一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

42 新しい護衛の男。

天使様のお告げがあるも、朝起きても何も起こっていなかった。頑張れって言われてもどうして良いのか分からないが、シャーンに話しかけて見た。なんか頑張れば声が出る気がするのだけど、中々声は出てくれない。だがご飯んの事を考えたら声が出た。私はそんなにも食いしん坊なのだろうか? 暫くしてご飯を持って来たダスクも、私を見て驚いた。トレイのご飯を落とすが、あっと言う間にトレイの上に戻っている。姿と気配も違うし、この男は凄く怪しかった。この姿になった事情を言うと、ダスクはもう来ないという。そう言ったダスクも、昼になったら普通に現れてご飯を持って来ていた…………


モモ     (天使に選ばれた猫)
シャーイーン (王国の王子)
ダスク    (魔道研究所の職員)
グレアデル  (新しく来た護衛)


 次の日、私だけでは不安だと、ダスクがもう一人の護衛役を連れて来た。
 青くはない。
 頭から下半身まで、見るからに赤い鬼の様な奴だ。
 頭にも二つの角があり、見るからにそれっぽい奴である。
 ムキムキの肉体を見せびらかす様に上半身裸の男だった。

「おう、こいつはグレアデルってんだ。よろしくやってくれ」

「はっは~ん、この俺が来たからには、安心してください王子! どんな敵だろうとこの俺が……あれ、俺の気のせいでしょうか? なにか変な物体が見えるのですけど……」

 その鬼みたいな奴が、この私を見下げている。
 変な物体とは私のことなのだろうか?

「あん? ああ、その猫か? お前と一緒に働くモモって奴だ。普通に喋れるからよろしくやってやれ」

「……ひぃ、ごめんなさい、俺無理です。猫は小さい頃からダメなんですよ……あの、別の人に変わってくれませんか……」

 さっきまで自信満々だったグレアデルは、もう見る影もなく縮み上がっていた。
 猫が嫌いとか、私に喧嘩を売っているとしか思えない。
 ギンと睨んでやると、ビクっと怯えて距離をとっている。

「はぁ?! 今日はお前しか空いてねぇんだよ! たまにレーレとも仕事してるじゃねぇか。明日には交代の奴を連れて来てやるから、一日ぐらい我慢して働きやがれ!」

「えええええええええ……レーレは元々人ですし、あの大きさで猫もないでしょう。むしろ虎とかそんな感じに見えるから大丈夫なんです。こ、これは……駄目です。無理です! 助けてください!」

 ちなみにレーレとは、前に来た事がある猫い人のことだ。

「うっせぇ、こりゃ命令だ! もし嫌だって言うなら軍法会議にかけてやんぞコラァ!」

「俺そっちがいいです。そうしてください。猫だけは無理なんです!」

「何言ってやがる! コラ、放しやがれ! このまま部屋に閉じ込めて逃げらんねぇようにしてやる!」

「やだやだやだやだやだやだ!」

 駄々っ子のように暴れるグレアデルだが、ダスクの手で部屋に入れられようとしている。
 そして鍵の閉まった扉が開かれた。
 ここが私にとってのチャンス。

「あ、お姉ちゃん!」

 今だと跳び出し、このチャンスにダスクへと襲い掛かった。

「倒してやるぞおおおおおおおおお!」

 ジャンプして、いっぱいに爪を広げて、ダスクの顔の辺りを思い切って引っかいてやった。

「うをおおおおおおおお、いッてぇな! 何だ一体!」

「ぎゃあああああああああああああ、猫嫌いいいいいいいいいい!」

 私の奇襲は成功し、隣の奴は私の迫力に恐れをなして腰を抜かしている。
 しかしこれだけでは勝てないから、ガブッと首元に咬み付いてやろうとするのだけど、跳びあがった時には首元を掴まれているのは私の方だったのだ。
 きっと何か動くだろうと私も警戒していたのだが、この男の動きは見えなかった。
 それ程に速いのか、変な能力をもっているのか、どちらにしろ強敵である。
 暴れて逃げようとするも、ガッチリつかまれて動けない。

「放せ悪者めええええええええええ!」

「誰が悪者だ! お前には何時も飯を持って来てやってるじゃねぇか! 何で俺が悪者なんだよ!」

「騙されないぞ! 昨日来ないって言ったのに来たし、お前からはおかしな雰囲気がする! 変な能力も持ってるし、お前が青い奴の仲間だ!」

「ちげえよ! この姿と名前は敵にバレねぇように変えてるだけだし、俺は敵じゃねぇからな?! 見たいんなら見せてやるけど、驚いて攻撃すんじゃねぇぞ?!」

 そういってダスクがぽいっと私を投げ捨てると、今まで見ていた姿とは別の姿が現れた。

「あ、べノムだ」

 シャーンの知り合いらしいけど、真っ黒な姿をしたなんか鳥っぽい男は、見ているとムカムカしてくる。
 子猫の天敵である鴉に似ているからだろう。
 私は躾けされる中で、レアスに言われた事を思い出していた。
 黒い鴉っぽい奴は蹴り飛ばせと。
 その言葉に従い、再びその男に跳びかかった。

「ふしゃあああああああああああ!」

「だから何でだよ! うぉ、いッてぇなコラ!」

 襲い掛かってもまた首を掴まれてしまうが、大暴れして指を引っかいてやった。

「レアスが言ってたぞ、黒い奴は蹴り飛ばせって!」

「ああん?! アイツの所為かこのクソが! 今度会ったらギッタギッタにしてやろうか! おい暴れるなこの野郎! お前も何時までも腰を抜かしてんじゃねぇよ!」

「いや俺無理! 本当に無理です! 勘弁してください。勘弁してええええええええ!」

「もういい、お前は部屋に入ってろ! お前もだ!」

 結局グレアデルは蹴り飛ばされて部屋に入れられ、私も放り投げられて部屋に戻されてしまった。
 入って来た護衛の男は、私が動く度に部屋の隅でビクビクしている。
 こんなんで護衛が務まるのか心配で、戦力になるのかも怪しい。
 あんなに大きいというのに情けない奴である。

「飯は持って来てやるから、そこで大人しくしとくんだな!」

 それからご飯を持って来たダスクは、また何処かへと消えて行った。

「おいお前、ご飯来てるぞ! 食べないと私が食べちゃうぞ!」

「ああああ後でいただきますから、こっちへ来ないでくださいモモさん! 離れて、離れてえええええ!」

「お姉ちゃん、可哀想だから虐めちゃダメだよ」

「私は虐めてないぞシャーン、アイツが臆病なだけだ」

 今日一日だと言われていたこの男は、明日になっても明後日になってもこの部屋に存在していた。
 何時まで経っても交代要員は現れなかったのだ。
 ご飯が来る度に毎回のように出してくれと叫びダスクに詰め寄るが、何もなかったように無視されている。
 私達との距離も一定に保たれたまま、もうそろそろストレスとか色々で廃人の様になっている。
 ちょっと可哀想になって来た私達は、グレアデルの為に中庭に遊びに出ていた。
 もうこうなると護衛とかそれ以前の話である。

「お姉ちゃん、追いかけっこしよう!」

「いいぞシャーン。でも私には勝てないぞ!」

「そんなことないよ!」

 何度も襲われた中庭だけど、今は平和に過ごせている。
 走り回り、遊びまわり、寝転んだりと楽しんでいたのだけどまた誰かこの近くへやって来ていた。
 その気配は細身の男のもので、白衣を着ている感じがする。
 ……たぶん私が知らないものだ。

「シャーン、誰か来る! 私の後ろに隠れていろ!」

「お姉ちゃんの方が小さいんだから、僕が逃がしてあげる!」

「わっ、放せシャーン、これじゃあ動けないぞ!」

 私はシャーンに抱き上げられて、ガッチリ動けなくされてしまう。
 警戒して後退りするシャーンの元にやって来たのは、やはり白衣を着た研究者だった。

「あ、ここに居ましたかシャーイーン王子、青化抑制のお薬の試作品が完成しましたよ!」

 髪の色も青くなくて、普通そうな男が、私達へと声を掛けたのだった。

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