一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

25 中々上層に進めねぇだろうが!

元の半分の大きさになった俺、やはり力は落ちている。だが戦えないほどではないと、今後の戦いには参戦する決意をする。周りを見て上にのあがれる場所を発見すると、俺達は全員で上層へとあがった。二百五十九階層だが、俺達と相当相性の悪い物で、絶えず雨が降り続く階層だ。エルやランツの炎も少し小さくなり、威力も弱まるのだろう。その水の階層で、空中に浮き上がる水の玉が襲い掛かる。そもそも生きてるのかも分からないもので、攻撃も効かずに下層に撤退した…………


べノムザッパー(無力となったマスコット)
ベリー・エル (無口な女)
バール    (女好きの馬鹿)
黒井明(メイ)(振られ男)
ダルタリオン (戦い好きな元上官)
ランツ    (制御不能野郎)


「もう一回上に行きたいんだがな、この状態じゃどうにもなんねぇな」

 今上の階層にの入り口は、水の塊で封鎖されている。
 この下の階層には降りて来れないらしいが、あの場所にいられたら俺達は上階に飛び上がる事もできない。

「メイ、お前の力でなんとかできねぇか?」

「そうですね、試しにやってみます! …………エア・ボム!」

 それを何とかしようとメイが魔法を放つと、弾けた水はこの階層にも落ちるらしい。
 天井の穴から地面に落ちて、濡れていた事さえなかった様に、この階層の地へと吸い込まれて行く。
 だがもうそれ以上の再生はしないらしい。
 これを繰り返していけば、何れ天井に固まる水も無くなるかもしれない。

「エア・ボム!」

 だからメイがそれを繰り返しているのだが、十回ほど繰り返すが上の水は中々なくならない。
 まだ上層には相当量の水が固まっているようだ。
 メイの奴も後どのぐらい魔法が使えるのかが分からないが、このまま待ち続けても何時まで掛かるのかも分からない。
 あの植物の魔物のように再生能力が高いのならば、永久に終わらない可能性も有り得るだろう。
 もう別の方法でも考えたい所だ。
 しかしあんな大量の水をどうにかする方法は……いや、何かで伝わらせれば落ちて来るんじゃないのか?
 何かに伝わるのは誰でも知ってる水の性質だしな。
 だがここにそんな都合の良い物は…………

「はぁなんかもう進めないみたいですし、隊長もうここいらで帰っても良いんじゃないですか?」

「…………お前ちょっと手ェ伸ばせ」 

「はぁ? 俺の手を見てどうするんですか?」

「ちげぇよ! お前の手に伝わって、水が落ちて来るんじゃねぇかと思ったんだよ! 一回上層に手ぇ伸ばせや!」

「…………隊長、俺の手はあそこまで届きません。たぶんさっきのは何かしら偶然の力でも働いただけだと思います」

「そうか、出来ないんなら仕方ねぇな。ランツ、お前の力で上層近くまでぶん投げてやれ」

「ふぁいや!」

「あ、何か調子がいいみたいです! 一人で出来そうなので大丈夫です!」

 そう言って上層に手を伸ばし出した。
 さっきもやれたのだから当然だが、手は上層にまで余裕で届いている。
 その手が上層の水に触れると、バールの体を伝わり大量の水が流れ始めた。

「どわああああああああああああああああああ!」

 それは最早小さな川と言えるレベルで、入り口の端を掴み耐えるも無理だったらしい。
 大量の水に飲まれたバールは、その水と共に流されて行ってしまう。
 だが慌てなくても大丈夫だ。
 あの水は被っても濡れない物だから、服もビチャビチャにはならないのだ。 
 ちょっと息が出来ない程度で、水もすぐに消えてしまうだろう。

「俺が上を見て来るぜ。お前達は待機しててくれ」

「うむ、気を付けるのだぞ」

「…………待ってください隊長、何か俺に言う事はないんですか?」

「別にねぇな」

 軽く上に飛び上がろうとするのだが、水の勢いで流されたバールが戻ってきたらしい。
 その体は濡れてはいないが、砂や埃だらけになっている。
 だが怪我をしている様にも見えないし、何も問題はないだろう。
 俺はバールとの言い合いを避けるように飛び上がり、上層の様子を探るのだった。

「マジか、あれで無理なのかよ」

 俺は上の階層の様子を探るが、まるで状況は変わっていないらしい。
 相変わらず玉のような水が浮き上がり、辺り一面を覆っている。
 空に浮く水の量が減ったのかといわれれば、全くそうでもなさそうだった。

「同じ事の繰り返しか。この何処かに仕掛けでもありそうだが……探す時間はなさそうだ」

 その玉共は俺が上に来たからか、真っ直ぐに此方に向かって来ていやがった。
 俺は再び下層に退避するものの、入り口にはまた水の膜が覆い尽くしている。

「よしやれバール、もう一回水を出してやるんだ」

「…………仕方ありませんね」

 多少は嫌がるかとも思ったが、俺の言う事を素直に聞いてくれるらしい。
 コキコキ首や体を鳴らして運動をすると、大きく背伸びをして両手でガシっと俺の体を掴んだ。

「は?」

「大丈夫です隊長、体は濡れませんから。じゃあ行きますね。そおおおおおおおおおおい!」

「お前はあああああああああああああブボボボボボボボ?!」

 両腕でガッチリ掴まれた俺は、バールの手により上層の水へとぶつけられた。
 その水圧で首がもげそうになるが、更に水流が俺とバールを押し流す。
 水により押し流された俺達は、波に打ち上げられた魚のような状態となってしまった。
 ハッキリ言って立ち上がりたくないほどに体が怠いが、起きなければ隣の馬鹿を全力で殴れないと、膝に手を当て無理やり足を延ばして立ち上がった。

「やりやがったなこの野郎?!」

「隊長こそ俺の体の事も考えてください! 水に流されるのだって大変なんですから!」

「ああん?! 普段の行いを見直してから言いやがれ! 一回教育してやろうか?!」

「へぇ、今の隊長が俺に勝てると? 決闘するのならいいですよ、それなら合法的にぶん殴れますから!」

 無駄に緊張感の増す俺とバールだったが、仲間達が仲裁に入ってくれたらしい。

「待たぬか二人共、そんな事で体力を使ってどうするのだ。先に進まぬというのであれば我等は帰るぞ?」

「そうですよお二人共。今は争うよりも上層階にのぼれる方法を考えましょうよ。無駄に体力を使って危険な魔物と遭遇したらどうするんですか」

「ふぁいやぁふぁいやぁ」

「…………ふぅ」

 考えるもなくその通りだ。
 俺もこいつの隊長だから、ほんの少し我慢をしなければならないのかもしれない気がしないでもなく、ひたすら血の涙でも流せそうではある。
 このままでは隊長としての職務を忘れそうだ、一度深呼吸をして落ち着いておこう。

「すぅぅぅぅぅぅぅぅ、ッはあああああああああああああああああ!

 澄んだ空気を吸い込むと、少しばかり怒りが収まった気がする。
 もうこれ以上争うのもなんだと、俺は奴の顔を見て軽く謝る事にした。

「ああ、俺も大人げなかった、悪かったなバール」

「あ、隊長、頭はもう少し下げた方がいいですよ? ほらほら、もっとちゃんと謝って」

 その瞬間、俺はバールの顔をぶん殴っていた。
 結局戦いが始まってしまい、決着がついた頃にはすっかり夜となっている。

 因みに俺が負けたのは、別に知らなくても良い事だ。

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