一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

6 森の集落と炎の大犬。

 ラクシャーサがエルフにキスされたまま動かないでいる。
 暫くして、エルフの女がキュポンと唇を離すと、放心したラクシャーサが再び動き出した。


「あああああ、私のファーストキッスがああああああああ…………」 


 一度大きく仰け反り、膝を突き落ち込んでいる。
 そんなにショックだったのか?
 案外初心あんがいうぶだったんだな。


「まあ落ち着けラクシャーサよ。相手も女なんだ、そう落ち込む事は有るまい。それともあれか? お前は女の方が燃えるタイプだったのかの?」


「違うよおおおお、私だって女の子なんだよぉ、初めては王子様とのキスを夢見たって良いじゃないかあああああ!」


「安心するがいいラクシャーサよ。もうそれは絶対有り得ない。今もう奪われたからな。その夢は諦めるのだな」


「うあああああああああああああああ!」


 たぶん状況を理解していないエルフの女に、ラクシャーサは背中をポンポンと叩かれている。
 ラクシャーサには悪いが、これは良い状況だ。
 敵意がなくなってくれれば、色々とやりようがある。
 俺達は彼女達に敵意が無い事を示すと、森の奥へ案内してくれるらしい。


 泣きじゃくるラクシャーサを、エルフの女が肩を抱くと、俺達は森の奥にあるエルフの村へと案内を受けた。
 俺も昔この森には来た事があるのだが、今の状況は昔よりも、酷く幻想度が増している。
 虹色に輝く球体が浮き、小さなシルフやピクシーが飛び回る。
 草木においても、昔より変わった雰囲気があり、今にも動き出しそうな感じがビンビンしている。


「ひゃあああ、何今の?! まさかお化け?!」


「ガルスよ、お前はもうちょっと根性をつけた方がいいんじゃないか? そんなんでは隊の盾とはいえんぞ? 一度儂わしが鍛えてやろうか?」


「い、嫌だよ! ドル爺って手加減してくれないから!」


「手加減なぞして訓練になるものか。まあお前が断っても無駄だがな。ハハハハハ」


「お、俺は絶対やらないからな!」


 ガルスが断っても、その内ドル爺に連れ去られて訓練をさせられるんだろう。
 ラクシャーサはというと、さっきのエルフと慰められて、何だかイイ感じになっていた。
 優しくされたからか?
 まあそれで良いのならそっとしておこう。


 森の奥深くまで移動した俺達は、村までの道中で、何者にも襲われる事はなかった。
 あの三つ首の大犬が特別だったのだろうか?
 森の入り口であれを逃がしたのは痛い、犬の嗅覚は鋭く矢の臭いから、此方を捕捉してもおかしくはない。
 この森の中に居る限り何時襲われてもおかしくないだろう。
 …………まあ、あまり警戒を怠るのは止めておこうか。


 それにしても、もう少しゆっくり出来ると思ったのだがな。
 あまり時間をかけて休みが無くなるのは勘弁願いたい所だ。


「&!&%%#&’”’’#)(”%%」 


「へぇ、ここが君の村なのか? でも何かいい状態じゃないね……あの犬にやられたのか?」


 村の家屋の半数が墨となり、怪我人が多く寝かせられている。
 あの大犬に襲撃されたのだろうな。
 そんな状態だというのに、俺達は凄い歓迎されていた。
 何を言ってるのかすら判断出来ないのだが、ラクシャーサに抱き付いている女エルフが何か言うと、見たことも無い料理がズラリと並べられた。


 芋虫の姿蒸し、良く分からないものの焼いた肉、良く分からないものに生肉、そのよく分からない魔物の頭だけがボンと置かれている。
 猿とは違うが、それに似た頭から、角が五本程生えて、その先端から花が咲いているという本当によく分からない魔物だ。
 それと小さい蟻が大量に入った真みどりのスープと、何故か光り輝いている蝙蝠の内臓を焼いた物。
 正直食う気がしない。


「うッ…………」


 だがこれを断ったらまた険悪な状況になりそうだ、多少でも食っておかないと不味いだろう。
 悩んだ俺は、魔物よりはと芋虫の姿蒸しに手を取った。
 意を決してガッと口に運ぶと、芋のような食感と、ジュワッと広がる旨味が案外いけるものだった。
 躊躇ためらいながらも、他の三人も思い思いにそれぞれに口に運んでいる。
 それを見たエルフの村人は、俺達に膝を突き、手製の弓を渡して行く。 


 大体予想がつく。
 食ったからには働けと、そう言うのだろう。
 たぶんあの大犬を倒せと…………
 だがこのままではエルフが狙われ続ける。
 この人達と友好を築くには、先手を打って倒してしまうのも有りだ。
 俺達は適当に返事をして、あの犬を退治する事になった。


 で、俺達は待機中だ。
 この深い森の中を闇雲に動くのは、したくないし、迷う可能性が高い。
 絵と手振りで、なんとか伝え、村人に任せたのだ。
 ラクシャーサに引っ付いている、あの女だけは今もまだ引っ付いたままだが、他のエルフは大犬を追って行った。


 ふむ、あのエルフとかこのエルフとか、名前が無いと不便だな。
 実際の名前は知らないが、仮に名前でも付けてやろう。
 リーファと、そうしよう。


「$!&”===#)!($!(&%」


「え? あれは木だ。あっちは草」


「アレハキ?」


「木だよ」


「キダヨ?」


「木」


「キ?」


 リーファが指をさす物にラクシャーサが答え、言葉を教えようとしている。
 だが相当先が長そうだ。
 この場に現れることも充分考えられると、警戒しながら待ち続けていると、エルフの一人がこの場へと戻って来た。


「’&’()&%%%%&&&!!」


 大犬の居場所を発見したのか?
 そのエルフの男は、指をさし訴えている。
 俺達とリーファの五人は、その案内により、大犬の元へと向かった。


 大犬が居た場所は、木々に囲まれた場所で、戦うには不向きな場所だった。
 今は犬の炎は出ておらず、巣と思われる場所で丸まっている。
 だが戦いとなれば不味いかもしれない。
 こんな森の中で炎を使われれば、最悪大火事になってしまうだろう。
 たぶん相手は此方に気付いているが、まだ動きを見せていない。
 自分の寝床まで焼けるのを嫌がっているのか?






 俺達は一旦村に引き返し、作戦を練り直す事にした。



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