン』
「イツキさんは、私と肌を重ねたくないのですか?」
「……ああ」
『ヴーン』
「嘘ですね……では──」
──畜生ッ! この機械、絶対に後でぶっ壊してやるッ!
「ストップ! 止まれシャル──」
ガシッと、シャルロットの両手がイツキの顔を掴んだ。
「最初のキスは、媚薬無しでしましょう」
「お前っ、マジでやめろって!」
瞳を閉じたシャルロットが、少しずつ顔を近づけてくる。
対するイツキは──動けなかった。
顔を背けたりする事もできたのに──動かなかった。
やはりイツキにも、そういった欲が存在したからだろう。
近づいてくる唇に、イツキはギュッと強く目を閉じ──
──ドガンッッ!! と鈍い音が聞こえた。鉄製の扉が乱暴に開けられた音だ。
二人が視線を向けると──そこには、剣を抜いたアルマがいた。
「アルマ?!」
「い、イツキ様から、離れるでありますッ!」
剣先を向けて吼えるアルマの姿に、シャルロットがガクッと肩を落とした。
「むぅ……仕方がありません」
媚薬をポケットに入れ、シャルロットが機械椅子の後ろにあるボタンを押した。
するとイツキの拘束が解け、イツキは床に落ちていたままになっていた魔力銃を拾い上げた。
そして──己を助けてくれたアルマへと顔を向ける。
「……ありがとな、アルマ」
「イツキ様、なんでちょっと残念そうなのでありますか?」
「気のせいだ。それより、よく気づいたな? 客室にいたんじゃ?」
「はっ。先ほどまでは客室にいたであります。しかし、『人王殿』が来てストレア殿と話し始めたため、空気を読んで客室を出たのでありますが……どこに居ればいいのかわからなかったので、ウロウロしていたのであります。そしたら、この部屋からイツキ様の声が聞こえたのであります」
剣を収めるアルマの頭を撫で──撫でられるアルマが嬉しそうに目を細める。
「ってわけだ。悪いが、結婚も性行為も断らせてもらう」
「……はい。今回は仕方がありません。大人しく諦めます。しかし! 次はこうはいきませんから! 覚悟して置いてください!」
鼻息を荒くするシャルロットに背を向け、イツキとアルマは部屋を後にした。
イツキが案内されたのは──暗い部屋だった。
部屋の中央には機械仕掛けの肘掛け付き椅子があり、それと向かい合うようにして三つほど木製の椅子が置かれている。
窓は一つも無く、出入口は今イツキが入っている鉄製の扉のみ。
薄暗い照明が室内を不気味に照らしており……とてもグローリアスやシャルロットのような王族が入るような部屋だとは思えない。
「色々と聞きたい事があるんですけど……イツキさん、あちらの椅子に座ってもらえますか?」
そう言ってシャルロットが指差したのは、機械仕掛けの椅子だった。
「……なあ、あの椅子どう見ても怪し──」
「座ってください」
「いやだから──」
「座ってください」
「……わかった」
何が起きても良いように、力強く魔力銃を握る。
警戒を解く事なく、用心深く椅子に声掛け──
「──うおっ?!」
──機会音を立て、イツキの体が拘束された。
足が、腰が、腕があっという間に身動きが取れなくなり──予想以上の締め付けに、思わずイツキは魔力銃を落としてしまった。
「ぐ、づッ……!」
「……すみません、イツキさん……しかし、これも必要な事ですので……」
申し訳なさそうに顔を伏せ──シャルロットがイツキを正面から見据えた。
「……私の魔眼は、対象の名前や所有する能力がわかるんです」
「……ああ、なるほど」
先ほど感じた違和感の正体。
それは、シャルロットがアルマとストレアの事を突然名前で呼んだ事に違和感を感じたのだろう。
それまでシャルロットは、アルマの事を『地霊族』の方と、ストレアの事を『鬼族』の方と呼んでいた。
だが、魔眼で相手の名前がわかり、シャルロットは二人の事を名前で呼び始めた。
その事に違和感の感じた──という事だ。
「んで? 俺に何を聞きたいんだ?」
「はい。私の魔眼でイツキさんを見たんですけど……イツキさんの名前の文字が、今まで見た事のない文字だったんです」
「……つまり?」
「イツキさん──あなた、どこの国出身なんですか?」
こちらの心を見透かすような瞳に、イツキは妙な焦燥感を覚えた。
だがそれを表には出さず──いつも通りの声で言った。
「前も言ったろ。俺記憶喪失なんだって──」
『ヴーン』
「──あ?」
突如、機会椅子が不気味な音を立て──その音を聞いたグローリアスとシャルロットの表情が固くなった。
「……嘘、だな」
「はい……イツキさん、あなた記憶喪失なんかじゃありませんね?」
「─────」
言葉が出なかった。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、シャルロットが平坦な声で続ける。
「とある噂を耳にしました。『騎士国 ファフニール』が、『ゾディアック』の『蠍座』に襲われたとか」
「……それで?」
「その危機を救ったのは、一人の少年だったみたいなんです。少年は自らを異世界から来た『勇者』と名乗り、単独で『蠍座』を退けたそうです。その際、『蠍座』の攻撃を受けて致命傷を負い……亡くなったそうですが」
シャルロットがイツキに近づき──イツキの黒髪を撫でた。
「その者はイツキさんのように、黒色の髪で黒色の瞳を持っていたそうです……ねぇ、イツキさん──」
イツキの頬に手を添え──どこか冷たい印象を感じさせる微笑を見せた。
「──あなた、異世界から来たんですか?」
──なるほど。理解した。
この椅子は発言の真偽を察知する。先ほどは、イツキが自分の事を記憶喪失と言った事を嘘と判断したのだろう。
加えて、先ほどシャルロットが言った言葉──イツキの名前の文字が、今まで見た事のない文字と言っていた。
おそらく……イツキの名前が、漢字や平仮名でシャルロットに伝わったのだろう。
故にシャルロットは違和感を感じ、イツキをこの椅子に座らせた──と。
……なんだ。
てっきり甘々で優しい王女様かと思ったが──なかなか非情で頭がキレる人物だ。
「……ああ、俺は異世界から来た」
「ふむ……という事は、イツキ君もその『勇者』なのか?」
「いえ、それは違います」
──機械椅子の反応はない。つまり、真実という事だ。
てっきりイツキの事を『勇者』だと思っていたのだろう。グローリアスが困惑の表情を見せる。
「ふむ……伝承とは異なるのか……」
「伝承……って、なんですか?」
「異世界より現れし勇者。七人の大罪人を連れゾディアックを討つ。さすれば、魔王への道は開かれるだろう──という伝承だ」
……何ともまあ、違和感を感じる伝承だ。
魔王への道は開かれるだろう──ゾディアックに怯える者たちは、魔王と戦う事ができるようになる、と考えるだろう。
だが、考え方によっては──魔王になる道が開かれる、という捉え方もできる。
この伝承は、あの女神が伝えたのだろうか。
だとすれば──この伝承には、何か秘密が隠されている可能性が高い。
「異世界人である事を隠し、記憶喪失と嘘を吐いていた理由は?」
「特に理由なんてない。俺は異世界から来ましたって言っても信じないだろうと思ったから、とりあえず記憶喪失を装って情報を聞き出そうと思っただけだ」
別に聞かれて困る情報ではない。
相手がイツキの事を異世界人と理解しているのであれば、こちらも下手に嘘で誤魔化す必要がなくなる。
「なるほど……イツキさんが異世界人で、今の話も真実なら、不思議に思っていた点も解消されます」
「シャル、満足したか?」
「はい、お父様──では、本題に入りたいと思います」
「そうか……お前が決めた事だ。好きにすると良い」
「ありがとうございます」
──本題、だと?
「イツキさん、今から真面目な質問をします。嘘を吐いてもすぐにわかるので、正直に答えてください」
「……ああ」
「では……質問です」
森の中でイツキに助けを求めた時と同じくらいに、真面目な表情を見せる。
緊張しているのか、深い深呼吸を繰り返し、胸に手を当て──
「──胸の小さな女性は、お嫌いですかっ……?」
──、────。──?
「あ、ぇ……?」
「で、ですから! ……胸の小さな女性は、お嫌いですか?」
「い、いや、別に……」
──機械椅子の反応はない。
イツキの返答に、シャルロットが満足そうに笑みを深める。
「では次です! 年下との恋愛は、アリですか?」
「……アリじゃないか?」
「今、お付き合いされている女性はいらっしゃいますか?」
「いない──ってか、さっきからなんだ? 何が聞きたい?」
顔を赤くしているシャルロットに、イツキが少し強めの言葉を飛ばす。
ちなみに余談だが、イツキは今まで女性と付き合った事がない。
「……イツキさん、私の魔眼を見ても、嫌そうな反応をしませんでしたよね」
拘束されているイツキの手にそっと手を重ね、シャルロットが悲しそうな声で続ける。
「異世界から来られたイツキさんは知らないと思いますけど……魔眼というのは、忌み嫌われているんです」
「そうなのか?」
「考えてみてください。私の魔眼は、視界に入る方の名前と能力がわかるんです。この世界には、視界に入る方の動きを止める魔眼だって存在する……わかりますか? 見られるだけで被害に遭ってしまうんです。だから……魔眼を持つ者は、嫌われるんです」
……なるほど。
見るだけで名前と能力がわかる──そうなると、ストレアのように自分の能力を隠したい者たちは、一方的に被害を受ける。
プライバシーもあったものじゃない。
「でも……イツキさんは、そんな魔眼をカッコいいと言ってくれました」
「まあ……」
「初めてだったんです。私の魔眼見た人は、みんな嫌そうな反応をするのに……イツキさんだけは、好意的に接してくれました」
付けていた眼帯を外し──シャルロットの魔眼が露わになる。
「イツキさんと初めて会った時、イツキさんは私たちを助けてくれましたよね?」
「……そういや、そんな事もあったな」
「普通、ドラゴンに襲われている人を助けてくれって頼まれても、引き受けたりしません。自分が死ぬ確率の方が高いのに、それでも戦うなんて……よっぽど自分の力に自信があるか、呆れるほどのお人好しかのどちらかです」
ニコッと、シャルロットが笑った。
その笑顔は、先ほどの冷たい微笑とは違う──心の底からの笑みだ。
「イツキさんは後者です。異世界から召喚されて不安なのに、命を懸けて私たちを助けてくれた──イツキさんほどのお人好しを、私は今まで見た事がありません」
「……お前は俺を美化し過ぎだ。全部たまたま、偶然そうなっただけだ。魔眼を見て嫌な反応をしなかったのだって、俺が異世界から来て魔眼に偏見がないだけだろ」
「それでも、私は嬉しかったんです。生きてきた中で、これ以上ないほどに……だから、イツキさん」
大きく息を吸い、シャルロットがイツキの手を強く握った。
「──私、あなたの事が好きです。結婚を前提に、お付き合いしていただけませんか?」
──何となく、そんな事を言われるような気がしていた。というか、さすがに気づけない奴は鈍感すぎると思う。
予想はしていた。心の準備もそれとなくしていた。だけど──
──実際に言われると、こんなにも心臓が跳ねそうになるのか。
だが……相手は王族。イツキは一般人。到底釣り合うわけがない。それに、イツキよりも良い男なんて、この世界にたくさんいるだろう。
だから、イツキが言うべき言葉は──
「……悪いけど、断る」
顔を背けながらの言葉に、シャルロットは──まるでそう言われる事がわかっていたかのように、ため息を吐いた。
「そうですよね……イツキさんなら、そう言うと思っていました」
「満足したか? なら、そろそろこの拘束を──」
「ですので私、こんな物を持って来ました」
そう言ってシャルロットがポケットから取り出したのは──ピンク色の液体が入った、小さな瓶だった。
「イツキさんは優しいです。私の告白を断ったのも、私の事を考えてなんですよね?」
「どうだかな……」
「そう、イツキさんは優しいんです。ですので、その性格を逆手に取る事にしました」
瓶の蓋を開け──今まで嗅いだ事のないような甘い匂いが漂い始める。
思わず顔をしかめるイツキに気づいていないのか、シャルロットが上機嫌に続けた。
「例えば、そう──もしここで私とイツキさんが性行為をすれば、イツキさんは罪悪感と責任感から、私と結婚する事でしょう」
「──は?」
「ですのでこちら、とても強力な媚薬です。今からこれを、イツキさんに飲ませます」
「今なんて?」
「こちら、強力な媚薬──」
「わかった。もうわかったから黙れ」
──これは予想外だ。
いくら頭がキレるイツキでも、シャルロットが恋愛となるとここまで積極的になるとは思っていなかったのだろう。珍しく焦りが表情に出ている。
「とりあえず落ち着け。な? 俺たち、まだ出会って数日しか経ってないだろ? そんないきなり結婚なんて、どうかと思うんだ。それにほら、シャルはまだ結婚できる年齢じゃないだろ?」
「イツキさんの世界がどうだったかわかりませんが、この世界では男性は16歳から、女性は12歳から結婚が可能性です」
「ぐ、グローリアスさん! 助けてください! というか、愛娘が俺みたいな奴と結婚したら嫌でしょう?! 早くシャルを説得してください!」
「……シャルが自ら望んで行動したのは、これが初めてなのだ。できるなら私は、シャルの意思を尊重したい」
「マジかよオイ?!」
敬語も忘れ、大声を出して暴れるイツキ。
だが──機械椅子は全く動かない。壊れる気配どころか、外れる気配すらない。
「……シャル。あまり乱暴にしないようにな」
「はい!」
「オイちょっと待て! このまま置いて行くつもりか?!」
イツキの声には答えず、グローリアスが部屋を出て行った。
「……イツキさん」
「しゃ、シャル……」
「私、絶対にイツキさんを幸せにしますっ。今は無理矢理かも知れませんが──必ずいつか、合意で肌を重ねられるよう努力します!」
──シャルロットは確かに可愛い。
頭も良くて性格も良くて、さらには王族ときた。
普通ならば、嬉々として付き合うだろう。
ぶっちゃけるなら、イツキだって付き合いたい。
だが──本来ならば会うはずのない世界の住人。さらには、記憶喪失と言ってずっと嘘を吐いていたのだ。
イツキとシャルロットは釣り合わない──故にイツキは、シャルロットの好意を拒んでいるのだ。
「……イツキさんは、私の事が嫌いですか?」
「……嫌いだ」
『ヴーン』
「イツキさんは、私と肌を重ねたくないのですか?」
「……ああ」
『ヴーン』
「嘘ですね……では──」
──畜生ッ! この機械、絶対に後でぶっ壊してやるッ!
「ストップ! 止まれシャル──」
ガシッと、シャルロットの両手がイツキの顔を掴んだ。
「最初のキスは、媚薬無しでしましょう」
「お前っ、マジでやめろって!」
瞳を閉じたシャルロットが、少しずつ顔を近づけてくる。
対するイツキは──動けなかった。
顔を背けたりする事もできたのに──動かなかった。
やはりイツキにも、そういった欲が存在したからだろう。
近づいてくる唇に、イツキはギュッと強く目を閉じ──
──ドガンッッ!! と鈍い音が聞こえた。鉄製の扉が乱暴に開けられた音だ。
二人が視線を向けると──そこには、剣を抜いたアルマがいた。
「アルマ?!」
「い、イツキ様から、離れるでありますッ!」
剣先を向けて吼えるアルマの姿に、シャルロットがガクッと肩を落とした。
「むぅ……仕方がありません」
媚薬をポケットに入れ、シャルロットが機械椅子の後ろにあるボタンを押した。
するとイツキの拘束が解け、イツキは床に落ちていたままになっていた魔力銃を拾い上げた。
そして──己を助けてくれたアルマへと顔を向ける。
「……ありがとな、アルマ」
「イツキ様、なんでちょっと残念そうなのでありますか?」
「気のせいだ。それより、よく気づいたな? 客室にいたんじゃ?」
「はっ。先ほどまでは客室にいたであります。しかし、『人王殿』が来てストレア殿と話し始めたため、空気を読んで客室を出たのでありますが……どこに居ればいいのかわからなかったので、ウロウロしていたのであります。そしたら、この部屋からイツキ様の声が聞こえたのであります」
剣を収めるアルマの頭を撫で──撫でられるアルマが嬉しそうに目を細める。
「ってわけだ。悪いが、結婚も性行為も断らせてもらう」
「……はい。今回は仕方がありません。大人しく諦めます。しかし! 次はこうはいきませんから! 覚悟して置いてください!」
鼻息を荒くするシャルロットに背を向け、イツキとアルマは部屋を後にした。
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