一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

28 小さく大きな物語21

 さて、バールの話を聞いた限りでは、お金さえ払いさえすれば、女の子ともいいことが出来るという話らしい。
 だとしたら、やっぱり俺達には縁のない話だ。
 急がなければならない俺達にとって、遊ぶ金なんて持ってきてないし、今後何があるのかも分からない。
 だからたとえお金が余っていたとしても、使うべき場所は此処ではない。
 そう理解した俺は、大人しく馬車の中で過ごしている。


 色々な買い出しもリーゼさんが一人で行い、車輪の修理を終えた俺達は、何処かの宿に泊まろうとそれを探していた。
 多くの宿というか、ぶっちゃけ愛の宿ラブホテルばかりが目立ち、普通の宿は見当たらない。
 何時もの様に馬車の中で寝泊まりになるのかもしれないと思いつつ、それも何時もの事だと受け入れた。


 だが町の中心付近に一つの宿を見つけると、俺達はその宿で休む事となる。
 庭も広く、かなりの豪邸のように見えるのだが、その実柱や壁にひびが入り、かなりのボロ屋敷だ。
 庭園の手入れもされておらず草木も伸び放題だが、馬を止められるスペースがあるなら充分だろう。
 値段も手頃でこの場に決めると、宿の主人である女将が挨拶をしてきた。  


「この宿をお選びになって、どうもありがとうございます。わたくしこの宿の女将のローレンシア・プライアでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそよろしくね」


 歳は五十より上か?
 黒髪だが、白髪が多く目立っている。
 人の良さそうな穏やかな顔をしているが、そんな女将が居ても、この宿は流行っていないらしい。
 これ程の広い宿だというのに、従業員の一人も居ないというのは致命的だろう。
 それもこの惨状では仕方のない話かもしれないが。


「では此方へ、お部屋にご案内いたします」


 俺達はローレンシアさんのあんなににより部屋に案内された。
 確かに良い部屋ではあるのだが、多少ホコリがつもっている。
 俺達が部屋に入り、扉がパタンとしまるのだが、女将のローレンシアは、この部屋の中に留まっていた。


「ローレンシアさん、まだなにかご用なのかしら?」


「はい皆様、少しお話を聞いては貰えないでしょうか。お聞きいただけるのなら、この宿の代金はサービスさせていただきます。如何でしょうか?」


「どうする皆?」


 急いでいるとはいえ、まだ時間は充分にある。
 多少のことなら別に受けても問題はないけど。


「聞くだけならいいんじゃないのか? あんまり面倒な話じゃないなら受けても良いし」


「レティが言うのなら私も構わない!」


「じゃあ僕も」


「ありがとうございます。それでは早速お話を…………」


 このローレンシアさんは、この町を取り仕切っていた領主だが、昔あったとある事情で金銭を打ち切られ、残っていた財産でやりくりして行くのだが、殆ど没落して今の状況になったらしい。
 ただ、それでも町の権限は彼女が持っているのだが、今回そんな状態の彼女に不満を持った別の領主が、この町を狙ったらしい。
 で、それの勝負をするのだが、ローレンシアさんには人を雇うお金もなく、宿に泊って行く人達に何度か交渉しているのだが、まだ受け入れてもらえる人は見当たらないと。
 勝負といっても別に決闘をしろという話じゃないが、まあそんなごたごたに巻き込まれたくないという人が大半だろうな。


「ローレンシアさん、それ何時やるんだ? 俺達も急いでいるんだから、そう何日も泊まっていられないぞ」


「ああ、それは大丈夫です。二十分後にはそれが始まりますので、これが断られれば、もうすっぽかそうかと思っていた所なんですよ」


「早! そ、それならまあ時間も掛からないし、やれないこともないけど…………」


 俺はリーゼさんを見た。


「まあ何事も経験よね。宿代もタダにしてくれるっていってるし、やってみたら?」


「いえ、あの、タダにするとは言ってません。サービスすると言っただけですので。何分家も大変なので…………」


「よく考えてみてくださいローレンシアさん。もし私達が参加しなければ、貴女はこの町の代表ではなくなってしまいます。そうなってしまえば、お金も人望もないタダの貧乏人です。この町を奪おうとするその人にも追い出されてしまいますよ。ですから、此処は私達にタダで提供して、手伝わせた方が良いと思いますけど」


「そ、そうなのでしょうか…………ではそうさせてもらおうかしら」


 リーゼさんに言いくるめられているこの人では、正直言って権限を握られるのも、この町の為にはならない気がする。
 今この宿の惨状を見て居れば、それは分かるというものだ。
 自分の宿も護れないのに、町の維持が出来るものか、というのが相手の言い分だったりするのかもしれない。
 相手の方が正しいのかもしれないが、ま、それはそれ、これはこれ、宿の代金がタダになるなら此方としては損もないか?
 どうせこの国からは出て行くことになるし。


「それで、その場所ってのはどこなんだ? まさか間に合わない場所じゃないよな?」


「はい、ここから三十分ほど行った場所にある広場なんですが…………」


「えええええ、もう間に合わないよね!」


「確かに間に合わんよなぁ。どうすんのローレンシアさん」


 ローレンシアさんはそんなに慌てていないらしい。


「ああ、馬で行けばギリギリ到着出来ると思います。ではお化粧を直して来ますので、少しお待ちください」


 おい、ギリギリだと言ってるのに、何故今化粧をしようとするんだ。
 その化粧に何分かかるんだ?
 五分じゃ終わらないよな?


「う~んとおばさん、お化粧は向うに到着してからでいいんじゃないですか? 間に合わなかったら大変だし」


「そ、そうなのかしら? じゃあ急いでお化粧道具を選んでこなきゃ」


 リッドの提案も、どうしても化粧をしたいローレンシアさんだが、ストリアがそれの解決策を見出した。


「ローレンシアさん、化粧道具なら馬車にある私のを使うといい。だからもうその場所に向かうとしよう」


「あらあら、ありがとうね。でも若い子のお化粧道具で私に似合うかしら?」


「まあ私のもありますから、それは我慢してください」


「でもねぇ、やっぱり使い慣れた物の方が…………」


 この言い合いで、もう結構時間が経ってる気がするんだが、もう間に合わないんじゃないのか?


「お~い、これじゃあ間に合わなくなるぞ! おばさんもそれでいいのか?!」


「う~ん、お化粧が出来なくなるなら、やっぱりやめようかしら?」


 おいそれで良いのか町の領主。
 まあ行きたくないというものを、俺達が引っ張って行くと言うのもおかしな話になる。
 世間話をされたと思って諦めるのがいいかな。






 結局ローレンシアさんは依頼を取りやめたのだが、その一時間半後、何の連絡も入れられず、ただ待ち続けていた相手の貴族が、かなり怒って乗り込んで来たのだった。
 

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