一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

25 終結に向かう戦場。

 イバスは、狭い運転席の中に、四人全員に押し込まれ、ぎゅうぎゅう詰めなりながら、全員がアストライオスに乗り込んだ。


 …………前にも体感したが、これはとても狭い。ま、まあ、これだけ人数が居るなら、アスメライさんの魔力が尽きても、動けなくなる事も無いだろう。


「じゃあ出発しますから、怪我しないように、気を付けてくださいね」


 そんな俺の軽い注意も、この四人にとっては、争いの種になってしまうのだが。いち早く返事をしたルシアナリアさん。


「はい、ご主人様。さあ皆様、私とご主人様の為に、命をとして頑張ってくださいませ!」


「あんたが仕切らないでくれる! 必要なのは私だけなのよ。全員降りて貰っても、構わないんだからね!」


「フフッ、必要なのは、アスメライさんの魔法だけでしょうに。この私とイバス様の為に、キリキリ働いてもらいましょうか」


「そうね、アスメライちゃんは、魔法だけ頑張ってくれればいいのよ? 動けないぐらいの魔法を使っても安心してね。私とイバスさんがキッチリ頑張るから!」


 と何時もの様に、喧嘩をし始めた。今は、そんな事をしている場合じゃないというのに。少し頭に来た俺は、この四人に対して、初めて本気で怒った。


「いい加減にしてくれないかな! 今は王国の危機なんだよ?! 仲良く出来ないのなら、全員降りて貰っても構わないんだからね! これを動かせるのは、別に君達だけじゃないんだからね!」


「す、すみませんご主人様。あの、少し調子に乗ってしまいました」


「…………ご、ごめんね、イバス。私も反省するから、そんなに怒らないで…………」


「わ、私も反省しております。イバス様、どうぞお許しを」


「い、イバスさん、謝りますから、私を捨てないで!」


 俺の怒りの言葉に、意気消沈する四人。反省してくれたなら良いと、俺はやっとの想いでアストライオスを出発させた。近くには、帰って来ていたバベル君が居たけど、見なかった事にしよう。


 俺が戦場に復帰する頃には、勝敗は決しようとしていた。天使の大半は捕縛され、巨大兵器も残りは二機だけとなっている。状況は敵にとって不利だが、あの敵隊長機だけは、まだ猛威を振るっている。


 何故かと言えば、あの熱の魔法が、王国の各地に発射されて、火事の対応に追われている。それに、あの光を直接浴びた者は、相当な火傷を負い、治療を受けなければならなくなっている。今なんとか近づけるのは、この機体に乗っている俺達だけだろう。


「アスメライ、敵の熱線が激しくなったら、水の魔法を頼むよ?! 多少冷やさないと、この中まで暑くなるからね」


「わ、分かったわよ。私に任せといて!」


 敵隊長機が、アストライオスを発見すると、大半の熱線が、此方に向けられた。このアストライオスだけが、あの機体に対抗できると、分かっているらしい。その機体が俺との距離を取り、また逃げながら、熱戦の遠隔攻撃を仕掛けてきている。


「また来たのか貴様! 今度こそ焼き殺してやるぞ!」


「さあ、今度はどうでしょうね!」


 かなりの熱が、アストライオスの内部に溜って来た時、アスメライが、水の魔法を発動させた。


「援護するわよ! 水よ、空間に、固定せよ! アクエリア・スぺリクル!」


 その魔法により、空中に巨大な水の玉が固定されている。ザっと機体をその中に突っ込ませると、機体の温度が一機に下がった。 これで、もう少し追撃が出来る!


 アスメライさんの水の魔法で、何度か機体をリフレッシュさせ、しつこく敵機を追い掛けている。しかし、このまま追い続けていても、敵機に追いつくことは出来ない。俺は別に、ただ追い続けていた訳ではない。敵機に勝てる、唯一と言って良い場所を探し出し、誘導させていたのだ。


「見つけたぞ!」


 その場所に誘導が成功すると、突如敵隊長機の背中から、強烈な衝撃が襲い掛かった。俺が見つけたのは、この王国の中で、唯一アストライオスと、単騎で互角に戦った、フレーレさんが居た場所だった。その彼女が、敵機の後ろに存在していたのだ。フレーレさんの蹴りの衝撃で、敵機が前方に飛ばされた。


「ぐぅおおおおおおおおッ、これは一体何が!」


 そこで、敵隊長機が、俺の攻撃範囲の中に、ギリギリで進入した。剣の届く距離、一番厄介なのは、熱戦でも、剣でもない。アストライオスと、ほぼ同等のスピードが出せる、その脚だ。


「ここだあああああああああああああああ!」


 敵機の太腿辺りを、一気に斬り付けると、バランスを崩して、地面に滑って行く。そのまま距離を詰め、熱戦を放つ、厄介な羽根部分を、全部ぶった斬った! それでも剣で応戦しようとする敵機に、肩から剣を突き刺して、地面へと繋ぎ止めた。


 彼女の敗因は、ただ一つ。あの空中で、背中から蹴り上げられたから、きっと理解出来て居なかたのだろうけど、機体を蹴り上げたのが、たった一人の女性の蹴りだったと理解していれば、こんな状態にはならなかっただろう。


「もうこれ以上やっても無意味ですよ。降参、しませんか?」


「ふん、誰が貴様になぞ降参するものか! この私を降伏させたいというのなら、その巨大な剣で、この胸を貫くがいい!」


 少し躊躇いが有った。王国が攻撃されたとはいえ、元からこの国を攻撃しようとした訳じゃない。この機体の反応を追って、やって来ただけなのだ。だから俺は、武器を失った彼女に、止めを刺す事が出来なかった。


 剣を納め、相手が逃げるのを待った。そんな俺の想いなど知らず、残った敵機の左腕から、アストライオスと同じ、雷撃の爪が出現した。しまったと、油断した俺達に、その爪が刺さったのかに思われた。


 だがその爪は、アストライオスに突き刺さる前に止まっている。敵機の魔力切れでもなく、機体の前に一人の天使が現れたからだった。その天使こそ、王国でカードゲームにハマっていた、グーザフィアと言う天使と一緒に、部屋に引きこもっていた、天使べーゼユールだった。


「ああ、べノムから天動兵機の存在を聞いたから、まさかとは思ったんだが、何か面倒臭い事になってるな。君君、もう煩いからやめてくれない? グーザフィアとカードゲームが出来ないんだけどな」


 そんな天使べーゼユールを見て、敵機の女が驚いた。


「に…………」


 に?


「兄いさああああああああああああああああああああん!」


 胸のハッチから飛び出して来たのは、べーゼユールにほんのり似た、女性の天使だった。


「あれ、もしかしてバラリエ? ひっさしぶりだなぁ。 百三十年ぶりぐらい?」


「もう、何処に行ってたの兄さんったら。あんまり姿が見えなから、心配していたのよ。 地上に来ているなら、私に一言いって行ってよ!」


「ああ、悪い悪い。うっかり言うのを忘れてたよ」


 世間話をし始めた二人の天使に、俺達はそれを見つめている。というかこれ、元からこの人(天使)の姿が見えていたら、戦いも何も起こらなかったんじゃないのだろうか?






 そう思った所で、今更破壊された町が元に戻る訳じゃなく、俺達王国の民は、天使の恐ろしさを、再び認識したのであった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品