一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

最終話 天への道を越える者。(END)

 戦いは続く。


 レグルス・ブラックブックス    (教師)
 ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
 バール・ザ・ウォーリアス     (大昔の英雄)
 サマヨエラ      (ふらっとやって来た天使)
 モーランド      (ミツハの父親)
 リーリアス      (ミツハの母親)


「一人になってくれて嬉しいですよ。楽に倒せますからね! 軽く倒して追い掛けて、逃げる悪魔に断罪をおおおおお!」

「そう簡単に勝てると思うなよおおおおおおお!」

 上部からの一撃を躱し、空中で倒立しながら足を狙う。
 サッと躱され、体が反転しながら重なり合う。
 ガンと当たって弾き合い、斬を奔らせ音を鳴らす。

 黒と白の斬撃の応酬は、輝く光を町へ飛び散らせている。
 それが町へと降り注ぎ、町の奴等は俺達の戦いを見上げていた。
 悪魔と天使が戦っているとか、真実を知らない奴等は思っただろう。

「がんばれー天使さまー!」

「負けないでええええ!」

 子供達が天使を応援する声が聞こえて来る。
 見た目で判断するんじゃねぇよと、そう言いたい所だ。

「うおらッ!」

「遅いですよ!」

 薙ぎ、躱し、斬りつけ、弾き、すり抜け、蹴り合い、ぶつけ合う。
 一つ斬る度、斬られる度に、戦いの記憶が蘇る。
 剣音は俺の心を燃やし始める。
 痛みは戦いの緊張感を思い出させた。

 俺はこんな程度じゃなかったはずだ。
 もっと鋭く、強く、そして速かった。

「まだ俺も捨てたもんじゃねぇって事だぜ! おおおおおおおおお!」

「! ……攻撃が、変わった?!」

 余裕があったサマヨエラの顔が、真剣みを帯びている。
 攻防は続き、小さかった黒の力は相手の白と拮抗していた。

「俺が居た位置はここじゃねぇ。もっと先だ。もっともっと、やれるんだよおおおおおおおおおお!」

「負けるものか! 負けるものかあああああああああああ!」

 サマヨエラの攻撃は、俺に呼応するように強くなっている。
 相手の強さは俺を高め、耳に鳴る風の音が変わっていく。

 ゴーっと抜ける風の音が少しずつシャープな音へと変化し、それは空気を裂くような、そんな鋭い音になって行く。
 久しぶり聞くその音は、最高速度に達したという証だった。

 目に映るものは何もかもが一瞬で通り過ぎて行く。
 だがそんな景色の中に居ても、俺の目は標的の動きを認識している。
 上げられた剣が振り下ろされ、その速度より早く後方へ抜けて行く。
 斬ったことにすら気付かせてやりはしない。

「ハッ、何処に……? ……なああああ?!」

 斬られたことを理解したサマヨエラは、自身のダメージに驚いている。
 斬られて驚くのは分かるが、驚いている暇はないぞ。  
 その間にも俺は攻撃を終えている。

「ぐはッ……」

 連続で叩きこんだ斬撃の痛みが、奴の脳髄へと届いたらしい。
 白目をむき天から落ちるサマヨエラに、俺は手を伸ばして抱え込んだ。
 気絶しているが、天使はこの程度で死ぬような軟な体はしていない。
 その内気が付くだろう。

「こいつをどう説得するかは兎も角、筋肉痛が恐怖だぜ。あー、休みてぇ……」

 このまま普通に地面に下りたい所だが、俺に向かって矢を向けている奴も居やがる。
 面倒だが町の外へ運ぶしかないらしい。
 俺は人目を避けるように、町の外へと移動して行った。

 魔物の影もない大きな木の下、俺はサマヨエラを寝かせ、その横に座り込んだ。
 一息つきながら今後の事を考えている。

 俺達を狙う悪魔の存在。
 それはモーランドとバールに任せればいい。
 悪魔であり、一国の首相であるモーランドの情報網なら、奴等の居場所もつかめるかもしれない。
 見つけ次第平和な日常を確約し、奴等に人を滅ぼす意思をなくしてやらなければ。

 しかし、簡単に説得される奴等ではない。
 何十年何百年と、戦いは続くかもしれない。

 説得を成功させたとして、その為には悪魔を嫌う天使の説得も不可欠である。
 こちらも簡単にはいかないだろう。
 隣に寝ているサマヨエラでさえ説得できないのだ。
 数多くの天使の心を変える方法は見つからない。

 だから、子供の内から教育をするしかないのだろう。
 その子供の絶対数が増えていきさえすれば、正義の在り方も変わるはずだ。

「おい起きろ、お前にはやってもらう事があるんだよ」

「ハッ、こ、ここは? 天ご……地獄ですね。何故僕は負けたんでしょうこんな黒い人に。悪魔っぽく見えるからあんまり好きじゃありません」

「おいコラ、黒いのは関係ねぇだろ! いやもういい。それよりお前には頼みたい事がある。俺をお前の世界に連れて行け」

「本気ですか? 二度とこの世界には戻れないかもしれないんですよ? 大事な人とか居ないんですか? それともボッチなんですか?」

「うっせぇ、ボッチで悪いかこの野郎! 俺だってな、昔はそれなりに……いや、なに話してんだ。それでどうなんだよ返事は!」

「まず、何をしに行くのか言うべきなんじゃないですか? 僕だって敵を連れて行きたくないんですけどね」

「敵じゃねぇよ。俺はな、延々と無駄な争いをしてんじゃねぇって教えてやるだけだ。その争いが続く限り俺達にも迷惑がかかるからな」

「ふ~ん、やっぱり悪魔の肩もつんですね。僕達が何をされたかも知らない癖に。奴等は僕達の世界に突然現れ、天使達を何人も殺したんですよ! それでも奴隷として生かしてやったのに、今度は仲間達を堕天させて!」

 俺やサマヨエラも、その時代には居なかった。
 言われた事しか知り様がないし、何方が先かなんて水掛け論にしかならなそうだ。
 
「俺達だって悪魔には酷い目にあってるんだぜ。何人も死んでるし、こんな体になったのも、奴等の所為って言えばそうなんだろうぜ。……だがよ、この戦いを後何年続ける気だよ。千年か、万年か? 何時まで続けたって決着なんざ付けられねぇよ。俺はそんな戦いに嫌気がさしたんだ。だからどっちも止めてやろうって言うんだ。お前はどうだよ。戦いが無い方が平和で良いとは思わねぇか?」

 サマヨエラは、悲しそうな表情をしている。
 種族がなんであれ心の内なんて誰にも分かりはしない。

「そんなことが出来るはずは……でも、そんな考えの人は初めて会いましたよ。そうですね、連れて行ってあげてもいいですよ。どうせ誰も聞きやしないですからね」

「じゃあ早速頼むぜ。思い立ったが吉日ってな」

「バールさんに別れを言わなくても良いんですか? あの人部下なんでしょ?」

「ちげぇよ。あいつは部下でもなんでもねぇ、ただのダチってだけだ。別れをする間柄でもねぇし、まっ、運が良けりゃまた会えるだろうよ。曲がり間違って天界に来るかもしれねぇし」

「……そうですか、じゃあ行きますね。最後の景色、よく目に焼き付けておくことですね。では!」

 サマヨエラの力が天に伸び、空の果てに天界への道が開かれた。
 あの先にあるのが天界か。
 俺は遥か遠く、朽ちた石碑を心に想い、俺は空へと舞い上がる。

「じゃあ行って来るぜロッテ。もう会には行ってやれないが、もう二百年近く経ってるんだ。許してくれるよな? ……じゃあ、さよならだ」

 思惑通り行けるのか、生活して行けるのかも謎ではあるが、やると決めたのだから行くしかない。
 俺は二度と見る事はない空の果てを目に収め、世界に別れを告げて光の道を進み始めた。

 きっと百年では終われないだろう。
 千年で足りるかどうか……。
 万年かかるのかもしれないな。

「覚悟しろよ天使共、俺の教育で叩き直してやるからな!」

 だが、人ではないこの体には時間がある。
 俺が生きている間にやり遂げてやるとしよう。






 終わりは、次の物語の始まりでもある。
 天の町では知った顔の少女と出会ったらしい。
 二人の恋の物語が始まるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。 
 ……本の物語は、新たな物語を紡ぎ出す。
 
 一つの世界は、万の人々の物語を紡ぎ。
 書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残した。

                 END

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品