一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

2 力を求めるが故に。

王国の運命を怨んだ二人の兄弟は、たった二人でこの国の未来を変えようとしていた。荒くれ者グレッグと接触し、キメラ化の話を聞く。姿が変わる事も躊躇わず、二人はその場所へ向かったのだ……


シィヴァ・タナトリス(兄)
ハーディ・タルタリス(弟)
グレッグ  (片腕が巨大な男)
ゲオルム・ファウスト(闇の医者)
戦魔     (ゲオルムの道具)


 グレッグに言われてやって来た場所。
 怪しい場所、怪しい建物、そんな風にはとても見えない。
 店の外観には観葉植物が多く植えられ、中はよく見えてはいない。
 王国にある中央道り。
 人々が往来するその中に、一つの店があった。
 周りに溶け込むように作られているのが、ここのカフェである。
 治療や医療を、ましてキメラ化の施術をするようにはまるで見えないが、闇でやっているならそんなものだろう。
 だがこの中にグレッグが言っていた人物ゲオルム・ファウストがいるはずだ。

「……ここだな。じゃあいいか? 覚悟はいいんだなハーディ」

「誰に言ってるんだ兄貴、俺は何時でも準備できている!」

「お前の覚悟は最初から知っているさ。だがここが偽物で、体を使った挙句に何も効果が無いなんてこともあるだろう。まず俺が施術を受ける。それが成功したのならお前も受けるんだ」

「それなら俺が先に……」

「生まれたのは俺が先だ、だから俺が先に受けるべきだ」

「でももし何かあったら!」

「いいから、兄の言うことは聞いておけよ」

「分かった。でも何かあったら直ぐに止めるからな!」

「ああ、任せた」

 覚悟を決めて入ったはいいが、カフェの中は人であふれていた。
 魔法の光により外の様に明るく、洒落た内装の中で人々はゆったりと茶を楽しんでいる。
 いらっしゃいませと声を掛けてくるウェイトレスにバケツ一杯の水を頼むと、俺達は奥の部屋へ通された。
 カフェの中とは違い、本当に飾りっけの無い通路を通り、奥にあった一つの部屋に到着した。

「お前は下がっていろハーディ。俺が開けてみる」

「ああ、任せた」

 部屋の扉を開けてみると、診察室が見えてきた。
 あまり大きな部屋ではなく、片隅には小さな机が置かれ、上にはペンや書類が雑多に散らばっている。
 その中央には診療台があった。
 雑菌のことなどまるで考えられていないように置かれる診察台には、赤茶けたシーツが掛けられている。
 まるで血が染み込んだ様に汚れているが、ここで施術までを行うのだろうか?
 その周りにもそれらしき器具が幾つも並べられている。

 だがこの部屋に人の姿は見当たらず、もう一つ奥にある部屋に居るのかも知れない。
 俺はその先の部屋に足を進ませようとするが、先に相手の方から出て来てくれたようだ。
 ガチャリと扉が開かれ、そこから出て来たのは二人。
 白衣を着た老人と、キメラ化した男が一人。
 医者だと思う白衣の男は、額から後頭部までが禿げあがり、横の髪がモサモサしてまるでドーナツようである。

 もう一人、顔から胸以外を黒い毛で覆われた大きな男。
 背には翼、大きな翼があった。
 キメラというよりは、本物の魔族といった感じである。
 それを見た俺の期待値が上がっている。

「おお、お待たせしてすみませんなぁお客さん。男のお客さんは珍しいですが、今後の美容の為にやる人も少なくはないですからな。さあそのベッドにお座りになってください」

 ニコニコと笑って、上客のように対応しているのが白衣の老人の方だ。
 たぶんこの老人の方がゲオルム・ファウストなのだろう。
 もう一人は突っ立ったままで、無表情に見下ろしている。

「誰が美容目的だと言った。俺達は力が欲しい。誰にも負けない、どんな者にも負けない力をだ! ちゃんと出来るんだろうな?!」

「力をお望みなのですか……もちろんできますが、ちゃんとお金は持っているのでしょうな?」

「金ならある。ハーディ、渡してやれ」

「……ああ」

 ハーディは金の入った袋を投げ、白衣の男がそれを受け取っている。
 だが中の金を確かめ、その笑顔が消えていた。

「ああ? こんなんじゃ全然足りないんだよ。この十倍は持って来やがれ! 二人分なら二十倍だ。腕を安売りする気はないんでね。金がないんなら帰ってくんな!」

 この金は生活費を切り詰めて貯めて来た物だ。
 十倍などと持って来れるはずもない。
 だがこの機会を逃せば、次は何時になるのかわからないのだ。
 諦める訳にはいかない。

「兄貴……」

「ハーディ、俺に任せておけ。まだ手はある」

 揺さぶるべき場所は、医者としての興味だろうか。
 言うべき言葉は……

「俺達を使って最強の生物を作り出してみる気はないか? 俺達は強くなりさえすればそれでいい。やりたいだけやっても構わないんだぞ」

「……俺の体も使ってくれて構わない。是非やってくれ」

「ふん、何を言うかと思えばその程度のことか。最強というのならばここに存在するわ! この戦魔こそ真に最強よ! お前達の体を使うまでもないわ! 分かったのならサッサと帰るがいい!」

 戦魔とよばれた男は、まだ何の反応もなく立っている。
 それが名前だとは考えにくい。
 名前さえもない、ただの道具なのかもしれない。

「だったらその最強とやらを俺達が倒してやる。そしてもう一度作ってみろ、本物の最強とやらをな!」

「……!」

 自分達の意思をハッキリと伝えてやるが、ゲオルムはまた口元をほころばせた。

「ふわっははは、いい具合に狂っておるな! もしもこの戦魔に勝てたならば、この金と引き換えにお前達を最強、いや究極にまで強化してやろうではないか! ただし、負けたならば、お前達はただの材料となるだろう」

「上等だ!」

「……やってやる!」

「では解体部屋にご案内だ。逃げるなら……ふん、その気はないか」

 俺達は二人の後に続き、解体部屋という場所に案内された。
 その部屋は地下にあった。
 跳び上がって手を伸ばしても、半分も届かない天井に、走るのには少し狭い四角い部屋。
 だが剣を振るのも身を躱すにも、充分な広さがある。
 壁や天井にも無数の血痕が飛び散って、この部屋が言われた通りの解体部屋なのだと認識した。

「では始めるのだ戦魔よ。無残な解体ショーをな!」

「ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 合図と共に、戦魔と呼ばれたものが大きく吠えた。

「来るぞハーディ! 剣を抜け!」

「……応!」

 魔法などという高尚なものは使えない。
 ただ剣を抜き構え、俺達は戦魔へと戦いを挑んだ。

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