一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

8 小さく大きな物語4

 あれから俺は大した成果もあげられず、魔物討伐の仕事は終了した。 そんな俺は、村人達と一緒に、村への帰り道を歩いていた。


 ストリアとリッドの二人も、自分の親に褒められて嬉しそうにしている。 くそう、俺だけがまだ魔物に止めを刺していない。 俺は修行で体力も付いたし、武器の扱い方も覚えた。 しかし俺には敵に止めを刺すという運だけが足りなかったらしい。


 その事をシャインに相談したら、戦いとはそんな物だと言われて、ガックリと肩を落とすしかなかった。 だが俺は、まだ諦めてはいなかった。 手柄が足りないのなら作れば良いと、俺は一人隊列から抜け出した。


 一人だと危険だという認識は、今の俺には無かった。 この辺りの危険な魔物はもう狩り尽くされ、大人数に躊躇って、隠れているような弱い魔物しか残っていないからだ。


 という訳で、俺はそんな魔物を狙おうとしていた。


 これは卑怯などではない、今後の為にも、戦い方を覚える為にも俺に必要な事なのだ。 ビデオゲームで、まず雑魚を狩ってレベルを上げていく様な物だ。


 …………ん? ビデオゲームってなんだろう? まあ良いか。


「おーい、何処に居るんだ、出て来いよー」


 ガサガサと、隠れられそうな草むらを調べて行ってると、やっとの事でその一匹を探し出した。 それはかなり大きな兎ぐらいの魔物で、体中の毛が長く、どんな魔物かはよく分からない。


 俺は剣を向けようとするのだが、先に動き出したのは、その毛むくじゃらの物体だった。


「痛ってええええええええええ!」


 毛むくじゃらの塊が、俺の額へとクリーンヒットした。 死ぬレベルではないが、かなり痛い。 まるでタライの裏で殴られた感覚だった。 小さくても油断は出来ない。 今後戦う時には注意しなければ。


 痛みを我慢し、毛むくじゃらが行動を起こす前に、俺は相手に向けて剣を構えた。


「てりゃあああああああああああああああああ!」


 剣を振りかぶり、相手に斬り掛かるのだが、この毛玉は案外素早く、俺の攻撃を躱し続けていた。 やはり止まっている的に叩きつけるのとは訳が違う。 動き回る相手に攻撃を当てるのはかなり難しかった。 まだ一発も絣もしない。 一体これ、どうやれば当たるんだ?!


 当てられない攻撃を続ける俺に、毛玉の反撃が始まった。 攻撃をするたびに、相手のカウンターが俺の体へ腕へとぶつけられていく。 見た目はありほど柔らかそうなのに、見た目と印象が違い過ぎる!


「あいッ…………くそッ、こんなのにまで負けるのか? 俺はどんだけ弱いんだよ! やっぱりあんな剣を振り続けるだけの特訓なんて、全部無駄だったんだ。 あんな師匠なんかより、別の人に教えてもらうべきだった!」


 今嘆いても、毛玉の攻撃はやんではくれない。 俺が攻撃しなくても、もう攻撃をし続ける様になっている。 このタダの毛玉が、今はもう恐ろしく感じていた。


「いてッ、ぐあ…………」


 このまま続けて居れば、俺はこの毛玉に打ち殺される。


「駄目だ、逃げないと殺される!」


 勝ち目がないと逃げ出した俺だが、相手はしつこく追いかけてきている。 簡単に回り込まれて、この毛玉にまた攻撃を与えられていた。 もうどうにもならず、俺は我武者羅に剣を振り切った。


 手応えが…………あった。 毛玉の体に小さな傷が出来ている。 今まで何度やっても当たらなかった攻撃が、たった一度だけ当たってくれた。


 偶然? 違う! これは偶然じゃない。 相手が跳びあがって、真っ直ぐ此方に来ていたから当てる事が出来たんだ。 今の攻撃で俺は理解した、攻撃というものは、相手に当てられるタイミングで振らないと当たらないという事に。


「そうだ、今日見た戦い方を思い出せ! 村の大人達の攻撃は、特別早かった訳じゃないんだ。 それでも攻撃は当っていたじゃないか。 速さじゃない、相手が避けられないタイミングで、此方の攻撃を放てばいいんだ!」


 俺は相手の動きを見続けていた。 もう一度、たった一回の攻撃を当てる為に。


 …………来た!


 弱り切った俺に止めを刺す為に、この毛玉は助走を付けて最後の攻撃に出た。 バンッと跳びはねたその速度は、今までのより遥かに速い!


 だが、このタイミングなら…………いける!


 ゾンッ!


 襲い掛かる毛玉の体をすり抜けて、俺の剣は真っ直ぐに振り下ろされた。 相手を斬ったという感覚もなく、ただ素振りをしたような感じしかしなかった。 それでも相手の体は二つに分割されて、その命を奪ったのだと実感した。


「勝てた…………か? ブハァッ、死ぬかと思った。 …………帰ろう、また別のが出てきたら本当に死ぬ…………」


 剣を納め、俺は家に帰って行った。


「何処に行ってたんだレティ、私は心配していたんだぞ。 まさか一人で魔物と戦ってたんじゃないだろうな? そうだとしたら私はお前を教育し直さなければならないな。」


 ギンと睨みつけてきているシャイン。 毎日一緒に暮らしている俺には分かる、これはたぶん本気だろう。 あんまり怒らせたくないし、言い訳でもしておこう。


「いや、あの、ちょっと転んで…………」


「ほう、私に嘘を付くのか?  その傷がどう見たら転んだ傷にみえるんだ? それにお前の行動は逐一聞いているぞ、上空から見張って居たべノムおじさんからな」


 知ってたなら聞かないでほしい。 というか俺見張られていたのか。 べノム爺ちゃん、少しぐらい手伝ってくれても良かったのに…………。


「しかもお前は小物相手に、酷く苦戦したらしいな? どうもお前はルルムムさんに手加減されていたらしいな。 流石にそのままにはしておけない、今度は私が徹底的に鍛えてやるから覚悟しておけ!」


「シャインが鍛えてくれるのか? それなら俺も頑張れるぜ!」


 嘘のバレた俺は、シャインにより強烈な仕置きを受けた。 まさか師匠よりキツイ訓練をさせられるとは・・・・・。 いや、もうこれは訓練じゃない、一日中走らせながら、食事まで走りながら食えとか尋常じゃない。 試合形式の訓練でも一切手加減してくれないし、俺はボロボロになりながらそれをやり続けたのだが、一週間が限界だった。 






 もう無理…………グフ…………。



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