一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

85 小さく大きな物語36

俺達は美味しく料理を食べ、ジャネスを家に運び入れた。疲れ果てた俺達はそこで休むが、ジャネスはハッと目を覚ます。大声で叫び惑い、混乱している。俺達はまだ眠いのだ。猿轡で口を塞いで、再び眠りについた。スッキリと目覚めた俺達は、先ほどの叫びでバールというワードが出たのを思い出し、その真相を聞く。このジャネスはバールの子供だと言い、他にも世界に百人以上の子供が居るとか居ないとか。仲間と逸れたジャネスは、バールをおびき寄せる為に罠を張っていたというが、この日その願いが叶ったらしい。遠くからバールの声が聞こえて来た…………

レティシャス(シャインの息子)ストリア   (村娘)
リッド   (村人)     リーゼ    (リッドの母ちゃん)
ジャネス  (変な女の人)







 バールの叫び声、その声は此方に向かって来ている。
 女の匂いでも追ってるのかとこの場所へと真っ直ぐに。
 そして俺達を見つけてその速度を上げている。

「おお、レティも美女に会いに来たのか? うん分かった、だったら男三人、その美女とやらを口説き落とそうじゃないか! で、その裸の美女というのは何処に?! おや、そこの美女は、どうだろう、俺と一回寝てみないか?」

 自分の娘のジャネスもその毒牙にかけようとするバール、子供だけ作って、その娘の顔さえ知らないのかもしれない。
 というかジャネスも、父親の顔を知らないんだろうか?
 その顔を見ても全く反応していない。

「誰この馬鹿っぽい男は? ぶん殴られたくなければ消えなさい、アンタみたいな軽薄そうな男は嫌いなのよ!」

「あのなジャネス姉ちゃん、その男が探しているバールだぞ?」

「は? 変な冗談言わないで、私の親なんだからもっと年上に決まってるじゃないの。あの男がバールという名前だとしても、同姓同名の別人に決まっているでしょう! 次冗談いったらぶっとばすわよ!」

「弟子、レティは私の夫だと言ったはずだが?」

「あ、そうでした師匠、すみません! ちょっと頭に血が上っていました。次からはチョップぐらいにしておきます」

「そうだな、そのぐらいなら特に問題無い。レティは頑丈だからな!」

 まあ殴られるより随分マシだが、できるなら手を出さないでほしいぞ。
 バールはというと、何も知らないで自分の娘に近づこうとしている。
 一応知らせてやろうと、ガシッとバールの手を掴んでジャネスから離し、ちょっと遠くに移動して、ジャネスの事を話した。

「おおおッ?! レティ、俺に懐くのは良いですけど、そういうのはちょっと」

「何勘違いしてるのかしらんけど、一応教えてやる。あのジャネスって姉ちゃん、お前の娘らしいぞ。何か各地に散らばるお前の子供が、お前の事を狙って動き出したと言っていた。お前の運命もそろそろ尽きるんだろうけど逃げるなら今の内だぞ」

「あれが俺の娘…………身に覚えはあるけど、やっぱり居るんだな、色々と。じゃあそういう対応で行こう」

 そう言ってまたジャネスの元に戻て行く。
 近くに行くと両手を広げ、にこやかな顔をしている。

「ジャネスちゃん、俺がバールパパだよ! さあパパの胸の中に飛び込んできなさい!」

「冗談はやめてって、言ってるでしょうがああああああああッ!」

「くふぉおおおおおお!」

 ジャネスの捻りを咥えた拳が、バールの蟀谷こめかみにクリーンヒットした。
 そこそこ頑丈なバールも、ダメージを受けて吹き飛んでいく。
 それでもフラフラと立ち上がり、ファサッと髪をかき上げて何事もなかったかのようにしている。

「ジャネスちゃんパパだよ~!」

「っだから、冗談はやめろってんだろおおおおおおおおおお!」

 何度も殴られたり蹴られたりして、それでもめげずにバールがジャネスに飛びついている。
 このまま放っておいても永久に終わらない気がする。
 それもまあ面白いっちゃ面白いのだが、永遠に終わらないと困るので止めるとしよう。

「ジャネスの姉ちゃん、その男が本当に父親だったり…………

「ああん?!」

「…………しないよね、しないしない」

 ジャネスの怒りが俺に向きそうになる。
 これは止めない方が良さそうだ。
 だが如何するんだろう、一緒に行くと言ったとたんに目的のバールが見つかったのに、今から旅をするだけ無駄なんじゃ?
 俺は初めての親子喧嘩を見守る事なく、仲間達の場所に戻った。 

「はぁ、なんか三秒で目的を達したな。でも本人が認めないんじゃ永久に見つからないと思うんだけど、どうするんだあれ?」

「う~ん、僕が思うに放っておけばいいんじゃないの? 言ったって聞かなそうだし。何か言ったら殴られそうだよ」

「ふう、ごはんも食べたし休憩も終わったし、じゃあもうこんな所に居る意味もないから、そろそろ移動しましょうか」

「リーゼさん、あの二人は如何するんだ? あのまま放って置くのか? 此処に置いて行くのは少し可哀想だぞ」

「大丈夫よストリアちゃん、あの二人ならなんとかなるわ。乗って来た馬車とかもあるだろうから、出たくなったら出て来るでしょう。私達が親子の事情に関わる必要もないし、目的の人が此処に居るんだからね」

「うむ、確かにそうだ、弟子が出来たと思ったんだが、直ぐにお別れか。少し残念だ。ではレティ、仲良く手をつないで馬車まで行こう」

「うん、それは遠慮しておく」

 俺達は馬車へと向かい、目的であった北にある町へ急いだ。
 馬車で飛ばすと、何時の間にか後ろにもう一つの馬車がくっ付いて付いて来ていた。
 その馬車からは、大声で男女の声が聞こえて来る。

「レティ、俺はお前の事を見守っているぞ! 後は任せておけ!」

「待ってください師匠、私を置いて行かないでください! きっと役に立ちますから~!」

 聞こえる声から、それがあの親子なのは確定的で、普通に仲直りしたかどうかも知らないが、面倒臭いから気にしない方がいいだろう。
 此方から話しかけないでも話題を振って来る騒がしい旅も、二時間もすると終わりが来る。
 前方には鉄銀の町と呼ばれる町が見えた。
 進む予定だったあの町の情報は、俺の頭に入っている。
 昔から取れる鉄や銀、それを加工した武器が有名で、良い武器が沢山作られていると聞く。
 そんなのだから冒険者が集まりやすく、城がある首都以外では、かなり治安がいい町だ。
 まあ、あの化け物級の奴さえ出なければ、だが。

 あんなものが出現した今現在、この町はかなりの騒動となっている。
 町中では、あの魔物の噂が、そこかしこに溢れているらしい。
 その為に、俺達が町に入ると門はかたくく閉じられ、町の門版に呼び止められてしまう。

「君達、外へ出歩くとは力のある冒険者だね。丁度良い時に着てくれた、是非ギルドへ寄ってくれ。さあこっちだ、案内しよう!」

「あの、私達は急ぐ旅をしているんですけど…………」

「悪いがこれは町が無くなるかどうかの重大案件だ。断るというのなら、この町から進ませる訳にはいかないぞ。少なくとも、この騒動が収まるまではな」

 結局俺達はその騒動に参加するしかなく、あまり行きたくはないギルドへと向かって行くのだった。

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