一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

5 欲望のままに動き続けた者は、穴にハマって昇天を果たした。✖

 大土竜の墓場。
 少し前までは何も無い平地の一部だったのだが、その地下に発見されたキメラの巣の制圧に乗り出したのだが、その地の主と思われる圧倒的な大土竜との戦いにより、今は崩落して、巨大な大穴となっている。


 人が落ちれば確実に死ねる高さで、例えそれがキメラであっても、空を飛ぶ能力がないものならば、助かりはしない。
 今その場所に向かっているのは、馬車を捨てて、裸の女を抱えて飛んでいるべノムだ。


「きゃッ、ちょっと、変な所を触らないでくれませんか!」


「あとちょっとで到着するから、それまで我慢してろ! 彼奴が落ちさえすれば、二度と触ったりしねぇからよ!」


「クッ、あの馬鹿さえ目を覚ましさえすれば…………何時まであんな恰好で恥をさらしていますの! もうそろそろ目を覚ましなさいバール!」


 フレデリッサの呼びかけには答えず、裸の女を追い掛け続けている。


「よし、見えて来たぞ! もう少しだ!」


 べノム達が大土竜の墓場に到着し、そのまま穴の上を飛び続けている。
 バールはフレデリッサを追い続け、足元に何があるかも気付かず、手を穴へと滑り込ませた。
 ガンッと体勢を崩したバールは、自身の巨大な物体が倒れこんだ。


 先端から突き入れられたその自重の為に、バールはそれを持ちあげる事が出来ずに、ガンガンと動かし始めた。
 そんなバールの状況を見続けている二人だが、この酷い状況に焦りを募らせた。


「ま、不味い、不味いぞ! もし冒険者にでもこんな物を見られでもしたら、世界中に王国の恥が広がっちまう! 急いでこの状況を解決しなければ!」


「な、何という卑猥な光景なのでしょう…………これはもう、大地としているようじゃありませんか…………」


「兎に角、この馬鹿が暴走しただけなら、こんな馬鹿な格好にはならねぇはずだ。何か原因があるはずだから、それを見つけないとならないぜ」


 べノムはフレデリッサを地に降ろした。


「じゃあ俺は先に戻ってるから、お前はゆっくり戻ってこいよ。安心しろ、敵は全部退治してあるから、お前が裸であっても安全だ。じゃ、後は好きにしろ!」


「ちょ、せめて服ぐらい置いて行きなさい! クソからす!」


 王国に戻ったべノムは、兵士達を動員して、あれの出現した地点を起点に、聞き込みを開始する。
 しかしその原因は簡単に見つける事が出来たのだ。
 バールが巨大化したのは圧倒的なインパクトで、誰もそれを忘れる事が出来なかったのだ。
 むしろあんな物を忘れる事が出来る人間が居たら、それこそ異常だろう。


 それで探し出されたのは、レネンという占い師だった。
 このお婆さんは、フレーレという女兵士の祖母だということで、その孫に縛り上げられて、王城の門前へ連れて来られた。


 そのレネンは開き直った顔で居直っている。


「この儂に何の用じゃ! 儂は特になにもしとらん! しとらんのじゃ!」


「お祖母ちゃーん、今更惚けられても困るのよー? あんな物を生み出しておいて、今更逃げられると思っているのかしらー?」


 その祖母を連れて来たフレーレは、自分の祖母をアイアンクローによって、ギリギリと頭を締め付けている。
 その顔は笑っている様に見えるが、王国を危機に導いた祖母に怒っているらしい。


「痛たたたた! 離しておくれフルール、このお祖母ちゃんに酷い事をしないでおくれ! ちゃんと話す、話すから!」


「だったら最初から言えば良いのよー? もし嘘でも言うのなら、腕でもへし折っちゃおうかしら?」


 たぶんフレーレは、躊躇いなくそれをするだろう。
 フレーレとはそういう女だ。
 諦めたレネンは、今までの経緯を話し出した。


「…………という訳なんじゃが、まさかあんな効果があるとは思わなかったぞぃ。世の中には不思議な事があるもんじゃなぁ…………」


「ああん! 適当に合成した薬を飲ませたらあんな事になっただぁ?! じゃあ解毒方法は?!」


「そんなもん儂が知る訳がなかろう。本当に偶々偶然なんじゃからな。これは不幸な事故なんじゃ。あの男にとっては、これも運命というやつじゃろうなぁ…………」


「運命じゃねぇ、全部テメェの所為だろうが! もう良い、今からキッチリ責任を取って貰うぞ! この婆さんを研究所に運んで、その薬に何を入れたのか聞き出せ! フレーレ、お前の婆さんなんだ、お前も付いて行け!」


「ええ、分かったわー」


 フレーレがレネンを、研究所と呼ばれる場所へと運んで行った。
 これで原因はハッキリしたのだが、この状況を解決する手段が見つからなかったのだ。
 急遽他の方法を探すしかならなくなったべノムは、考えを巡らせている。


「彼奴のことは如何でも良い、先ずはアレを見られない様に、馬車のルートを変えるしかねぇな。誰か案内役を…………アツシにでも、頼んでみるか?」


 アツシという男は、危険の少ないその仕事を簡単に引き受けるのだが、重大なバールの問題が解決する方法は見つからなかった。


 それから一週間、何の手も打てぬまま日にちが経ち、あの卑猥物体の見張りから、バールが元に戻ったとの報告を受けた。






 あの占い師レネンの、薬の効果が切れたのかもしれない。
 そのバールは兵士により無事救出され、また暴走する危険性がある為に、今は研究所に閉じ込められている。



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