一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

59 命をつなぐ一矢。

巨大化したヒヨコになんとか実用性を求めるも、暴れ回って引っ張りまわされるだけだった。俺達はヒヨコを諦め、仲間達が作ってる場所へと向かう。マッディーズの工房でフロイという職人と共に馬車を作っている。その作業は難航しているようで、俺とガルスも手伝うことに。日をまたぎ次の朝、やっとの事で俺達の馬車が完成したのだ。マッディーズの親方が見守っていて、フロイと抱き合っているが、俺達はそんなものを見て居る余裕はなく、完成した馬車の中で眠りについたのだった…………


マルクス・ライディーン    (ラグナード神英部隊、隊長)
ラクシャーサ・グリーズ    (ラグナード神英部隊、後方支援)
ガルス・フリュード      (ラグナード神英部隊、前方防御)
ドボルホーテ・アルティマイオス(ラグナード神英部隊、遊撃兵)
セリィ・ブルーマリン     (魔物と人の娘。エルフ種)
グリア―デ・サンセット    (真の領主?)






 マッディーズの工房で馬車を作り終えた俺達は、手伝ってくれたフロイに代金を支払って、新たなる馬車を手に入れた。
 それを馬に繋ぎ終え、宿から必要な物を積みこんで、いよいよ出発の時が来た。
 ドル爺により馬にムチがいれられ、宿から馬車の旅が再び始まる。

「セリィ暴れないでね、まだちょっと動くか分からないんだぞ!」

「大丈夫だよ、俺達頑張ったからね」

「もうあんなタライ地獄はこりごりだな。よし、忘れ物はないな? じゃあ出発だ」

「いよ~し、では出発するぞ! ゆくぞイーグル号!」

「いけいけお~!」

 馬の力により、美しく作られた車輪が回り、後方の馬車が動き出す。
 町の入り口を抜け、舗装のない大地を進む。
 砂や土は、石によって快適とまではいかない揺れも、俺達にとっては慣れたものだ。
 そういえば何かを忘れている気がするが、今はそんなことより、まだとても眠いのだ。
 そのことはまた後で考えるとしよう。
 揺れを子守歌がわりに、まだ寝足りない俺は目を閉じるのだった。
 一時間程眠った俺は、多少スッキリし、先ほど何か忘れていることを思い出す。

「…………ん? 何か忘れていた気がしたんだが、武器はちゃんとあるし、忘れ物もないはずだ。一体何が引っかかっていたか?」

「何だよマルクス、何か忘れて来たのか? 武器の一本でも忘れたんじゃないのか?」

「それは有り得ない、ちゃんと二十と一本揃っているぞ。腰の火炎ひえんもちゃんとある」

「…………え~っと、俺ちょっと気づいちゃったんだけど、この馬車に乗ってるのって五人しか居なくない? 一人足りなくない?」

「何を言ってる、俺達はちゃんと五人居て…………ってグリア―デがいないぞ?!」

「おお、そういえばそうだな。別の部屋に泊まらせていたのが不味かったんだろうな、すっかり忘れていたわい。仕方ない、多少時間が掛かるが町に戻るとしようか」

「いや、此方の都合が優先だ、このままでは取引の日にちに間に合わなくなるからな。グリア―デには悪いが、このまま置いて行くとしようか」

「ええっ、グリア―デって確か無一文だけど大丈夫なの? ご飯も食べられないと思うよ」

「そうだとしても、国の任務の方が優先だ、まあ三日もすれば、またこの町に戻って来られるだろう。その時に対応してやるとしよう」

「う~ん、強く生きるんだぞグリア―デ、私は応援しているからな」

「なっ!」

 永遠の別れのように置いて来たグリア―デを気にながら、俺達は旅を続けるのだが、しかしその旅の最中、セリィが何かの気配を感じた。

「ラク、何か来る!」

「えっ何、敵か?!」

 セリィは後方を指さし、遠くの何かを見つめている。
 俺もその方向を確認すると、かなり大きな物体が、もの凄いスピードで走っていたのだ。
 それは黄色く、どう考えてもあのヒヨコなのだが、馬よりも速い速度で俺達を追い抜き、追い越して行くのだった。
 その背には、何故か滑り落ちそうになるのを必死でこらえるグリア―デの姿が見える。
 
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 どうもあのヒヨコを使って俺達を追い掛けようとしたらしいが、制御が利かずにヒヨコに連れ去られたというところか?
 いや、むしろ手で掴まれたからヒヨコが走り出したのかもしれないが、その手を放そうにもあのスピードではきつそうだ。
 今の所向かっている先も俺達と同じ方角だが、そのうち気が変わって方向を変えるかもしれない。
 一応追い掛けるとしようか。

「ドル爺、あのヒヨコを追い掛けてくれ。グリア―デを回収できそうならしていく」

「うむ了解だ、ではもう少し飛ばすとするか。いくぞイーグル号!」

 ヒヒンと馬がいななき、馬車のスピードが増し、あのヒヨコを追い続けるが、黄色い物体はもう遥か先に消えて行こうとしてる。
 もう肉眼では確認できない距離に行ってしまい、これは無理だと諦めかけたが、セリィだけは遥か前方を見て居た。
 その先に指をさし、大きな声をあげたのだ。

「とまったあああああああああああ!」

「なに?! よし、急ぐぞドル爺!」

「応!」

 セリィが指さす方向へと走り続け、遠くにその姿が見え始めた。
 黄色いヒヨコの姿は、もう消えてなくなり、その場にはグリア―デだけが取り残されている。
 俺達にとって丁度良いが、それは魔物にとってもそうだったのだ。
 小さな短剣を持ち、ただその場にとどまり続けるグリア―デを得物に、辺りから魔物が蠢き出す。
 地を這う蛇のような下半身と、女の上半身を持つこいつは、ラミアと呼ばれる魔物だろう。
 緑の尻尾と蒼白い人の肌、手入れもされていない髪はボサボサで、その顔を覆っている。
 グリア―デよりも倍ほどは大きいようだ。
 そのラミアから逃げようとするグリア―デの先回りをし、どう料理しようかとボタボタと涎をたらす。

「た、助けてええええええええええええ!」

 ほんのりと聞こえる助けの声、そこまでの距離約八百メートル。
 道から少し外れているが、遮蔽物もなく、その状況は見て取れる。
 弓で狙うには遠すぎるが、もしかしたらとセリィに頼んだ。

「やれるかセリィ、あの魔物を狙えるか?」

「だいじょぶ、やる~!」

 今にも跳びかかろうとするラミアに向けて、セリィが愛用の弓を向けた。
 サッと一本矢を取り出し、ラミアに向けて構えると、かなり上方へと矢を向け直し、その弦が切れるのではないかと思うほどに力いっぱい引き絞と、馬車の揺れと風の方向を読みきり、白く銀色の矢を放った。
 上空高く放たれた矢は、あらぬ方向へと飛ぶかに見える。
 しかしそれはそう見えただけで、上空の風によって軌道が曲げられたのだ。
 これなら届くと思われたその矢だが、狙いは少し、いや、致命的に外れてしまっている。
 矢の向かう先には、グリア―デの頭部があり、完全な直撃コースなのだ。

「あれ、ちょっとセリィ、ねぇこれ不味くないか?! 不味いでしょこれ!」

「ていうか、もう…………」

「おい、あぶないぞおおおおおおおおおお!」

 そう叫んだものの、すでに躱せるタイミングではなく、たった二秒あればグリア―デの死は確実だったのだ。
 …………ラミアがグリア―デに襲い掛からなければ。
 一秒後、ラミアが蛇のように大きな口を広げ、グリア―デを一飲みにしようと、その頭の上へと移動したのだった。
 そしてセリィの矢は、ラミアの頭部に命中し、一撃の元にその生命を奪う。
 ドーンとラミアが倒れると、グリア―デがそれに押しつぶされ動けなくなっている。

「いやあああああああああああ、きゃああああああああああ、死ぬううううううううう、食べられるうううううううううううう!」

 大きなラミアに圧し掛かられ、逃げ出そうともがいている。
 まああれだけ元気なら大丈夫そうだ。
 しかしセリィの力がこれほどだとは、少し褒めてやらないとな。

「よくやったなセリィ、お前のおかげで助かったぞ。今後も期待させてもらおうか」

 だが俺に褒められるも、セリィはあんまり喜んでいなかった。
 首を振って、自分のしたことを正直に言った。

「…………ん、セリィ、失敗した!」

「えええええええええええ! 偶然だったのか?!」

「グリア―デの運が良かっただけなんだね、危なかったね」

「別にセリィが失敗したわけじゃない、俺の頼みが無茶だっただけだ。気にするなセリィ」

「ハハハッ! 結果が良ければ全て良しだわい! よし到着だ、では助けるとするとしよう」

 そして俺達はグリア―デを助け出し、ラミアから助け出したのだった。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品