一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

3 相手の心を知れるのは、こちらの推量だけである。

 人には到達し得ない時間。俺と同じ仲間も殆どが散りじりとなり、ロッテも大往生で安らかにいってしまった。
 そんな時間を体験し、俺はまだこの世界に生きている。
 不老ではあるが不死ではないこの体に、熱い心さえも置き去りにされてしまった今、ほんのりと転機の兆しが訪れた。


 レグルス・ブラックブックス    (教師)
 ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
 バール・ザ・ウォーリアス     (大昔の英雄)


 バールが悪魔を追い帝国に来たのは、この国の政治を不審に思ったからだという。
 少し前にミツハの父親であるこの国の首相モーラントが、外に溢れる魔物に対し、指定したもの以外の討伐を禁止したのだ。

 だがそれは別に、おかしな話ではない。
 魔物の出現から何百年も経ち、その形態も随分と変わってしまった。
 つがいとなり子を産み、時間を掛けて子を育てる。
 言うなれば、本来の生物に近いものとなっていた。

 手を出さなければ、人を襲わなくなった者も多くいる。
 逆に人を襲う本能が残されたものも居るのだが。
 人の世に組み込まれ、絶滅させられないものまで居るのは、もう笑い話にもならない。
 
 しかしもう一つ、重要な事が起きている。
 ギルドと呼ばれた、世界に貢献してきた冒険者の制限が掛けられた。
 魔物については国軍が管理し、手を引けと通達が出されたのだ。

 それは民間の力の減退であり、魔物を倒せる力を失わせるということである。
 悪魔にとっては百年、二百年など瞬く間の時間なのだ。
 人が気付いた時には何も出来ずに滅ぼされてしまうと、そんな危惧があってバールはこの国に来たのだろう。

 そして行き倒れた振りをして、ミツハと知り合いこの屋敷にまで入り込んだらしい。
 ミツハの両親を含めて四人で屋敷の中で生活して、偶然ミツハと一緒に悪魔の姿を見かけたと。
 それまでは良かったのだが、結局取り逃がして誰が悪魔か分からなかったのだとか。

 両親のどちらかに成りすまされたのか、それは分からない。
 しかし、本物の人物が、まだ無事だとは考えにくい。
 その事実を知ったミツハは、悪魔との戦いに同行するのを決めたらしい。

 俺は椅子にくつろぎながら、その話を茶を啜って聞いていた。

「話はだいたいわかったけどよ。結局何するつもりだよ。まさか堂々と倒せるとか思ってねぇだろうな?」

「それなんですよそれ! 相手は一国の首相で、護衛もバッチリ付けられているし、家の中でさえ同じなんですよ。勝つことは用意かもしれませんけど、そうなったらどうなるかわかるでしょ」

「まさか俺にヤッテ来い何て言わねぇよなぁ? 本気で追跡されたら今よりもっと面倒になるぜ。そんなのはごめんだね」

「え~、ダメなんですか? う~ん、じゃあどうしよう。やっぱり敵が動くまで待つしかないんですかね?」

 こいつ、あわよくば俺を殺人鬼にでもする積もりだったのか。
 敵よりこいつの方が油断ならねぇ。

「おいコラ、やっぱり俺を捨て駒にする積もりだったんじゃねぇか! ここで手を引いてもいいんだぞ」

「いやいや、そんな事言わないでくださいよ。世界のピンチなんですから。ですよねミツハちゃん」

「えっ? あの、先生ってそんな感じだったんですね?」

 いきなり話を振られたミツハだが、俺の事に驚いていたらしい。
 きっとここまで声を掛けるタイミングを計っていたのだろう。
 話も聞いていないかもしれない。

「今更か? まあ学園じゃ目立たないようにしているからな。驚くのは無理ないか?」

「あのねミツハちゃん、隊長の姿は本来こんなんじゃなくて、もっと真っ黒なんですよ」

「おい勝手にばらすな! ミツハが喋るとは思えねぇけど、何処からバレるか分からんからな。それよりも、今どうするかって話だろうが。ただ話がしたいってんなら俺は帰るからな」

「だったらこうしましょう。こっちも隙をついて、隊長が悪魔と入れ替わるんです。隊長のスピードならできないことはないでしょう?」

「だからそれをするには、どっちが悪魔なのか見極めなきゃならねぇだろうが。それが分かんなきゃどうにもならねぇって言ってるんだよ」

 勝手に入れ替わるのは出来ても、相手が悪魔かどうかは見極められない。
 どうせ、すっとぼけられて終わるだけである。
 それに考えたくはないが、両親どころかミツハまで悪魔という可能性も無くはない。
 今の所は、そうは思えないけどな。

「あ、あの、先生。三日後に私の誕生日があるんです。その時なら私と両親だけになるはずです。と、特別な日ですから……」

 ミツハまでが悪魔なら、その日に罠を張られてもおかしくはない。
 見極める方法がないというのは辛いものだ。
 元々人の心なんざ覗きようがないものだけどな。

「そりゃ決行し易そうな日ではあるけどよぉ、曲がり間違って本物を怪我させたら不味いだろうが。おいバール、何か方法はねぇのかよ?」

「これは最後の手段なのですけど、あると言えばありますよ。ほら、天使を呼ん……」

「却下だ! あんなもん呼んだらグッチャグチャにされちまうわ!」

 天使とは、別の世界に住んでいるマジもんの天使のことである。
 悪魔を敵とする奴等なら、確かに見極められるだろう。
 ……その代わり、百パーセントの割合で、騒ぎが倍以上に膨れ上がる。
 基本関わってはいけない奴等だ。

「バ、バールさん、私、天使様に会ってみたいです」

 だが、そんな話を聞かされて、ミツハは目をキラキラ輝かせている。
 天使はこの時代にも伝承として語られ、憧れている者も多い。
 ミツハもそうなのかもしれない。
 しかし天使を呼びたいなどと言うとは、やはり悪魔ではないのだろな?

「いいですよ、呼びましょう!」

「呼ぶなっつってんだろうが!」

「隊長、方法がないんだから仕方ないじゃないですか。悪魔を見つけてもらって直ぐ帰って貰えばいいんじゃないですかね?」

「あいつ等がそんなたまかよ。悪魔を見つけたら襲い掛かって行くわ!」

「別にそれならそれでいいんじゃないですか。手間がかからなくていいじゃないですか。じゃあ呼びますね、あポチっと」

 バールは、手に持つ何かのスイッチを押し込んだ。

「おい、そりゃなんだ。今なにを押した!」

「あ、これですか。何年か前にまた天使に会ったんですけどね、その時に貰ったんですよ。用事があるならこれを押せってね」

 そうなるともう知らせが行っているはずだ。
 今、天使がこの場に来てもおかしくはない。

「いますぐ取り消せ! 今直ぐだ!」

「ははは、このボタンに取り消しボタンなんてついてるはずないですよ。だって押すだけしか出来ないんですから。あ、もう一回押しちゃいます? あポチっと」

「やめろこの野郎!」

 俺はバールからそのボタンを必至に取り上げるが、この手持ちのボタンには押し込む機能しかついていなかった。
 この二日後、俺の知らない天使が現れた。
 意外と礼儀正しそうな奴だが、そんなので油断するほど俺は甘くない。


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