一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

23 闇の脈動が始まる。

グレッグに話しを聞き、手掛かりを得た俺達は裏路地にある飲み屋を尋ねた。その親父から話を聞こうと話しをするが、注文城と言い張っている。全財産を使いこんでシィヴァを呼びに行ったのだが、この親父こそが闇の医者だとシィヴァが言った。居なくなった親父を追い掛け俺は走って行く…………


シィヴァ・タナトリス(兄)
ベノム      (王国の兵1)
ゲオルム・ファウス(悪魔ゲルトハイム)


「おい、追い駆けるぞ!」

「……ん、ああ」

「テメェボーっとしてんじゃねぇよ! もういい、俺一人で行くぜ!」

 元から頼りにしていない奴を置き去りにして、俺は店の親父に成りすました闇の医者を追い掛ける。
 奴の姿は見えないが、そう遠くには行っていないはずだ。
 なけなしの小遣いを無くさない為にも、移動速度を上げるとしよう。

 移動し続け約一分。
 たかだか一分だが、俺はこの区画のほとんどを見回り、逃げていた奴を発見した。
 人に紛れようと大通りに向かっていたようだが、俺の方が速いのだ。
 捕まえるのも時間の問題だ。

「見つけたぞこの野郎!」

 俺が奴の腕をつかんだ時、奴の体に変化が起こる。
 バリッと人の皮を脱ぎ捨てるように、その中から悪魔と呼ばれる存在が現れた。
 黒の肌、黒い爪、性別不明の裸体の背にはコウモリの様な翼がある。
 なんとなく俺に似ているが、強さの程はそうでもない。
 俺の掴んだ腕は、中身のなくなった抜け殻になっていた。
 こんな奴を国に置いてはおけないと、俺は外套をもって斬り裂こうとするのだが……

「なにぃ?!」

 俺の刃は奴の体には届かなかった。
 それを掌で防いだのは、顔から胸以外を黒い毛で覆われた大きな男である。
 背には大きな翼があり、特徴は前の悪魔にとてもよく似ている。
 シィヴァに聞かされた戦魔という奴の特徴によく似ていた。

 だが何処から現れた?
 超速で動いたとしても、俺の目に捉えられない筈はない。
 この戦魔が俺以上の速さがあるとは考えにくい。
 そうであれば、護るよりも攻撃した方が早いからだ。

「フヘヘヘヘ、後二月待ってくれればこちらから出向いてあげましたものを。せっかちなのも困りものですねぇべノム殿」

「テメェまさか、ゲルトハイムか。確実に死んだんじゃねぇのかよ?!」
(悪鬼羅刹編 七話参照)

「だから言いましたでしょう、この私は何処にでも居ると。死というものが私にとってはタダの日常であるのをお忘れなく。しかし、この王国に潜むのは、この私一人となってしまいましたがね。全く、動きにくいったらないですよ。クソ人間共、もう早く滅んでくれませんかねぇ?」

「ほぉ、いいこと聞いたぜ。つまりテメェをぶった斬れば、王国の面倒事が一つ減るってなあ! ここで終わらせてやるから、大人しく地獄に行っとけや!」

「威勢のいいことで……ああ、それと、そちらのシィヴァ君にも挨拶をしなければね」

「ああん、やっと来たのかよ。テメェも手つだ……ぐおおおおおおおお?!」

「…………」

 後方からの襲撃。
 振り向き俺の目が捉えたのは、間違いなくシィヴァの奴だった。
 その強力な麻痺の毒爪が俺の背を切り裂いている。
 既に立ち上がる事もままならず、俺は膝から崩れ落ちた。
 シィヴァはムカつく野郎だとはいえ、国の為に戦ったこいつが、クソ悪魔に手を貸すとは考えにくい。
 可能性は……

「……テメェ……この馬鹿野郎を操っていやがるな……?」

「彼等も気を使っていたようですが、私が操るのは魔力、小細工などするまでもない。近づけばほらこの通り。悪魔の技術は日々進歩していくのです! まあ、一度暴走してしまった貴方達には何故か魔力操作ができなくなってしまいましたがね。フウ、とても残念です」

「……この国を舐めるんじゃねぇぜ。 ……テメェに勝ち目なんざねぇんだからな……」

「では止めを……と言いたい所ですが、この場所では目立ってしまいそうですね。ではサヨウナラ、また二ヶ月後に逢いましょう」

 悪魔と戦魔、それとシィヴァの馬鹿がこの場を去って行く。
 俺はタダ動けずに、毒が消えるのを待つしかなかった。

「クソ野郎共め、このままじゃ済まさねぇからな」

 財布を諦めざるを得なかった俺は、まるで悪役の様なセリフを吐き捨て、毒からの回復をすると城に報告しに行った。
 その時分に聞いたのが、シィヴァの弟であるハーディ・タルタリスも居なくなってしまったらしい。
 きっと奴も敵の手に落ちたとみるべきだろう。
 王の補佐である奴等が居なくなり、王となったイブレーテ様はまだ子供だ。
 報告するべきは、やはり前王のイモータル様しかいないだろう。
 俺は城兵にイモータル様の居場所を聞き、書庫へと向かった。

「……それで私に報告しに来たと?」

「はい、これは国の滅亡を賭けた戦いとなるでしょう。失礼ながら、若きイブレーテ様では対処は困難かと……」

 俺は今、普通ならば罰どころでは済まないことを言っている。
 この言葉は、隣にいらっしゃるイブレーテ様聞こえているはずだ。
 俺の首が飛んでも不思議ではない。
 まあ本当にそうなったら……死にたくねぇから家族旅行と洒落込むか。

「確かに、まだ成り立ての若い王にはちがいありませんが、王を蔑ろにする発言は許して置けません。罰は覚悟の上なのでしょうね?」

「……はい、当然です」

 ヤベェ、マジで逃げないと不味いかもしれねぇ……

「お母さん、私は平気だから、べノムを許してあげて。それより今は国のことだよ」

「はい、わかりましたイブレーテ様。王である貴方が許すというのなら、それは何よりも優先されるでしょう。では国のことを話すといたしましょうか」

 様と言われて、イブレーテ様は少し寂しそうな顔をなされている。
 だが、まず国のことを考えたこの方には将来性が見込めるだろう。
 そして俺の将来もまた助かったと言える。
 ホッとした俺は、続きの話を切り出した。

「え~っと、まずあの悪魔の話ですが、二ヶ月の猶予をくれると言っていました。まあ人類絶滅を願う様な奴等ですから、待っていても碌なことはしないでしょうね。ですが……」

「人間に偽装する、ですか。見つけ出すのも骨が折れそうですね。しかしこちらには臭いの追跡者も多く居ます。諦めずに居場所を絞っていきましょう」

「ああでも、悪魔に臭いってあるんですかね?」

「ふむ、もし駄目であれば、あの天使の人でも使ってみましょうか。あの人達は悪魔の臭いに鼻が利くみたいですから」

「俺が思うに、それはやめた方がいいでしょう。もっと酷い事になる気がしますから。もし天使と悪魔の大戦争なんかに巻き込まれた日にはヤベェことになるのは間違いないですよ」

「はぁ、それもそうですね。では地道にいくとしましょうかイブレーテ様、それでいいですね?」

「うん、お母さん……」

 国を挙げての地道な聞き込みと捜査も、奴の居場所を特定するには至らなかった。
 そして、平和とは言い難いが、無難な時間が流れて行く。

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