一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

20 小さく大きな物語54

二百五十七階層にまで無理やり丸太を運び終え、俺とバールは自分の足で荷物を運んで行く。バールの不正をする姿にかなり減滅しているのだけど、今回ばかりは仕方ないと諦めた。勝手に競争し始めるバールを追い掛け塔をのぼり、二百五十九階層にまで走り続けた。勝ちを宣言するバールに、話を持ち掛け投げ飛ばすと、二百六十階層にまで上がったのだった…………


レティシャス(シャインの息子)ストリア   (村娘)
リッド   (村人)     リーゼ    (リッドの母ちゃん)
ジャネス  (変な女の人)  バール    (ジャネスの父親)


 二百六十階層に到着した俺とバールだが、ここまで来るのかなりの時間を要してしまった。
 入り口近くに丸太を置くと、来た道を引き返して行く。

「レティ、お父さんと一緒に手をつないでいこうか」

「嫌だわ!」

 バールの提案を拒否して二百五十六階層に続く階段まで戻ると、大きな犬が走って来るのが見えた。
 あれはストリアとジャネスが依頼を受けたものだ。
 まだ全然運べていないのだけど、丁度良いから少し休憩しようと俺は階段の下で腰を下ろす。

「ん、あの犬は……二人が来たんじゃないかレティ?」

「は? ああ、あれか」

 かなり遠くから大きな犬が二頭見えて来ている。
 ストリアとジャネスが、犬を使って荷車を引いている物だろう。
 そのまま二人が来るのを待っているのだけど、近づいて来ても犬が止まる気配はなかった。

「ケルベロス、レティは近いぞ!」

「バワン!」

 ストリアが犬に命じて速度を上げている。
 右や左に移動しても、犬は俺に向かって走って来ていた。
 牙を剥き出し襲い掛かって来る気配じゃないが、力いっぱい走って来る犬に飛び掛かられれば相当に痛いだろう。
 俺などは弾き飛ばして組み伏せられてしまう。
 そんな未来を予想してか、バールは俺から離れている。
 こんな時ばかり助けてもくれない。

「お、おい止まれストリア。ぶつかる、ぶつかるぞ!」

「ケルベロス、お座りだ!」

「バワウ!」

 大きなケルベロスは急激に止まり、お座りをして床を滑っている。
 俺の近くでピタッと止まるが、その代わりにストリアが荷車から跳び出した。

「会いたかったぞレティ!」

 大きくジャンプすると、手を広げて俺の居る場所へとやって来ている。
 俺はサッと転がり横へと躱した。

「……レティ、なぜ避ける?」

「当たったら痛いからだ」

「なるほどそうか、ではもう一度だ。レティ、私は会いたかったぞ!」

 懲りずにまた抱き付いて来ようとするストリアをサッと躱し、また地面に座り込んだ。

「それよりストリア、まあ座ってくれ」

「ん何だレティ」

 ストリアは俺の体に密着するように横に座ると、話に聞耳を立てている。
 ここまで避けているというのに、けなげと言っていいのだろうか?
 因みに離れていたバールだが、ジャネスの操るオルトロスにぶつかられて弾き飛ばされていた。
 だがあいつは相当頑丈だし怪我もしていないだろう。

「とりあえず聞いてくれストリア。このまま続けても絶対終わらないし、リッドとリーゼさんを待たせてしまう。別の方法を考えなきゃいけないと思うんだ。何か方法はないだろうか?」

「実はなレティ、私が聞いた話では、この下の階層の窓から運搬できるらしいぞ」

「……そういう事は早く言って欲しかったんだけどな。しょうがない、下の階層に行ってみよう」

「そうだな、丸太もその場所に置いて来てあるから、私が案内しよう」

 見ると荷車の上には何も載っていない。
 下の階層に進む前に、上に残されていた丸太を転がしておろし、荷車に積みこんでから移動を開始した。

「ここだレティ」

「ああここか」

 壁に一つ取り付けられている窓からは、長いロープが垂れさがっている。
 このロープは二百六十一階層に続いているとストリアが言っていた。
 窓から出れば、上の階層まで登る事も出来るだろう。
 ただしロープの下は何もなく、遥か何百メートルも下に地面があるだけだ。
 落ちてしまえばバールであっても生き残るのは不可能だろう。
 しかしこのロープをのぼってしまえば、たかだか三十メートルほどで二百六十一階層にまで行けるのだ。
 またあの扉の階層から走り続けるよりはずっと早く到着できる。
 俺の体力ならば、たぶん十分もかからないはずだ。
 ロープに手を掴みあがろうとするのだが、バールによって止められてしまう。

「ふ、ここはお父さんである俺が行ってやろう。レティはここで待っているといいぞ」

「お前は父親じゃないし、ここで借りを作るなんて嫌だからな。上には俺が行く!」

「待てレティ、私達が居る事を忘れているんじゃないのか?」

「師匠、私達は別の依頼を受けているんですから関係ないのでは?」

「ジャネスの姉ちゃんの言う通りだぞ。手伝ってはもらってるけど、これはあくまで俺の依頼だからな。危険な所に行くのは俺の役目だ」

「まあ待て、ここは年上である俺が行ってやろう」

「絶対嫌だね!」

 俺は誰にも譲らず、窓から身を乗り出した。
 ロープの張り具合を確かめ、俺は上層に登り始める。
 結び目も何もなく、風に揺れるロープは登りにくいのかと思われた。
 だけど下層にあるロープの先端はしっかりと固定され、随分と登り易い。
 皆が俺の為に手を貸してくれているのだろう。
 一つだけ問題があるとすると、塔の外は相当に風が冷たく、かなりの強風だということだろう。
 塔の中では気温の変化は感じなかったのだが、何かしらの力が働いていたのかもしれない。
 あまり長くいすぎると、手がかじかんで登れなくなりそうだ。
 俺は急いで体を動かし、二百六十一階層の窓を目指した。

「さ、寒い……」

 寒さは俺の動きを鈍らせていく。
 たかだか十分程度だが、登りきる頃には体がガクガクと震えるほどにはなっている。
 気力をもって登り続けた俺は、窓に手を掛け震える手で体を押し入れると、そのまま床にずり落ちてしまった。
 外にあと一分でもいたら、腕に力が入らなくて落ちていたかもしれない。
 俺はその場で走り回り体を温めると、ロープを引いて登り終えた事を伝えた。

「お~いストリア、丸太を引き上げるからロープで縛ってくれ!」

「ああ、私に任せろ!」

 俺は結ばれた丸太を引き上げ続け、一時間程度で全てをやり終えたのだった。
 あとはただ、この階層から降ろせば終わりだ。
 窓際に置いてある丸太を運び始めたのだが……

「俺が来たぞレティ。じゃあ早速運ぼうじゃないか」

 俺がこの丸太を引き上げている間に、バールがこの場所に上って来たらしい。
 どうやら相当早く終われそうである。
 バールと俺は丸太を運び続け、やり終えた頃にはすっかり夜になってしまった。
 まあ一日の稼ぎとしては良い方だ。

「ふう、いい汗かいたなレティ。俺との仲も随分と縮まったんじゃないか? これからも仲良くしていこう」

「ああ、そうかもしれないな」

 とりあえずこのバールという男が、未だにシャインを狙ってるという事が分かった。
 あまり気を許しては不味いだろう。

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