一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

4 力があっても常識がなければどうしようもない。

 この世界の形態は随分と変わり果て、魔物は魔物としての存在を忘れかけている。
 生命の輪に組み込まれ、人を襲うものも少なくなってきていた。
 それを機にと、帝国の政治は魔物の討伐を禁止してしまう。
 それに疑問を持ったバールがこの国にやって来たと、そんな話を聞かされ、俺はバールの手伝いをすることになる。
 悪魔の選別に手はなく、悩んだ末にバールは奥の手をだしてしまう。
 そして二日後、やって来てはいけない者がやって来た。


 レグルス・ブラックブックス    (教師)
 ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
 バール・ザ・ウォーリアス     (大昔の英雄)
 サマヨエラ      (ふらっとやって来た天使)


「こんにちはー、来ましたよバールさん! 天使のサマヨエラで~す!」

 学園から帰って寛いでいる時間。
 天使が尋ねて来たのは、何故か俺の住処だった。
 あのボタンを押したのはミツハの屋敷だというのに何故だ。
 この馬鹿が無理やり泊まり込んで来たからか?
 大迷惑だなこの野郎!

 しかし挨拶ができるのは、まあまあ常識があるのかもしれない。
 そんな淡い期待が脳裏に過るが、しかし相手は天使だ。
 このままやり過ごしてしまうのが一番いい。

「あ、やっと来たみたいですよ隊長」

 このまま居留守でも使ってやろうかと無視を決め込むのだが、バールの奴が勝手に動いて行きやがった。
 声を出したらバレるし、暴れたらバレる。
 もうつんでるじゃねぇか!

「ちょっと待ってください。今開けますね」

「おいバール、俺の家の扉を勝手に開けんな!」

「何言ってるんですか隊長、開けなければ入ってこれないじゃないですか」

「だから入れんなっつってんだろうが!」

「バールさん、バールさん何かあったんですか? よく分からないですけど今助けにいきますね! デッドスクリーム・ビ~~~ム!」

 何かしらの力が俺の家の扉を爆散させた。
 その力は部屋の中にまで到達して何もかもをグチャグチャにかき回す。

「ぐはああああ?! なんだこりゃあああああ!」

「ぬあああああああああ目が回るううううううう!」

 部屋の中は割れたコップやら散乱した本、食い物まで混じり合って大惨事である。
 当然俺とバールも揉みくちゃにされてしまった。
 一応非殺傷の力の様で、俺達に傷はないのだが、叩きつけられたり回されたりとダメージはありまくる。

 だが、死なないから良いという訳ではない。
 やはり天使は人の常識というものが一切通用しない。
 こんなものに関わって真面に済まそうなんて甘い考えだ。

「ぬふ、ぬふうう……」

 俺はなんとか耐えられたのだが、バールは普通に気絶していた。
 家に侵入して来た天使を見ると、まだ少年であるかのように若々しい。
 人で言うなら十五……いやもっと下だろうか?

 金髪碧眼で背には白い翼と、まあ大体の天使は同じような感じである。
 ただし人とは寿命が違うから、この少年と呼べる姿の子供が、本当に子供なのかは疑わしい。

 天使と合えたのは……仕方がねぇ。
 犬に咬まれたと思って諦めるしかないだろう。
 それよりもだ、近所では相当に騒ぎとなっている。
 その内誰かしらが通報して憲兵でもやって来るのだろう。

 俺の家に天使が居ると噂になるのは不味い。
 何があったのかと説明するのも手間であるし、もう逃げてしまうべきだろう。

「あ、バールさんだ。こんにちはバールさん、僕来ましたよ。あれ、バールさんどうしました? 誰にやられたんです?!」

「テメェだよ! 今やったことを忘れたかコラ! ハァハァ……ああクソ、ここに居たら人に見られちまう。お前ちょっとついて来い!」

「えっ、貴方は誰ですか。まさか貴方がバールさんを?!」

「何でも良いから付いて来い! ここに居ると不味いんだよ!」

 俺はバールを引っ掴み、行く場もなく外へ跳び出した。
 町中を駆け抜ける俺だが、人の目に映らないぐらいには早く動き続けている。
 そんな速さで移動し続けているというのに、サマヨエラと名乗った天使は、苦も無く俺の後ろから追い駆けて来ていた。
 天使というのは、どいつも相当な能力値があるようだ。

「おいお前、バールさんを放さないと酷い目にあわせてやるぞ!」

 追い掛けて来る天使は、まだ俺のことを敵と思っているのか?
 奴が暴れても良い様に、人が居ない場所は……。
 やはり学園しか思いつかない。

「デッドスクリーム・ビ~~~ム!」

 サマヨエラの目から放たれた光線が、道行く人々のギリギリを通り抜けていた。
 当たればどうなるかは、俺の身が知っている。

「おい、通行人に当たるから止めろ!」

「当たったとしても人は死にはしません。仮に死んだとしたらその人が悪人だと言う証拠です!」

「どんな理屈だそりゃ! じゃあさっき死ななかった俺は悪人じゃねぇだろう! 一度落ち着いて話し合おうぜ!」

「まず貴方が止まれば良いじゃないですか! 悪人は逃げる。逃げるは敵。敵は殲滅。これ正しい!」

「逃げてねぇし! 俺はあそこに行きたかっただけだ!」

 俺は目的だった学園の裏手に下り立ち、そこでバールを投げおろした。

「うげッ……い、痛いじゃないですか隊長、もうちょっと優しく降ろしてください……」

 バールも衝撃で目を覚ましたらしい。

「おいバール、俺が敵じゃないと言ってやれ」

「……サマヨエラ君、隊長は敵じゃないですよ。敵じゃないので落ち着いて話しましょう。攻撃するのは、あと一回で……」

「デッドスクリーム・ビ~~~ム!」

「うおおおおおおおおおい!」

 俺は即座に回避したのだが、サマヨエラから放たれた光線は学園の建物を粉砕している。
 誰も居ないから被害者は居ないが、ここもその内憲兵が来るかもしれない。
 まず和解してこの場を去ろう。

「あいたッ!」

 俺は隣にいるバールに拳骨を食らわせ、憲兵が来る前に天使との和解を済ませた。
 本当ならこれから住む場所や生活費やらを請求したい所だが、天使がそんな金を持っているはずがない。
 この分はバールにでも請求してやろう。

 今度は平和に移動を済ませ、俺達は少し遠くの飲食店に腰を下ろした。

「いらっしゃいまっせ~! お客様。ご注文はなにに致しましましょうか?」

「あ、僕オレンジジュースでお願いします」

「じゃあ俺ハンバーガーでも」

「俺は水でいい。それと支払いはこの男が全部持つ。俺は今無一文だからな。ついでに部屋の修理代とか色々請求するからその分はのこしとけよバール」

「何で俺が支払うことになるのか知りませんがそれは無理です。だって俺も金持っていませんから。サマヨエラ君は……ないですよね」

「ないね!」

「お客様、お金がないなら帰ってくださいね?」

 店員に睨まれ店から追い出された俺達は、一度家に戻って見た。
 だがそこは爆発現場のように封鎖されて、中には憲兵達が調べを続けている。
 侵入して金を持ち出すことも俺ならやれる。
 超速で人の間をすり抜けて財布だけを持ち出す事が出来た。

 しかしどうするべきか。
 金もなしで家さえ帰れないとなると……ミツハの所に行ってみるか?
 案外まだ一人かもしれないし。

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