一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

29 剣の魔力は俺を誘惑する。

「ねぇ君達、今のやつ凄いムカつくと思わない? あんな奴の言うことを聞くより、この私と行動を共にしない?」


 俺達の前に現れたのは、かなりおかしな服装をした女性だった。
 年齢は二十程で髪の色は紫。
 ポニーテールで凹凸のある額あてをしいる。
 表面がということではなく、形そのものがそんな形状をしているのだ。
 この町の中でも、目立つオレンジの服を着ていて、両手には更に目立つ大きく赤い手甲をつけていた。


 俺は警戒しつつ、その女に尋ねた。


「お前は誰だ? 何故俺達に話しかけた?」


「私? 私はグリア―デ・サンセット、この町の真の領主よ! あのスコルピオ・ワルザーという悪党を排除する為、私は日夜活躍を続ける盗賊なの! 君達もあんなムカつく奴の言いなりになるよりも、私に付いた方が得よ」


 こいつが町を騒がす盗賊なのか。
 それは面倒がなくていい。
 ならこの機会に捕まえてしまおう。


「…………よし、逃げられない様に全員で囲め。これで町から出ることが出来るな」


「うむ、無駄に探し回らなくて済むのは、日ごろの行いが良いからだろうな。とっとと捕まえて進むとしようか」


「セリィ、やる!」


「いやいや、殺しちゃ駄目だよセリィ、当てるにしても腕とか足にしとくんだ!」


「女の人に暴力とか振るいたくないけど、任務の為なんだ、出来れば抵抗しないでね」


「ちょ、ちょっと待って! 一度話をしてみるのも良いと思うの! だからそんな物騒な物はしまってくれると嬉しいかな。 …………て、撤退!」


 俺達がグリア―デを取り囲もうとするが、不利と見て逃げ出して行く。


「お前が何者だろうと俺達は知ったことじゃない! 俺達は今物凄く急いでいるんだ。お前を捕まえて終わるなら、その方が圧倒的に早い! ラクシャーサ、セリィ、射撃で脚を止めてやれ! あとで治せばいいから多少は怪我させてもいいぞ!」


「ちょっと、もうちょっと話を聞いてもいいでしょう! そうだ、さっき言ってたいい武器屋を教えてあげるから! 珍しい武器もあるのよ!」


 珍しい武器。
 なる程、さっきの話を聞いていたのか。
 確かに俺は武器を収集しているし、魔法を使う上でも必須だ。
 そして今は何本も消失してしまい、何か欲しいと思っていた。
 だからと言って、俺達は任務で急いでいるんだ。
 そんなことに時間を費やしている暇はない!


「全員彼女への攻撃を中止しろ! 俺は彼女の話を聞くべきだと思うんだ! これは隊長命令だ、攻撃をやめるんだ!」


 理屈では分かっているというのに、そう言ってしまう自分が居る。
 剣の魔力というのは恐ろしいな。 


「おい、そこまでして武器が欲しいのかマルクス。儂はお前のことを見直したぞ。悪い意味でな」


「…………やっぱりガルスが隊長でもよかったかもな」


「いや、俺は大隊長が苦手だし、ドル爺がいいんじゃないの?」


「今更上に媚びるつもりはないわい。ラクシャーサがやればよかろう」


「やだよ、面倒なことはしたくないし」


「セリィやる!」


「「「じゃあセリィが隊長で」」」


 皆勝手なことを言い出してるな。
 だが別に、役職なんてどうでも良いことだ。


「おい待て、俺も隊長職に未練があるわけじゃないが、セリィじゃ困るだろう。エルフだとバレたら不味いぞ。いやまあ、そのことは後で話し合うとして、お前グリア―デと言ったか? まずは事情を話してもらおうか。武器屋に案内した後で」


 何故か俺を見て悩みだすグリア―デだが、最終的に観念したらしい。


「分かったわ。じつは昔…………」


「そんな事情はいい! 武器屋に早く急ぐんだ!」


「え、ええ…………」


 俺は仲間の反対を押し切り、グリア―デと共に武器屋へと向かった。
 案内された武器屋は、旅人では決して見つけられないような細い路地裏にひっそりと建っており、その中は、衝撃的な程に素晴らしい品ぞろえをしていた。


「こ、これはあああああああ! ティソナデルシド、ティソナデルシドだと! こっちには東の大陸の武器刀まである! グラディウスや、スキアヴォーナ、エキュスキューションにブラックソード、これは、レプリカのカテーナまで! よし、全部買おう!」


「…………儂にはもう呪文にしか聞こえんな」


「マルクスって、武器のことになると人が変わるから」


「おいコラマルクス、そんな金ないだろ。馬車の荷物を全部売ったって買えないぞ。武器のことになると我を忘れるのをどうにかしたら?」


「武器をじゃない、剣だ! しかし困った、全部買うにも金がない。 …………よし、グリア―デ、俺達を雇いたいなら、この剣達を所望する!」


「分かりました、私が元の地位に復帰したら全部進呈します。その代わり、私の言う事を聞いて貰らいますよ」


「ああ、任せておけ! しかし全部後払いでは心もとない。前金として一本貰おうか!」


「え、ええ、、そうですね…………」


 俺は刀と呼ばれる武器を買って貰った。
 これも結構高いんだが、支払うぐらいの財力はあるらしい。
 町の領主というのも間違いじゃないのかもな。


 この刀というものは、厳密にいえば剣とは少し違うが、俺は剣の部類に入れても良いと思っている。
 そしてこの大陸で、刀は希少武器の一つだ。


 魔物の発生と共に、輸入する事も難しく、殆ど手に入らないと言って良い。
 銘は刻まれているが俺には読めず、これがどんな名の刀なのかは分からない。
 だがほんのり青く、八雲肌やくもはだ、大切っ先を持つ乱れ刃の、火焔かえんと呼ばれる刃紋が現れている。


 長さにして九十センチ。
 これは大太刀と呼ばれる物だろう。
 馬上で使う為に長く作られているが、別に地上で使えないこともない。
 早速俺は自分の腰に差しその感触を楽しんだ。


「うん、最高だ!」


 そんな俺に、不安そうにグリア―デが話しかけて来る。


「あの、ちゃんと私を手伝ってくれるんですよね?」


「ああもちろんだ! 未来に待つ俺の剣達の為にも、スコルピオなんてぶった切ってくれる! わはははは!」


「いや、ぶった切っちゃ駄目だろ」


「う~む、欲しい物が手に入ってハイになり過ぎておるな。少々駄目な方向へ行っておるわ。おいガルス、ぶん殴ってやれ」


「そうだね。このままじゃ不味いしね」


「セリィも!」






 ガンと二人に殴られ、俺は気を失ってしまうのだった。



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