一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

28 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 37(END)

 全てが終わった後、ラーシャイン達は行く当ても無く、そのまま旅を続けていた。 そんな旅の途中の野営地。 馬車の中ではラフィール、クスピエ、そしてラーシャインが話し合っていた。


「シャインちゃん、これから如何するんだい? 行く先をキッチリ決めないと、食料も無くなってしまうよ?」


「別に私が決めなくても良いだろ。 この隊には私より考えられる人間がいっぱい居るからな。 それに、私には帰る居場所は無くなってしまったんだ。 今更行く先なんて言えるはずがないだろう」


「だったら私の家に来る? あの家はやたら広いからね、皆が住めるぐらいの部屋はあるわよ?」


 あの町ならば受け入れてくれるだろう。 でも私は。


「悪いが王国の近くには住む気になれないな。 ・・・・・だが、ありがとう、クスピエ」


「じゃあ何処に行くのよ? このままずっと旅なんて出来ないのよ? 夜も安心して眠れない生活なんて、何時までも出来る訳がないわ。 小さな子だって居るんだからね!」


 この隊には私以上に指揮できる人間が数多く居る。 外に居るべノムおじさんもその一人だ。 今更私が指揮する必要も実力もない。


「だから、私が決めなくても良いだろう。 決めたいのならクスピエが決めれば良いさ」


「それは駄目よ、この旅は貴女が始めたものでしょう? 最後まで貴女が決めなさい! 私も付き合ってあげるから!」


「勿論俺も付き合うよ。 きっと隊の皆だって、君の意見なら納得するさ。 だから、決めるんだ」


 行く先もない私に決めろというのか。 面倒な奴等だ。 心配してくれているのは分かっている。 だが、本当に行きたい場所が本当に無いんだ。 私はあの国の町しか知らないんだ。


 こんなにもウジウジと悩むなんて、こんなのは私じゃない。 自分が今冷静でない事はとっくに気づいている。 それでも・・・・・私は、動き出す事さえ出来なくなっていた。


 ・・・・・こんなも私は弱かったのだろうか。 


 何も答えず沈黙する私に、力強い叫び声が聞こえて来る。 この一帯全てに聞こえる様な、そんな叫び声が。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア! アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 今まで鳴き声すら上げなかったあの子の声だ。 そんな必死の声に、私は逃げる様にレティの元に駆け寄った。


 レティは私を見つめて、ただ必至に叫んでいる。 手を握るもそれを振り払い、まるで私に怒っている様だ。


 まさか、この私に動き出せと言ってるのか? 


 赤ん坊に慰められるとは、私はどれだけ駄目な女なんだろうか。 あまりの自分の情けなさに思わず笑ってしまうほどだ。 だがそんなレティ―の声を聞いていると、不思議と勇気が湧いて来る気がする。


 遠くからはもう一つの叫び声が聞こえる。 あれは少し前に生まれた赤ん坊の声か? レティに釣られたのか、それとも、彼女まで私を慰めてくれるのだろうか?


「・・・・・分かった。 私はレティの為にもう少しだけ頑張るよ」


 小さな手を再び握ると、レティは笑い始めている。


「二人共! 私は行き先を決めたぞ! この隊全員で、レティの親を探しに行くぞ!」


「了解!」「勿論よ!」


 二人の返事を受け、この隊全員に目的が告げられた。 そして、馬車は再び動き出して行く。


 結局私には行先を決められず、一つだけ目的が決まっただけだった。 それでも、少しだけ前向きに、次の町へと進んで行った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 王城。 王の寝室。 逃げ帰ったイブレーテが泣き崩れていた。 そんなイブレーテを慰めているのが、彼女の親であり、夫であるメギドだった。 親と言っても血の繋がりは無い。


「私はただ子供の仇を取ろうとしただけなのに、皆が私の言う事を聞いてくれないのです。 わたしがどれだけ苦労してあの子を産んだか、誰も知らないというのに!」


「イブ、お前の気持ちはよく分かる。 だが、王としてそれをするべきでは無かったよ。 それでも、母としては正しい感情だ。 王として、母として、少しばかり歯車が違っただけだよ。 さあイブ、今日はもう休もう。 疲れた体を癒して、また明日頑張ればいいさ」


「ああお父様、私だけのお父様。 例えお母様にだって貴方を渡したくありません。 さあ私に貴方の体を感じさせてください」


「俺はもうお前の父ではない、共に歩む夫婦となったのだ。 子も出来たのだ、もう父と呼ぶのは止めろ。 これからは俺の名を呼ぶんだ、メギド、とな」


「メギド、私のメギド。 もっと強く抱いてくださいませ・・・・・」


「ああ、そうだな・・・・・」


 次の朝、イブレーテが退位の意思を示した。 メギドによる説得の為か、それとも自身の過ちに気づいたからなのか、その真相は分からない。 だがその道を選ばなかったとしても、臣の心を失った王には、長い未来は与えられなかっただろう。


 次の王を迎える為の準備を終え、イブレーテ達親子三人は、王国の外れで一緒に暮らし出したらしい。 誰にも邪魔されずにひっそりと・・・・・。




 そして・・・・・時が進み始める。 イブレーテが退位し、王の候補者が選定された。 指名を受けたのは、ルーキフェート、アンリマイン、シャーイーン、パーズ、マーニャ、ラフィーナの六人だ。


 何れもメギドの子として寵愛を受け、王の候補としての資格を有している。 しかしルーキフェートはそれを辞退し、その兄シャーイーンも同じように辞退を申し入れた。


 残りの四人は一切争うことなく、トランプのカードを引き、それだけで王は決定された。 次の王に選定されたのは、美しくも優しいラヴィ―ナである。


 ラヴィ―ナ女王は平和を望み、民を愛する良き王である。 積極的な外交と貿易により、王国の情勢は安定するかのように思えた。 しかしそんな目論見は露と消え、王国は孤立無援の状態へと変わっていく。


 ブリガンテとの断交、そして今回の帝国との諍い。 各国共に王国を敵と認識し始める。






 そんな状況が長く続き、十四年の時が流れる。 あの赤子は少年となり、この世界に新な風が吹き始めた・・・・・。



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