一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

15 時には押すよりも、退く方が効果が有る時もある。

「やりましたっすね先輩! あれならもう死んでるっすよ! やっぱりこれってボタンを押した俺っちの手柄っすよね、俺っちがいて良かったっすね!」


 その前にピンチにしたのは君でしょうに。 そう思っていても、口には出さなかった。 言い争っても面倒臭いから。 粛々と、上司であるマルケシウス先輩に、報告するのみである。


「そうかも知れないねー、そうだったら良いよねー…………」


「あ、そうだ先輩! ちょっと胸の所を、開けてみてくれないっすか? 一回空気を入れ替えて欲しいっす!」


「空気?」


 確かに、この男と同じ空間に居るのは、少し圧迫感がある。 俺はそれに同意し、胸のハッチを開いた。 良い風が入って来ている。 はぁ、っと一息ついた俺だけど、この男の狙いは別にあった。 開いた胸の辺りにピョンと飛び乗ると、フレーレさんに向かって、大声で叫んだ。


「お~い、フレーレ先輩! 俺っちからの、結婚祝いっす! 帰りは、一緒に乗って帰ると、良いっすよー!」


「ありがとうねー、直ぐに行くわねー!」


 バベル君が、ビシッと親指を立てて、笑顔を見せている。 俺の為にと思ってくれてるのだろうけど、それは全く逆だと言いたいけど言えない。 まだ帰りまでは時間があると思っていたのに、俺の考えを巡らせる、貴重な時間が無くなってしまった。


 言ってしまったものを、今更断る事が出来ない。 俺は肩を落としながら、フレーレさんを、アストライオスの中に入れ、代わりにバベル君をぶん投げてやろうかと思いつつ、無事に地面へと、降ろした。


 しかし、もしかしたら、これは良い機会なのかもしれない。 一度は諦めた俺だが、この場には、あの怖そうな二人の女性も居ないのだ。 勝手に結婚させられても困るから、もう一度ちゃんと話すべきだろう。


「イバスくーん、会いに来たわよー」


「あ、フレーレさん、さっきはどうも。 もう少しで、やられる所でした…………」


「いいのよー、もう夫婦になったんだから、助けるのは当然でしょー。 じゃあここからは、約束通りに、デートするわよー!」


「いやあの、僕の任務は、まだ終わっていないんで。 ちゃんと勝利報告しないと、終わらないんですよ。 だから、もうちょっと待っていてください。 それで、あの、デートをするのは、良いんですけど…………」


「なあにー? 何でも言って良いのよー」


「えっと、あの、け、結婚はまだ、早いんじゃないかな~って。 まだお互いの事をちゃんと知っても居ないですし、もう少し後にしても…………」 


「大丈夫よー、私は全然気にしてないからー。 それにね、私はもう、イバス君に決めちゃったから、断られたら困っちゃうわー。 でもね、もしイバス君が、私を選べないというなら、それはそれで構わないのよ。 これからずっと、一人で生きて行くだけだからー」


「その言い方は凄くズルい気がするんですが。 もっと断り辛くなるじゃないですか。 僕は、あの、フレーレさんの事は、嫌いじゃありません。 僕を好きになってくれている人を、嫌いにはなれませんから。 だからあの、もう少しお互いの事を知って、お互いもっと好きになってから、そうしませんか?」


「イバス君がそうしたいのなら、私はそれに従うわー。 じゃあ、約束だからね」


 チュッと額にキスをされてしまった俺は、むしろ泥沼に足を踏み入れた気がした。 結婚の事は片付いたのだけど、もう一つだけ、聞かなければならない事がある。


「あの、フレーレさん、もう一つだけ聞きたい事が有るのですが…………。 俺、本当にフレーレさんと、しちゃったんですか? やっぱり違いますよね?」


「あ、やっぱり、バレちゃったわね、二人が絶対上手く行くって言ってたんだけどー。 こういうのって、やっぱり二人でちゃんとしたいからね。 だからね…………」


 俺の胸がドキっと高鳴る。 耳元に、フレーレさんの唇が触れている。 そして囁くように、たった一言呟いた。


「だからね…………私はまだ、誰にも抱かれていないからね」


 いけない、これは不味い! 一瞬あのベットの上で見た、フレーレさんの裸体を思い出してしまい、凄く、ドキドキした。 今まで極限に押してくる人しか居なかったから、何だか心が惹かれてしまう。


「ななななななな何をッ!」


「誰にも言ったら駄目よー、皆には内緒だから。 じゃあ、帰りましょうか」


 俺の手の上に、そっと自分の手を乗せたフレーレさんに、何一つ話せないまま、俺達は、王国へと、帰って行った。


 フレーレさん達と別れ、バベル君を送り届けた俺は、任務の終了した事を伝える為に、マルケシウス先輩に、報告しに行った。


「先輩、ただいま戻りました」


「ん、任務ご苦労、それでは報告を聴こうか。 アストライオスの実戦能力はどうだったのだ? 充分に使えるレベルだったのか?」


「はい、こちらより少し大きな魔物でしたが、勝利には問題無かったと思います。 戦いの最中さなかでしたが、アストライオスの、飛翔能力と、隠された剣の武装を確認しました。 ただ一つ、問題があるとすれば、メンテナンスと、修理の問題でしょうか。 これの修理となれば、王国の開発チームであっても、相当大変だと思います」


「力の確認は充分に出来たが、メンテナンスか。 例えあれが超戦力であっても、使い捨てという訳だな?」


「それに関してですが、一つ当てが有ります。 この国に居る天使達に、一度相談するのも良いかもしれません。 もしかしたら、何か知ってるのかも。 あ、それと、出来れば誰かに聞きに行って貰いたいです。 僕はなるべく関わりたくないので」


「分かった、では天使の知り合いという、べノム隊長に頼むとしようか。 何か分かり次第、お前にも伝えるとしよう」


「助かりました、これ以上面倒事が増えるのはキツイので。 じゃあ報告は終わりに…………あ、そうだ、バベル君は、少しばかり使えませんでした。 出来れば誰か別の人に変えて欲しいです。 今後の僕の命に関わりそうでしたから」


「そうか、学校からは、一押しの人物だと聞いていたのだがな。 あまりに使えないというなら、雑務課にでも回すとしよう。 戦いも無く安全だから、逆に喜ぶかもしれんがな」


 因みに、雑務課とは、主に武器防具の調達や整備、各隊や課に回す任務や、資料を作っている部署である。


 学校から卒業後、一度俺もその部署に入ろうと頑張った事もあったのだが、この先輩に引き抜かれてしまった過去がある。 代われるのなら俺がその部署に行ってみたい。


「じゃあ報告も終わりましたから、今日はあがらせて貰いますね」


「うむ、お疲れさん」






 先輩に報告を終えた俺は、約束通り、フレーレさんとのデートへ向かった。 



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