一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

42 不思議な踊り。

ビルさんの話では、どうもこの世界に危険が迫っているらしい。食物連鎖の円がどうたらとの話を聞くが、俺にはどうもピンとは来なかった。町の近くの調査を得た俺達は、もう少し遠くに向かおうと西に舵を切るのだった。山のふもと付近にある花畑の様な場所で、再び調査を始めた俺達。その場所には、鋭そうな角を持つカブトムシのような生物が。それは襲って来ないから安全だと判断するが、暫くしてこの花畑に変化が起こる。紫色の煙が、野に咲く花から放出されたのだ。甘すぎる香が辺りに漂い、何か危険だと判断し、馬車へと避難した俺達。そんな俺達の元に先ほどまで大人しかった銀の虫達が飛び、襲い掛かって来るのだった。町に向かいながら迎撃を続けるも、敵の体は硬く、一向に数が減って行かない。そんな苦戦している俺達を助けるのが、魔物研究家のビルだった…………

マルクス・ライディーン    (ラグナード神英部隊、隊長)
ラクシャーサ・グリーズ    (ラグナード神英部隊、後方支援)
ガルス・フリュード      (ラグナード神英部隊、前方防御)
ドボルホーテ・アルティマイオス(ラグナード神英部隊、遊撃兵)
セリィ・ブルーマリン     (魔物と人の娘。エルフ種)
グリア―デ・サンセット    (真の領主?)
ビル・クリフ         (魔物研究家) 
メリー・フラメンコ      (ビルの助手)





 銀色の虫を退治し、町の手前まで戻った俺達だが、このまま町に戻ろうとする俺達を、ビルさんが止めたのだ。

「あのすいません、もう一度あの場所へ戻っては貰えませんか? 出来ればあの花を調べたいんです」

「なるほど、先生はあの花も魔物だと思ってるんですね! 私は気が付きませんでした、流石です先生!」

「それほどでもないですよメリー君。あんな行動をする花は見た事がないですからね。魔物の中には、植物との合成でもしたものも居ると聞きます。もしかしたらあの花と虫は共生関係にあり、人や動物の血肉を養分として分けあっているのではないでしょうか。」

 あの花が魔物か…………あの花の下には何か潜んでいるのかもしれないな。
 多少危険ではあるが、これは依頼主の頼みだ、聞いてやるとするか。
 たぶんあの場にいる虫も、殆ど残っていないだろう。

「分かった、では反転してあの場に戻るぞ。ドル爺、頼む」

「おうよ!」

「敵の巣に戻るんだ、全員油断はするんじゃないぞ」

「セリィ、じゃあ馬車の中を片付けようか。尖ってる部分には気を付けてね」

「ん、任せろ!」

「二人共、虫の体は捨てるなよ? ギルドに持ち帰って渡すからな」

「ああ分かった」

「はぁ、出来れば一回町に帰って明日にしたい…………」

「ガルス、それは却下だ」

 道中武器の手入れをして、再びあの場へ戻って来ていた。
 漂っていた甘い香りは消え去り、襲って来る虫の気配もない。
 ただ自分の体に残された臭いはまだ完全には消えておらず、何処からかあの虫が襲って来る可能性はある。
 俺達は敵の襲撃に備え、二人の周りを囲むのだが、そんな俺達のことも気にせず、二人は花を観察していた。

「先生、どうしましょう? 私花とかよく分からないんですが」

「そうですね、私も花は専門外ですから、よくは分かりませんが、とりあえず一本抜いてみましょうか? それを持ち帰って作りを調べれば、どうして臭いが発射するのか分かるかも知れません」

「はい、そうしましょう先生!」

「それでは、よいしょ! うぬぬぬぬぬぬぬ!」

 ビルは咲いている花の一本に手を伸ばし、それをグッと引き抜こうとしている。
 だがビルがいくら引っ張っても、その花の細い茎が折れる事もなく、花は立派に咲き続けていた。
 どうもこの花は、相当頑丈な花らしい。
 かなり根が深く張っているのだろうか?

「ふう、これは私一人では無理かもしれないな。え~っとマルクスさん、これを引き抜くのを手伝ってもらえませんか?」

 俺は周りを見渡し、敵の気配を探る。
 敵の姿はなく、手伝うのも問題ないだろう。
 一応先ほどの事もある為、セリィに状況を聞いてみる。

「セリィ、この近くに敵は見えるか? もし見えたら直ぐに教えてくれ」

「まだいないよ!」

「そうか、ではビルさん、手伝わせて貰います」

「どうも、助かります」

 俺とビルさんは花の細い茎を掴み、一気にそれを引っ張った。

「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!」」

 俺達二人が力いっぱい引っ張ると、花が少しずつ引き抜かれ、土の下から何かが現れた。
 それは明らかに花の根ではなく、紫色をした人の頭ほどの生物が現れる。
 黄色く輝く瞳と、小さな手足をバタつかせていた。
 そして俺達を見ると、体の中心が開き、その口から激しい狂音を発する。

「ギャアアアア、キャアアアアアア、ギュアアアアアアアアアアアアア!」

 耳をつんざく音、それではまだ足りない。
 これは鼓膜を越え、脳に響き、音で脳が揺らされて破壊される程の音。
 思わずそれから手を放し、両耳を手でふさぐが、その音は小さくなった気がしない。

「ぐあああああああああああ!」

「あああああああああ!」

「うおおおおおおおおおお!」

「鼓膜がああああああああ!」

「頭が、頭があああああああああ!」

「先生、痛い痛い痛い痛い!」

「………………」

 耳の良いセリィは、その音を聞いただけで、もう気を失っている。
 こんなものを何分も聞いていれば、気が狂うか死ぬかもしれない。
 もう無理だと左手で耳を押さえ、俺は右手で腰の火炎ひえんを引き抜いた。

「クッ、ちょっと黙っていろ!」

 ヒュンと一刀の元に体を両断したが、植物だからこれで死んだのかも分からない。
 だがそれでも強烈な音だけは収まった。

「おいラクシャーサ、セリィを馬車に避難させておけ」

「えっ? なんだって? 今何か言った?」

 どうも俺の言った事を聞こえていないらしい。
 俺の方も耳鳴りばかりがして、何の音も聞こえてこない。
 治るのには暫くかかるだろう。
 兎に角、もう要件は済んだ、夜になる前に町に戻るとしよう。

「おい、全員馬車に乗り込め。町に帰るぞ」

「「「「「はぁ? 何だって?」」」」」

「はぁ? 何だって?」

 そうだった、今は声を出しただけでは伝わらないんだった。
 俺も相手の言ってる事は聞こえないし、何とかそれを伝えようと、手を動かしてジェスチャーを使った。
 馬車を指さし、大声で必死に伝えてみる。

「馬車に、乗って、町に、戻るぞ!」

「はぁ? 馬車がなんじゃい? 何か取って来るのか?」

「馬車を護れって言うんだね? 分かったじゃあ護衛しとくよ」

「う~ん、何言ってるのか分からないけど、セリィを休ませないとね。馬車に連れて行くよ」

「先生先生、何言ってるんでしょうね? 私には分からないです」

「メリー君、君が何を言ってるのかわからないですよ? 何か発見しましたか?」

 ガルスは馬車の周りでウロウロして、ドル爺はこの場に留まっている。
 ラクシャーサはセリィを馬車に連れて行ったは良いが、それを澄ますと戻って来ていた。
 ビルとメリーは気にせず、斬り飛ばした花を調べて居たりと、思ったよりも全く伝わっていないらしい。
 これでは駄目だと、俺はもう少し身振り手振りを大きくして、皆に伝えようと頑張った。

「だからな、俺は一度町に戻ろうって言ってるんだが!」

「むぅ、まさかさっきの花の魔物の影響か? おかしな踊りを踊り始めたわい。一度ぶん殴った方がいいのか?」

「マルクス、変な踊りを踊っても私には何がしたいか分からないぞ。それとも私に求愛でもしているのか?」

「えっ、一緒に踊れっていうの? えええ、それはちょっと…………」

「まさかあの魔物の声が変な踊りを踊らせる効果があるとは思いませんでした。これは帰って研究が必要ですね」

「先生、私達もやりましょうよ、何だか楽しそうですよ!」

 駄目だ、何も伝わった気がしない。
 これではどうにもならないと、俺は近くに居たラクシャーサの手を取り馬車に引っ張ったのだ。

「もういいからこっちに来い!」

「ちょっ、え……まさかホントに? いやいやいや、仲間同士でそれはちょっと。もう少し時間をね。う~ん、マルクスか……付き合ったら剣で破産しそうだなぁ」

「こっちも何を言ってるのか分からんが、兎に角馬車に乗ってくれ!」

 ラクシャーサを馬車に乗り込ませた俺は、ガルスや他の奴等も引っ張って馬車の中へと連れ込み、全員が馬車に乗ったのを確認すると、自分で馬を操り町へと進ませて行く。

 その道中。
 ガルスが紙に魔物の情報を書き込んでるのを見て、そういえば紙に書いて伝えればよかったと、今更ながら思うのだった。

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