一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 選ばれてしまった彼女。 銀猫と王子編

その猫は野良ネコであった。必死で生きるその世界で、一人の少女の手に拾われる。その少女の家族と幸せに過ごし、その猫は寿命を迎えたのだ。もう少し遊びたかったと考える猫に、何者かの助けがあった…………


モモ     (天使に選ばれた猫)
シャーイーン (王国の王子)


 吾輩は猫である。
 そんな本もどこかにあると、知らない人間が言っていた。
 因みに私も猫である。
 性別は雌で、灰色と黒が混じり合い、顎のラインからお腹にまで白色がある野良猫であった。
 日本という国で生まれ、人という生き物に拾われた家猫である。
 でもそれは昔の話で、十数年幸せに暮らした私は、もう天寿を迎えようとしていた。
 周りには私を支えてくれた家族が泣いてくれている。
 でもその姿はもう私には見えてはいない。
 目には薄っすらとその気配を感じているだけだ。
 体にはもう力が入らない。
 何もかもが動かせない。
 もう瞼を上げる力もない。

「にゃーん」

 私は家族との色々な思い出を頭に巡らせ、ありがとうと一つ鳴き声をあげたのだ。
 もう少しだけ遊びたかったなと思いながら、意識は闇に囚われ、私はこの世界から居なくなってしまった。

 …………チリーンと、耳元で鈴の音が鳴った気がした。
 何故か私は、その音を聞いて目を開く。
 ただ、それをしても回りは暗闇である。
 でもそんな事はどうでも良かった。
 今私は、この体を自由に動かせているのだ。
 それがどれ程嬉しかったか分かるだろうか?
 またあの人達に会えると走っては見るも、ここは私の知っている場所ではないと気づいた。
 トタトタと足を動かし回りを見ると、知らない人間が立っている。
 白いドレスというものだろう。
 顔にもヴェールという物をつけて顔は見えない。
 普通なら警戒する所だけど、何故かその人には危険な感じがまるでしてこなかった。
 その人が白い翼を大きく広げ、私の頭を撫でている。
 人には翼なんて無かった気がしたけど、本当はあったのだろうか?
 その人から言葉が聞こえる。

「ねぇ、貴女はまだ生きたいの? 生きたいのなら、もう少しだけ寿命を与えても良いわよ。クジ引きで決めたんだけど、あなたに当たったのよね。もし要らないのなら別の子にしちゃうけど、どうする~?」

 私にはよく分からなかった人の言葉だけど、この人の言葉は何故か理解ができてしまった。
 でも理解できたからといって、それで理由がわかるとは言っていない。
 それでも私はニャンと鳴き、それを受け入れた。
 もう少し遊びたいと思ったから。
 あの人達と遊びたいと思ったから。

「ああ良かった。じゃあ早速行きましょうか。ああ元の世界には戻れないから、その辺は了承しといてね?」

「にゃえ?」

 その言葉に思わず声を発した私だけど、その言葉に驚愕した。
 これはまるで人間の声ではないのだろうか?
 声だけではなく、自分の体までもが人の物に変わっているらしい。
 美しかった毛並みはなくなり、その分私の頭には長い毛が生えているらしい。
 腰まで届くような長さの髪は、思ったよりも結構重い。
 その色までもが変わり、銀と呼ばれるものだろう。

「自分の姿が気になるのね? じゃあ鏡を出してあげる」

 私の目の前に、突然大きな鏡が現れたのだ。
 その中には、私の姿が映されている。
 大きくもなく小さくもなく、人としては大人として平均的な大きさだろう。
 何故か胸にはフワっとした大きな物が取り付けられているが、それ以外はスラッとした良い体なのかもしれない。
 顔もたぶん美しいのだろうけど、猫だった私にはよくは分からない。
 ただ、青色に輝く瞳だけは、私はかなり気に入っている。
 指の先までも自由に動かせるこの感覚は、猫の体の時にはなかったものだ。
 それに体には服という物がまとわりついている。
 その隙間から、空気が通り抜けるのは何だか妙な気分である。
 これは真っ白なワンピースと呼ばれるものだろう。

「ああ服はサービスしといたから。良いわよねそれで。じゃあ行ってらっしゃーい」

 ハッと気づいた時には、私は知らない世界に飛ばされていた。
 何故かわからないけど、人としての常識だろうか?
 その名称すらもハッキリと理解ができている。
 見たこともないのに全てが理解できる町並みには、よく分からない人種なのか、それとも動物なのか?
 それすらも分からない、キメラと呼ばれる種族が徘徊している。

 ?

 ……なるほど、あれはキメラ化した人なのか。
 それで結局、私は何故この場所に来させられたのだろうか?
 全く何も聞かされていない私は、まずはこの国の景色を見る為に、近くにある建物の屋根に跳び上がる。
 意外と高く跳べる事に驚き、私は屋上に着地した。
 そのまま景色が見渡せるぐらいの建物に飛び移ると、一度この国を一望する。
 人の町らしく、多くの建物が隙間なく並んでいて、大きなお城が二つも見えた。
 一方は少し黒ずみ、何か肌にピリピリと電流の様な物を感じる。
 もう一方はかなり新しい物で、まだ真っ白い色を保っていた。
 高い空や太陽も、向うの世界と変わっていない。
 ただ、この世界に来てから私はずっと感じている物があった。
 この世界には、全く嫌な臭いが一つも感じられないのだ。
 車という物から吐き出される、あの黒い煙の臭いがしてはこない。 
 これだけはとても気にいっている。
 そして今日はとても天気が良く、丁度良い気温である。
 私は体が変わったとしても猫なのだ。
 丁度良い天気で眠りたくもなる。
 
「ふああああ」

 体を丸めて眠りについてはみるものの、何時もよりも随分と感覚が違っている。
 なんか凄くスース―している。
 肌を通り抜ける風が、随分と私の体温を奪っていくのだ。
 思い返せばそうだった。
 人間とは、寝るのにも不自由をする生き物である。
 フワッとした布団というものを被らないと、満足に眠る事も出来ない生物だったのだ。
 それを思い出して、私はこの場所で眠るのを諦めた。
 でも眠れないとなると、何だか無性にお腹が空いてきた気がする。
 食べられる物を何か探さなければならない。

「ごはん、探さないと」

 私は鼠や虫を探し町の中を走って行く。
 だけど…………

「何で一匹も見つからないの?!」

 これだけ大きな町ならば何か一匹ぐらい居て良いはずなのに、一切何も見つけられないのだ。
 これはあの天使様の意思なのだろうか?

 ?

 何故私はあれが天使様と知っているのだろう?
 それに、何故私は様なんて付けているのだろうか?
 謎が深まる。
 何故この世界に飛ばされたのかとか、色々謎ばかりが増えていく。 
 もしかして私は、あの天使様に遊ばれているのだろうか?
 この世界に飛ばされた理由も目的も聞かされていないし、なんかそれも凄くありそうな気がしている。
 いやそれよりも、食べられないと思うと、もっとお腹が減ってきた。
 もうあとは人の売っている食べ物を盗むぐらいしか方法が思いつかない。
 でもそれをしたら、私は追い掛けられて酷い目に遭うだろう。
 人とはそういう生き物なのだ。
 最悪はそれをしなければならないけれど、今はまだやめておこう。
 私はもう諦めの極致だったが、お腹の為にも頑張ろうと、真っ白なお城の一つに向かってみる事にした。
 城の門には人が居るのだけれど、私はそこを選ばなかった。
 壁の隙間に爪を立て、力を込めて一気に駆け上がる。
 ストっと着地した屋上には、何人かの人の気配が感じられた。
 でも見つかるような間抜けはしない。
 スッと駆けぬけ跳び下りると、音もなく着地したのだった。 
 まだ誰にも気づかれてはいない。
 私なら当然である。

「うあああああ!」

 子供の声?!
 まさか見つかったのかと、私の体はビクッと跳ね上がる。
 だがこの近くではあるが、この場所ではないらしい。
 子供の気配と、そしてもう一つ何者かの気配。 
 かなり大きな物で、人間の子供が敵うような気配を発してはいない。
 見ず知らずの子供なんて興味は…… 

 ふと、私は家族の顔を思い返した。
 その中には小さな子供の姿もあったのだ。
 少しだけ興味が湧いて、私は気まぐれにその場所へ駆けつけてしまう。

「見つけた」

 子供以外に人はおらず、どうやら此処に居たのは、子供の倍はありそうな巨大なバッタらしい。
 とてもいきが良さそうに、口にある牙をギチギチ動かしている。
 まさかバッタが人の子供を食う積もりだったのだろうか?
 もしそうであるなら、中々酷い世界の様だ。
 だがそれはどうでもいい事である。
 腹の空いた私にとって、このバッタは丁度良いご馳走なのだ。
 ズザッと滑り子供の前に躍り出ると、私は自慢の爪を鋭く伸ばす。

「ごはん!」

 この私に狙われて逃げ出さないとは、随分と肝の座ったバッタである。
 それともそんな知能がないのか?
 バッタは私達の頭上へと跳ねて、圧死でもさせようと狙っていた。
 だが、その動きは鈍すぎる。
 子供を抱えて横に避け、逃げられれない様にと薄い翅を刻みつけた。
 続けて後足を一つ奪い、その跳躍力を奪うと、後はもう楽なものである。
 虫けらが虫けらのように転がると、ようやく私の得物となった。
 さあ、腹も鳴っている。
 もう食べてしまうとしよう。

「いただきま~す!」

「あの、ありがとうお姉ちゃん!」

 腹を満たそうとする私に、あの子供が話しかけてきている。
 黒い髪と黒い瞳は、向うにいる家族を思い起こさせた。
 でももうすぐ食べられるというのに、今邪魔をしないで欲しい。

「お礼はいらないから。私はお腹が空いているの」

「じゃあ助けたお礼に、僕がご馳走してあげるよ」

「ご馳走……」

 まさかカリカリのやつじゃなくて、缶のやつなのだろうか?
 それともまさかお刺身というやつだったり?
 何方にしろ、それはこのバッタよりも確実に美味いやつだ!

「ご馳走食べる!」

「うん分かった! 僕シャーイーンって言うんだ。シャーンって読んでよ。お姉ちゃんの名前は?」

 私はそれに同意すると、子供がその名前を名乗っている。
 名前とは、家族に呼ばれていたアレの事だろう。

「私? 私はモモ、モモだよ」

 そう返事をした私は、このシャーンに城の中を案内された。

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