一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

36 小さく大きな物語 2

「これは・・・・・本当にでかいな」


「う・・・・・これを退治するのか。 レティ、行くのは止めておいた方が良い。 死ぬぞ」


「どうするのレティ、本当に行くのかい?」


「・・・・・」


 大人達について行った俺達だが、魔物の規模は俺の想像を遥かに凌駕していた。 俺だって魔物ぐらい見た事はある、村の中に侵入したものと戦った事だってある。 まあ1メートルもしない小さなものだったのだけど。


 しかしこの魔物はそんなレベルではなかった。 大きな腕は大人五人を詰め込んだ程太く、両腕の数を合わせて八本、人間に近い猿の様な腕だ。 人の体等一掴みで潰されてしまいそうだ。


 胸と腹は赤く染まり、それ以外は毛に覆われている。 脚は六本もあり、その体を支える為に太く、筋肉の鎧を纏っている。 移動速度も速く、踏み潰されれば生きてはいられないだろう。


 とてもじゃないが木剣で相手に出来る様なレベルではなかった。 これが本物の魔物か。


 大人達の隙をついて戦闘に加わろうと意気込んでいた俺達三人だが、これ程の魔物を見せつけられて正直怯んでいた。 前に出たら死ぬ、そんな恐怖が脳裏に過っている。


 だがそれ程の魔物だったとしても、村の大人達は怯まずに戦い続けている。 戦っているのはたった十数人だというのに、絶えず優位に立っている。


 この戦いは俺達が加わったとしても、絶対に勝てる戦いだ。 戦闘に参加出来れば、俺達が攻撃出来る隙はたぶん幾らでもあるだろう。


 それでも俺達は動く事が出来なかった。 返事もなく黙る俺に、答えを待たずに戦いを見続ける二人。 生きて来て初めて体験する死の恐怖は、これから俺の記憶に残り続けていくことだろう。


 大人達の戦いは続いている。 中でも先ほど俺達を止めたべノム爺ちゃんの力は群を抜いていた。 空を飛び、超スピードで敵を切り刻む姿は、人の成せる業では無かった。 聞いた話では、そういう強化手術を受けたらしい。


 他の人達も目立たないにしろかなりの腕前だった、当たれば死という攻撃をギリギリで回避し、反撃の一撃を加えている。 今の俺達ではあんな戦い方は出来そうもない。 もう見れば見る程自分達の弱さを痛感させられてしまう。 まだこの場に立つのは早かった、それが俺達全員の感想だった。


 戦いは誰一人の犠牲者を出す事なく、大人達の勝利に終わる。 大人達も村へと帰り、俺達もそれに続いて行った。


 村への帰り道。 俺達はその道をトボトボと歩いていた。


「なあ、二人共、俺達ってまだまだ弱いんだな。 俺達だって随分頑張ってたと思ったんだけど、大人達とこんなに差があるとは思わなかったよ。 全然足りないんだな、まだ全然・・・・・」


「・・・・・そうだな、この私も動けそうもなかった。 私ももっと修行しなければならないだろうな」


「僕は、僕達はもっと強くなるよ、この村の誰よりも、この世界中の誰よりもね! だから一緒にがんばろうよ、三人でね。 じゃあ村まで匍匐前進で競争しよう!」


「「それは遠慮しておく」」


 俺達は村に帰って、それぞれに修行を始める事となった。 俺の母ちゃんもそこそこの戦士だ、だから俺は母ちゃんに修行を付けて貰おうと頼み込んだのだが、家の仕事や見回りが忙しいと断られてしまった。 これでは親子の絆を深められないじゃないか。


 しかし母ちゃんが駄目となると、誰に修行を付けてもらうのか悩むところだ。 べノム爺ちゃんの所はリッドが行くだろうし、出来れば他の所にしたい。


 強くて、そこそこ暇で、この村の中で俺に付き合ってくれるような人は・・・・・。 たった一人だけ思い浮かぶ人物がいる。 その人は俺と母ちゃんの知り合いで、俺にも優しくしてくれるおばさんだ。 小さい頃はよく遊んでもらったのだが、何故か最近は中々会う事がなかった。 その人の名前をルルムムと言う。 


 死んでしまった家の祖母ちゃんの知り合いらしいのだが、この人も随分と若く見える。 やっぱりそんな手術をしたんだろうな。


 久しぶりに会いに行き、ルルムムさんに頼み込むと、優しい笑顔で了承してくれた。


 ・・・・・そして俺の修行が始まった。


「レティ、テメェ! この程度も出来ないなんて、舐めてんじゃないわよ! 素振り三万回、今直ぐやれや! 起きろこの野郎! 私のストリー取りやがって、この野郎畜生! 恨むんならお前がアツシに似て来た事を恨むのね、アハハハハハハ!」


「ひいいいい・・・・・」


 何てことでしょう、俺の知らないアツシ爺ちゃんの為に、俺はとんでもないシゴキヲ受ける事となった。 爺ちゃんとの血の繋がりは無い俺だが、何故そうも似て来るのか、まさか俺って爺ちゃんの隠し子なのでは・・・・・その想像はもう止めておこう、それが真実だったら母ちゃんとイチャラブできなくなってしまう。 しかしこのシゴキは俺にとって有難かった。 これで俺は確実に強くなれるだろう。


「レティ、お前サボんじゃないわよ! あと五万回追加するわよコラァ!」


「うひいいいいいいいいいいい・・・・・」


 超スパルタ方式で育てられた俺は、逃げ出す事もさせて貰えず、徹底的に気のすむまでシゴキ抜かれた。 そして一年、俺は十五歳になっていた。 本気で死にかけた事も何度かあったが、俺はもうそのシゴキにも耐えられる技量を手に入れていた。


 そしてこの日、俺の卒業試験、俺とルルムム師匠との一騎打ちが行われる。 何というか俺がシゴキに耐えられる様になって、ルルムム師匠はあまり面白くないらし。


「行くわよレティ、この卒業試験を乗り越えられたら、もしお前が私を倒す事が出来たのなら、お前はこの日に死なないで済むわああああああああああ! 死ぃぬえええええええええええええええええ!」


 俺では持つのさえ難しい鋼鉄の大槌が、本気で容赦なく俺の頭上から振り下ろされた。 とてつもない大槌だというのに、そのスピードは驚異的で、普通の剣を振るのと変わりがなさそうだ。


 ドスンと落ちた大槌を必至で躱した俺だが、反撃の機会など無くまた下から突き上げられた。   


「ぬうおあああああああああッ、コラ師匠、マジで殺そうとしてる訳じゃないでしょうね! 今の本気で危なかったんですよ!」


「フフフ、安心しなさい、例えお前が事故で死んだとしても、シャインは私の手で護ってあげるからああああああああああああッ!」


 本気かこの人、マジで殺しに来ているぞ! もうやらなきゃやられてしまいそうだ! こんな時はどうすれば・・・・・俺のやった事を思い出すんだ!


 素振り十万回! 百万回! 私の気が済むまで一日中振ってろ! 村の中を走りながら永久に素振りしてろ! ・・・・・という記憶しかない。 あれ、俺って素振りしかしてないぞ。 戦い方とか教えてもらった記憶がない! これでどうしろと!


 もう自分で考えるしかない。 考えろ俺、考えるんだ! そ、そうだ、あの槌のリーチはそう長くない、此方の攻撃が届くギリギリで戦えばきっといけるはずだ!


 そう考えていた俺が甘かった、両手で大槌を持っていた師匠は、柄の先端を持って、片腕で横薙ぎに振りきった。 それは俺の腹筋に直撃し、かなりの距離を吹き飛ばされた。


「がはあああああああああ!」


「止めええええええええええええええ!」


 マジでこれで終わるのか? こんな終わり方は絶対嫌だああああああああああああ。 本気で振り下ろされると思った鋼鉄の大槌だが、俺の額に当たる直前にその動きを留めた。


「レティ、ここまでよく耐える事が出来たわね、もう私の教える事はもうないわ。 これからは自分の力で精進すると良いわ。 さあ立ちなさいレティ―、私が起こしてある」


 手を差し出し優しく微笑みかけて来る師匠だが、こんな優しい扱いを受けるなんて絶対オカシイ。 何か企んでいるのだろうと、周りを見渡したのだが、遠くで俺達を見つめていたシャインが、師匠を冷めた目で見ていた。


「さあレティ、優しい師匠と一緒に食事でも食べに行きましょう!」








 俺はどうやら、シャインに助けられたらしい。 



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