発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~

ibis

6話

「──おや、早かったね。その子は……落ち着いたかい?」
「あ……すまん。わざわざ起きてたのか」

 1時間ほど外を歩いただろうか。
 もう夜泣きしないだろうと判断し、イツキがアルマを抱っこした状態で宿に戻ってきた。

「……どうしたんだい? 何かあったのかい?」
「いや……俺にもわからない。コイツとは、今日知り合ったばかりだし……」
「……? ……どういう事だい?」
「コイツは売られてたんだよ。奴隷としてな」

 イツキの言葉に、女将が驚いたように目を見開いた。
 そして……これまでのイツキとアルマの会話に納得したのか、何やら苦笑いを見せる。

「……そうだ。アンタ、夜ご飯あんまり食べてなかっただろう? 余り物で作るから、ちょっと待ちな」
「え? いや、いいよ。こんな夜遅くに悪いし」
「いいんだよ。ほら、座りな」

 キッチンに向かい、何やら食材を刻み始める女将。
 夜泣きで迷惑を掛け、さらには夜中に料理までしてもらうなんて……イツキにしては珍しい、申し訳ないという思いが出てくる。
 だが……腹が減っているのは事実。
 イツキは女将の優しさに甘える事にして、アルマを近くの長椅子に降ろした。
 自分は近くの椅子に座り、気持ちよさそうに眠るアルマを眺める。

「……その子、『地霊族ドワーフ』だろう?」
「わかるのか?」
「何となくだけどね、他種族だっていうのはわかるよ……でも、不思議だね」
「不思議って……何がだ?」

 手際よく料理を進める女将が、気になる事を口にした。
 反射的に聞き返すイツキと、すうすうと眠るアルマを交互に見て……女将が、自分の目を指差しながら説明した。

「目、だよ」
「目……?」
「普通の『地霊族ドワーフ』はね、目の色が紅色なんだよ。でもその子は……蒼色だったろう?」

 長椅子で眠るアルマの目は……確かに、美しい蒼色だった。
 しかし……普通の『地霊族ドワーフ』は、目の色が紅色?
 普通と違う。そういう理由で一族に差別されていたのかも知れない……だが、本当にそれだけなのか?
 ただ目の色が違うだけで、家族すらも見放すのか?

「ほら、できたよ」
「……ありがとう」
「いいんだよ……その子は、どういう経緯で奴隷になったのか、聞いてもいいかい?」
「え? ……別にいいけど」

 出された食事を食べながら、イツキはアルマを買うまでに起きた事を話した。
 自分は記憶喪失で、自分の事を知っている人を探して国を転々としている事。
 この国の近くに来て、ドラゴンと戦っているグローリアスを助けた事。
 その時の謝礼金でアルマを買った事。
 記憶喪失は嘘だが……その他は、嘘偽りなく真実を話した。

「そうかい……大変だったんだねぇ」
「……まあ……」

 パクパクと手早く料理を食べ進めながら、イツキが相槌を打つ。
 今のイツキの体調は……最悪だ。
 寝不足。疲労。空腹……とりあえず、腹が膨れたら眠りたい。まあ、眠れるかどうかはわからないが。

「……この世界は、ちょっと寒いな……」
「うん?」
「いや……何でもない」

 料理を食べながら、イツキがポツリと言葉を漏らした。
 イツキの言葉を聞いた女将が、何を言ったのかと聞き返し……誤魔化すように食べ進める。
 ──と、2人しかいないはずの空間に、第三者の声が聞こえた。

「…………ぁ……ふ……?」
「ん……起きたか、アルマ……大丈夫か?」
「ふぇ? ……大丈夫であります……?」
「そうか……ならよかった」

 むくりと体を起こし、目元をごしごしとこするアルマを見て、イツキの表情が柔らかくなった。
 先ほどのヘタクソな笑みとは違う、自然に浮かんだ笑み。
 そんなイツキと目を合わせるアルマが、不思議そうに首を傾げる。
 何も事情を理解していないアルマの頭をぐりぐりと撫で、気にするなとイツキが優しく笑った。

「……イツキ様、ずっと起きてたでありますか?」
「まあ……色々あって眠れなくてな」

 一気に夜飯を口に入れ、飲み込んだ。
 そのまま女将に頭を下げ、階段へと向かう。

「……あの……イツキ様?」
「なんだ?」
「その……なんで自分たちは、1階にいたのでありますか?」
「……お前、悪夢でも見たのか?」
「え? ……覚えてないであります」

 質問には答えず、逆に質問で返す。
 きょとん、とアルマがイツキを見上げ……ふるふると首を横に振った。

「そうか……覚えてないなら、別にいい。部屋に戻るぞ」
「は、はっ! 了解であります!」
「大声を出すな。他の客に迷惑だろうが」
「あっ、も、申し訳ないであります……」

 結局、アルマの質問には答えないまま、イツキとアルマが階段をのぼり始める。
 2階の端にある部屋の扉を開け、ふらふらとベッドに向かい──倒れ込んだ。

「い、イツキ様?!」
「………………寝る……お前も……寝とけよ……」

 倒れ込んだ体勢のまま、イツキの意識は、少しずつ眠りに引き込まれていった。

────────────────────

 不思議な『人類族ウィズダム』だ。
 すぅすぅと眠る少年を見て、幼い『地霊族ドワーフ』の少女は笑みを浮かべた。

 奴隷との契約を結ぶには、本来『奴隷証どれいしょう』という紋様を刻まなければならない。
 その『奴隷証』に所有者となる者の魔力を注ぎ……そうして、奴隷との契約が結ばれるのだ。

 なのに、この少年は……『奴隷証』を刻む事もなく。奴隷であるはずの少女に荷物を持たせる事もなく。さらには食べる物さえ平等に与えてくれて。
 誰かにここまで優しくされたのは、生まれて初めてだった。

「……ナキリ・イツキ様……」

 眠る少年の名前を呼ぶ。もちろん返事はない。
 ……不思議な名前だ。家名と名前が逆だなんて。
 そういえば……昼間、この少年は変な事を言っていた。
 自分が自己紹介をした時、それって、アルマが名前でいいんだよな? と。
 まるで、どちらが名前かわかっていないような……そんな事、普通はあり得ないんだろうけど。
 あり得ないと言えば……少年の持っている不思議な魔道具アーティファクトもだ。
 本人は魔道具アーティファクトではないと言っていたが……原理の不明な所や、凄まじい力を持っている所は、魔道具アーティファクトそっくりである。
 ……この少年は、魔道具アーティファクト地霊道具ドワーフ・ツールの事も知らない様子だった。
 この少年は、何者なのだろうか?

「ぅ……んん……」

 ごろりと寝返りを打ち、不思議な少年がこちらを向いた。
 ……黒髪に黒目……改めて見ると、見た事のない色の組み合わせだ。
 黒髪の人はたまにいるけど、黒目というのは珍しい。

 ぴょん、とアルマがベッドから降り、隣のベッドに眠る少年に近づいた。
 ぼさぼさの黒髪に手を伸ばし……もさっとした感触に、くすぐったさを感じる。
 ……もう少し、近づいてみよう。
 眠るイツキの隣に座り、今度はほっぺを突いた。
 柔らかい。女の子のようだ。
 と、そんなアルマの指をけるように、イツキが再び寝返りを打った。
 転がった先にあるアルマの太ももにぶつかり……何を思ったか、いきなりアルマの太ももに抱きついた。

「ぇっ……ええ?!」

 予想外の出来事に、思わずアルマの口から大声が漏れ出し──慌てて口を手で塞いだ。
 危ない危ない。大声を出すなと言われたばかりだった。

「……寝てるで……ありますよね……?」

 太ももに顔を埋めるイツキから、返事はない。
 ……そう言えば、結局、なんで1階にいたのか教えてもらっていない。
 まあでも……この人は、悪い人ではない。
 1階にいたのも……何か理由があったのだろう。

「……この人、なら……」

 奴隷であるはずの自分にも優しくしてくれて。平等に扱ってくれて。自分の食べる料理を分けてくれて。服を買ってくれて。ヘタクソな笑みを向けてくれて。
 ──この人なら、信用できる。

コメント

  • ノベルバユーザー307463

    楽しみにしてます!
    頑張って

    1
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