一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

9 青き愛憎のクラウム。

ウィーレと戦い始めた私は、軽く倒して牙を突き立てる。それでも彼女は止まる事をせずに、暴れ出そうとしていた。キッチリ止めを刺してみようと、牙をグッと刺し入れようとするも、不意に私の体が持ち上がった。お母さんが止めたと判断した私は、殺気を押さえて着地する。そのお母さんにまで敵意を向けるウィーレだが、お母さんの力により壁にぶつけられてしまう。パタリと倒れて髪の色まで変わってしまうウィーレを不思議に感じ、その理由をお母さんに聞いたのだった…………


モモ       (天使に選ばれた猫)
シャーイーン   (王国の王子)
青き愛憎のクラウム(シャーンを狙う者)


 城の中で迷う私は、シャーンの部屋が分からなくなっていた。
 というか私は、その部屋の場所に行った事がない気がする。
 犬であったなら匂いを追うのも出来たのだが、猫である私にはそこまでの力はない。
 もうたぶん城の人にでも話しかけるしかないんだろう。
 なんというか、私は家族以外にはあんまり喋りたいとも思わない。
 それでも私は、近くに居た兵士の人に声を掛けてみるのだけど……

「ねぇ、シャーンの場所どこ?」

「ん、君もシャーイーン王子に会いに行くのかい? 仕方ないなぁ、じゃあ一緒に行こうじゃないか」

 そう言ったのは、黒髪が薄っすら青く変色している男だ。
 男がもしシャーンに会っていたとしても、髪はまだ青く変わり切っていない。
 きっとまだ正気なのだろう。
 私は頷き、親切にもこの男に案内されて行く。
 男は城の仲を迷わず進み、三階にある角部屋に到着した。
 たぶんここがシャーンの部屋なのだろう。

「シャーイーン様、御客人をお連れ致しました」

 男が扉をノックしているが、シャーンからの返事はない。
 別の場所に行ってるのだろうか?
 私も一応声をかけてみよう。

「シャーン、私来たよ!」

「あ、お姉ちゃ~ん、おかえり~! あっ!」

 ガチャン!

「にゃッ?!」

 声に反応してシャーンが扉を開けてくれたのだが、男が開けた扉に滑り込み、私が入る前に閉めてしまった。

「シャーン、シャーン!」

「お姉ちゃん、助けてえええええええええ!」

 私は直ぐに扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かなくなっている。
 扉は分厚く、爪で引っかいても開いてはくれない。
 このまま続けていても時間が過ぎるばかりだ。
 私はこの扉を開けるのを諦め、逆側にある窓を開く。
 窓を飛び出し屋根を伝い、シャーンの部屋の窓を目指した。 

「あった!」

 屋根をおりて壁にしがみ付き、私はその窓を蹴り破り入った。
 バリンと硝子(ガラス)が割れてそれが刺さり、皮膚から赤いものが流れている。
 ちょっと痛いけど気にしている場合ではなさそうだ。
 シャーンは部屋の中を逃げ惑い、あの男に追いかけられている。

「シャーン!」

「お姉ちゃん!」

「にゃあおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 私はシャーンに襲い掛かる男の背中を狙い蹴りを放つのだけど、男は振り向きざまに私の蹴りを腕で防いでいる。
 でも猫の私は、脚力には相当自信があるのだ。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 人の動きでは追い付けないほどの速度と緩急は、その防御の上からダメージを与える。
 体ごと後に吹き飛ばし、部屋の床を滑っていく。
 蹴りの力で籠手は凹み、男の腕にもダメージがあるけど、それでもシャーンを求めて起き上がった。

「くふっ、まさか逆の窓から入って来るとは思わなかったぞ。しかもこの威力とは、キメラ化でもしているか?! しかしこの二十の一つ、青き愛憎のクラウムの前では、それも無意味。無意味いいいいいいい!」

 やっぱり、この男もお母さんの言っていた二十人の一人なのだろう。
 シャーンの為にも倒さないといけない奴だ。
 私はこのクラウムという男に爪を構え、猫背四つ足となって威嚇のポーズをとる。
 そのままポンポンと跳ねて距離をとると、警戒させるように警戒の声をあげた。

「ふしゃああああああああああああああ!」

「猫の様な奴……いや猫の力を宿しているのか?! そうと分かればお前に勝ち目はないぞ! ふふふ、これを見るがいい!」

 クラウムは、腰にある袋から何かを取り出している。
 細く揺れる棒の上に、蜻蛉(トンボ)の様な物が乗っていた。
 あれは振って遊ぶやつに似ている。

「王子と遊ぼうと思って持って来ていた玩具の一つだが、これはお前には効くだろう。さあ、ほら、パタパタパタ!」

 目の前でその玩具が揺らされている。
 まさかこの男、私と遊ぼうというのだろうか?
 
「それで遊び出した時が貴様の最後だ! この剣で叩き斬ってくれるわ!」

 私はそんなものには引っかからない。
 クラウムは私の前で振り続けているが、私が今集中しているのはそれではない。
 この男の爪である剣と、その動きである。

「お姉ちゃん!」

 ほんのりとシャーンの声が聞こえた気がするが、私は声に反応せず、この耳にすら届いていない。
 全く反応を見せない私に、クラウムが自分の左腕を突き出させた。

「もう我慢できないだろう、ほらあああああああ!」

 私はその手に向かい走り出した。
 玩具につられた訳ではなく、それを隙だと判断したのだ。
 私は玩具のある右側を越え、横へと躱すと、クラウムの足元へと爪の一撃を食らわせた。 

「ぐあああああああああ!」

 私の自慢の爪は足の鎧までも引き裂き、クラウムは立てなくなってその場で倒れた。
 剣を振って反撃しようとしているが、もう勝負は決している。
 あとはどう料理するのかと周囲を回り、体力のなくなるのをじっくり待つだけだ。

「この青き愛憎のクラウムが、こんな女如きにいいいいいいいいい!」

 男は悔しがっているが、もう時間の問題だろう。
 でも私はこの男に対して、ちょっとだけ気になる事がある。
 ちょっと聞いてみたいから聞いてみよう。

「あなた青くないぞ?」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ! い、痛い所を突かれてしまったあああああッ。た、確かに
このクラウム、シャーイーン王子との愛の為に、自らの青を汚す選択をしてしまった。髪も黒く染めてしまい、血の涙を流さざるを得なかった! だがそれも愛の為、愛の為なのだあああああああああ! シャーイーン王子もお分かりになりますよね?!」

「全然わかんないよ!」

「ぎゃあああああああああああああああああああ!」

 シャーンにまで青を否定されて、クラウムが頭を抱えている。
 なんか私の攻撃を受けた時よりも、随分ダメージがあるらしい。
 私としては何だか納得がいかないのだけど、今の内にぶっ叩いて元に戻すとしよう。
 蹴りだと威力がありすぎるかもと考えた私は、近くに飾ってあった花瓶を掴む。

「てええええええい!」

「んぎゃ!」

 私は思いっきり額を振り抜き、クラウムの意識を奪ったのだった。

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