発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~

ibis

4話

「いらっしゃ…………いませ」

 店主の若い男が、店に入ってきた2人を見て……いや、小汚ない少女を見て、不愉快そうに顔を歪めた。
 そんな店主には目もくれず、店の奥まで進む少年。イツキだ。

「……金貨5枚」
「はい?」
「予算は金貨5枚だ。それ以内で、俺とこの子が着れる服を見せてくれ」

 皮袋の中を確認しながら、イツキは店主の男に話し掛ける。
 ……残りの金は……聖金貨4枚。クソ、あの時1枚投げなきゃ良かったか……?

「俺は後でいい。先にこっちの子の服を頼む」
「金貨5枚で、女の子用ですか……そうですね。少々、お待ちください」

 そう言って、店主が店内の服を手に取り、どれが似合うかと考え始める。
 ……てっきり、処分品とかを手渡されるかと思っていたのだが。
 イツキの考えでは……この異世界、なかなか腐っている。
 町を歩いている時に、何度か商売人の声を聞いたが……買う人によって、まったく違う値段を要求していたのだ。
 カモそうな相手には、相場の倍の値段を。相場を知っている相手には、誤魔化しながら相場より高く。
 そんな事考えていると、店主が服を持ってきた。
 水色のシャツに、黒い短パン。そして白く長いローブ。さらに、黒いハイソックスと黒色の靴。
 ……これ、本当に金貨5枚の範囲内か?

「なあ。俺の勘違いじゃなかったら、かなり高そうに見えるんだけど?」
「そうですね……普通だと、金貨20枚といった所でしょうか」
「お前、俺の話を聞いていなかったのか?金貨5枚の範囲内って言っただろ?」
「しかし、そのお嬢さんは可愛らしい……この服が似合うはずです。そうですね……金貨15枚でどうでしょう?」

 なるほど。つまりはあれだ。
 これだけ高い服を安くしてんだ、もちろん買うよな? と言っているのだ。
 だが……騙されてはいけない。
 店員が値引きする時は、必ず店側に利益があるのだ。
 おそらく……持ってきた服の相場は、本当は金貨10枚といった所だろう。それをこの店主は、金貨20枚と言った。
 さらに、これはアルマの分……俺の分は、別に買えという事。

 高速で頭を回転させ、その結論に至ったイツキは……まあ良いだろうと肩をすくめ、今度は自分の服を探し始める。
 イツキの服は、すぐに見つかった。
 白のシャツに、黒のマントとセットになっている長ズボン。
 これだけなら、金貨1枚分の価値もないはずだ。

「合計、金貨18枚となります」
「……なに?」

 イツキの眉が寄せられ、目の前の店主を睨み付ける。
 ただのシャツとズボンに、金貨3枚分の価値があるだと? 話にならんな。
 この店主も、先ほどの巨漢同様、イツキの事を金持ちの息子だと思ったのだろう。質の良い服を着ているから、コイツからは絞り取れると判断したんだろう。
 そう思われないようにするために、服屋に入ったのだが。

「……なあ店主。正直に言った方がいいぞ? 金貨15枚と、銀貨何枚だ?」
「ですから、金貨18枚です」
「はん、話にならねぇな……早く本当の値段を言え」
「……金貨17枚と、銀貨30枚です」
「まーだ嘘つくか……いいか? よーく覚えとけ」

 声の調子を落とし、無表情のアルマでさえも震えるような冷たい声で──言った。

「──嘘つく相手はしっかり選べ。俺みたいに嘘を見抜けるやつが相手だったら……殺されるぞ?」

 有無を言わせぬ覇気。
 ……はぁ、と大きくため息を吐き、店主の男が渋々と……本当に渋々といった感じで、イツキを正面から見つめ返した。

「……金貨16枚と、銀貨30枚……これ以上は利益が出ないので、引きませんよ」
「値段は嘘だな……まあ、利益が出ないってのは本当みたいだから、その値段で妥協してやる」

 一瞬で店主の発言を嘘と見抜いたイツキが、皮袋から聖金貨を取り出した。
 聖金貨を見た店主の顔がみるみる変化し、カウンターの下から硬貨を取り出して、お釣りを手渡してくる。
 えっと、聖金貨1枚で魔金貨100枚の価値だから……魔金貨99枚に、金貨83枚と銀貨70枚がお釣りか。多いな。

「さて……ここで着てもいいけど、体が汚れてるからなぁ……」

 アルマに視線を向け、どうしたものかと頬を掻く。
 服は、体を綺麗にしてから着せてやろう。
 そう判断し、イツキは自分の着ている学ランを脱いで、アルマに着させた。
 きょとん、とイツキを見つめるアルマ……なんで喋らないんだ、と内心イライラする。

「それを着とけ。んで、布切れで下半身を隠せ。そうすりゃ、肌の露出は避けられるだろ」
「………………わかっ、たで……あります……」
「なあ店主、この辺に宿はないか?」
「宿ですか? それなら向かいの建物ですよ」
「そうだったのか……わかった。ありがとう」
「またのご来店をお待ちしております」

 大量の服を持ち上げ、服屋を出ようと扉に向かう。
 と、そんなイツキを見て、アルマが小さな声で意外な事を口にした。

「に、荷物なら……自分が、持つであります……」
「ああ? ……いや、すぐそこだから、別にいい」

 まさか、ここで手伝おうとするとは。
 不思議な『地霊族ドワーフ』を連れ、今度は宿屋に足を踏み入れる。
 看板娘らしき少女が笑顔でこちらを振り向き、いらっしゃいませ! と言っているのを全力でスルーして、女将のような人に話し掛けた。

「らっしゃい、宿泊かい?」
「1泊、いくらだ?」
「1泊かい? 1人部屋で1泊だったら3食付きで銀貨3枚、2人部屋だったら3食付きで銀貨5枚だね」

 ……嘘ではない。
 先ほどの店主に比べて、楽に話が進められそうだ、と心の中で歓喜した。
 片手で皮袋を開け、先ほどお釣りで貰った銀貨を取り出す。

「んじゃ、とりあえず1人部屋2つ、2泊で──」
「ぁ……2人部屋で……大丈夫、で……あります……」
「は? ……んじゃあ、2人部屋で2泊」
「あいよ。銀貨10枚だよ」

 女将に銀貨を支払い、先ほどから予想外の事ばかり口にするアルマを見下ろす。
 イツキとしては、金が掛からないため、1人部屋2つより、2人部屋1つの方がありがたい。
 だが……出会ってまだ数時間の2人が、一緒の部屋に泊まる……なんて、普通はあり得ない。この子は、何を考えているんだろうか。

「2階の一番奥の部屋が空いてるよ」
「わかった……行くぞ、アルマ」

 無言で付いてくる少女を見て、本日何度目になるかわからないため息を吐いた。
 ──異世界召喚、1日目。
 召喚されてすぐにドラゴンと戦って、国王と仲良くなりました。その後は他種族の奴隷少女を買って、添い寝します──ってアホか。
 1日で色んな事が起こりすぎて、頭がパンク寸前だ。

「ん……ここか」

 木製の扉を開け、綺麗な室内を見て思わず感心した。多分、あの看板娘のような少女が頑張っているのだろう。
 持っていた服をベッドの上に置き、とりあえずアルマに、風呂に入ってくるように言った。
 無言で頷き、そそくさと風呂場へと消えていくアルマ……その姿を見届け、イツキはベッドに寝転がった。

「……どうするかな……」

 勢いで買ってしまったが……立場上、アルマは一応イツキの奴隷だ。
 荷物を持とうとしたり、一緒の部屋で良いと遠慮したりしたのは……奴隷、という意識があったからかも知れない。
 イツキとしては、別に、そんなつもりでアルマを買ったわけではない。ただ同情して、勢いに任せて買っただけなのだから。
 それでも……あの少女にとっては、人生が決まった瞬間だ。
 あまり喋らないのも、小さな声も、オドオドとした態度も……まだ、イツキを信頼していないからと考えられる。

「……仲良くなるのが、最優先……か」

 この世界の住民が手に入ったのだ……なら、有効活用しない手はない。
 とりあえず、文字の書き方から教えてもらおう。読む事はできても書く事ができなければ不便だし。
 そんな事を思っていると、何やらペタペタと裸足で歩く音が聞こえた。風呂場の方から。

「あ、あのっ……シャワー……浴び終わったであります……」

 嫌な予感を感じつつ、視線を風呂場の方に向け……全裸のアルマの姿を確認。
 ……やっぱり、アルマは奴隷という立場を強く意識しているらしい。しかも、性奴隷として。
 さすがのイツキも、14歳の少女に手を出すほどの少女趣味ではない。年齢は3つしか変わらないが。

「……自分、まだまだ幼いで、ありますが……その……頑張るので……見捨てないで欲しいであります……」

 頭を下げ懇願するアルマを見て……何とも言えない、罪悪感に囚われる。
 ……この子は、覚悟を決めたのか。
 さっきまで絶望しか映していなかった蒼眼は……今は覚悟を宿し、美しく輝いている。

「あーいや……なんか覚悟を決めてる所悪いけど、俺、そんなつもりでお前を買ったんじゃないんだよな」
「……?」
「いやだから……俺は、お前と肉体関係を結ぶつもりはねぇし、そんなつもりで買ったわけじゃねぇんだ」
「……じゃあ、自分……何のために、買われたでありますか……?」
「知らん。数時間前の俺に聞け」

 聞けるならな。けけけ。
 意地の悪い笑みを浮かべながらそう言って、ベッドの上に置かれている物を手に取り、アルマに向けて投げた。
 慌ててキャッチし、投げ渡された服を見たアルマは……着るかどうか迷うような仕草を見せる。

「着ろ。今すぐにだ」
「り、了解であります……」

 立場上は奴隷という事があるのだろう。イツキの言った事には従順だ。
 そんなアルマから目を離し、イツキは所持金の確認を始める。
 ……聖金貨3枚。魔金貨99枚。金貨83枚に銀貨70枚。
 じゃらじゃらとやかましい皮袋を机の上に放り投げ、魔力銃に視線を向けた。
 ……少し、他の形体を試してみるか。

「形体変化、『参式 機関銃マシンガン』」

 イツキの呟きに従い、魔力銃が淡い光に包まれ、変化し始める。
 小さかった片手銃ハンドガンから、少しだけ大きくなって機関銃マシンガンへ。
 てっきり、もっと大きく変化するかと思ったが……少し重量が増えたのと、両手で持たないと銃口が定まらない事以外は、特に変わったようには思えない。

「ぇ……あの……それ、は……?」
「『変化式魔力銃』。まあ、俺専用の武器だ」
「……魔道具アーティファクトでありますか?」
「あ、てぃ……? いや違う」
魔道具アーティファクトではない……なら、地霊道具ドワーフ・ツールでありますか?」

 急に喋り始めるアルマの姿に、驚きを隠せない。表情も、どこか明るくなったように見える。服を着たからだろうか。
 それより……魔道具アーティファクトとか地霊道具ドワーフ・ツールとか、気になる事を言っていた。

「なあ。その魔道具アーティファクトとか地霊道具ドワーフ・ツールとかって何だ?」
「えっと……知らないでありますか?」
「……ああ。教えてくれ」
「……了解であります」

 アルマの説明によると、こういう事らしい。
 魔道具アーティファクトとは、魔力を宿した武器や道具の事。強制的に雨を降らせたり、国を守る障壁を展開したり……原理は不明だが、凄まじい効果を持っているのだ。
 地霊道具ドワーフ・ツールは、そんな魔道具アーティファクトをマネして、手先の器用な『地霊族ドワーフ』が作った道具の事である。
 性能は魔道具アーティファクトに劣るが……この世界の洗濯機や風呂は、地霊道具ドワーフ・ツールなのだ。

「んー……わからなくはねぇけど、ややこしいな」
「あ、その……」
「んぁ? ……なんだよ」
「……あなたの事は、何と呼べば良いでありますか……?」

 はぁ? とイツキの顔が歪む。
 だが……アルマの表情は、決してふざけているような表情ではない。本人は、本気で何と呼べば良いのかわからないのだろう。

「別に、好きに呼べよ」
「………………では、イツキ様と呼ぶであります」

 そう言って、アルマは……ほんの少し。ほんの少しだけだが、表情を笑みに変えた。

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