一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

27 寂しがり屋のフレデリッサという名の短剣と言う物体の王女様。

 成す術もなく倒された俺だが、まだ意識も体もしっかりしている。 俺とてこのままやられっぱなしでいる訳にはいかない。 反撃のチャンスを見極めなければ!


「あらー? もう駄目なのー? もうちょっと頑張ってくれないと、面白くないじゃなーい。 ほらー頑張ってー。」


「いや、もう無理デス。 立ちたいので、ちょっと手を貸してください。」


「しかたないわねー。」


 フレーレの手が差し出される。 この手を掴んで立ち上がるのは容易い。 しかし、しかしだ! これでは俺が叩きのめされただけで、全く良い思いをできていないじゃないか! フレーレからお礼もされてはいない!


 だから俺は差し出された手をスル―して、その奥にあるたわわに実った果実へと手を伸ばした。 ムニュッとした少し固めの感覚。 これはとても良いものだ!


「ひゃん。」


 完全に不意を突いた俺の行動に、小さな喘ぎ声が聞こえて来る。 しかしそれと同時に俺の頭に激しい衝撃がぁぁぁぁ・・・・・。


「ブゲッ!」


 だが俺は死んではいなかった。 最後の力を振り絞り、掴んだ手でもうひと揉み。


「バールのッ、エッチ―!」


 だがそれが俺が出来た最後の行動だった。 頭上に降り注いだ連撃の雨は、俺の意識を刈り取るのに十分なものだった。


「やっぱりバールってエッチなのねー。 次やったら、もう容赦しないわよ!」


 そんな俺が再び目を覚ました時には、フレーレの姿は見当たらなかった。 たぶん一人で先に進んで行ったのだろう。  どれだけ気を失ってたのか分からないが、隊長達もまだ来ていないらしい。 来ていたら俺に声を掛けるはずだし。


 しかしあれだ、普通の人だったら普通に死んでたぞ。 あ、まだクラクラする。 もうちょっと寝ておこう。


「ああ、床が冷たくて気持ちいい。」


 十分に床を堪能した所で、そろそろフレーレを追い掛けるとしようか。


「いよっと。」


 床から跳び起きた俺だが、この部屋の奥に通路が見えた。 あの巨体の蛙の所為で気付かなかったが、もしかしたらフレーレは、彼方の道に行ったのかもしれない。


 どうしよう。 此処に来て初めての分かれ道だ。 よし、少しだけ進んで迷いそうなら、また戻って来るとしよう。


 その道は迷うまでもなく、直ぐに行き止まりにたどり着いた。 そこには今までより立派な扉が閉じられていた。 大きな鎖で封印されているのだが、劣化によりもうボロボロに錆び付いている。 誰か入った形跡は見られない。 フレーレはこっちには来ていないらしい。


「・・・・・ていッ!」


 槍を振り下ろしてみると、その鎖は簡単に崩れ落ちた。 俺がその扉に入ると、そこにはとんでもない量の財宝の山を発見した。 これだけあれば国でも買えそうなレベルだった。


 俺は後を振り返り、状況を確認した。 大丈夫、隊長達の気配はしない! もう今なら取り放題だよ! だが俺も馬鹿じゃない。 財宝なんて抱えて持って居たら、あの教授に確実にバレる。 最悪全部取り上げられる。 この中から選び出すんだ、持ち歩いてもバレなくて、かなり値段がしそうな物を!


 俺はこの部屋の中を駆け巡った。 一気に全てを物色し、丁度よく隠せそうな、一つの短剣を発見した。 鞘は宝石で散りばめられ、鍔等が黄金で出来ている。 剣に錆も見当たらず、このまま使ったとしても十分使えると思う。 これを隠して身に付けていれば、誰にも見つからない筈だ! これにしようと手に取った時、その鞘に何か書かれているのを見つけてしまった。


 ん?・・・・・この短剣を持つ者、試練の間へと導かん。 己の力を尽くし、勝ち取るがいい?


 ・・・・・やっぱり止めよう。 変な事に巻き込まれたら困るし、試練の場なんて行きたくない。 この短剣は諦めて、手頃な金貨で我慢しよう。 俺はその短剣をポイっと投げ捨て、金貨を袋に詰め込んだ。


「おい貴様!」っと、そんな女性の声が聞こえた気がした。 その方向を見ても投げ捨てた短剣ぐらいしか見当たらない。 うん、気のせいだろう。


 金貨を詰め込み終えた俺は、その部屋を出ようとしていた。 だが再びその声が聞こえて来る。


「聞こえているんだろ! こっちを向け、馬鹿男!」


 短剣が喋る訳も無いし、もし本当に喋っても、そんなものに関わり合いに成りたいと思わない。 女性の声だからちょっとだけ気になるが、流石に短剣を口説く趣味は無い。 もう聞かなかった事にしよう。


「金貨だけ持って行くなこの泥棒! こらまてー! 私を置いて行くんじゃない! ちょっと、ほんとに待って、ちょっと待って! 話だけでも聞いて行ってええええええ! 私の体を好きにして良いからああああああああああ!」


 短剣をどう好きにしろと?  如何にも五月蠅すぎるので、俺はほんの少しだけ話しを聞いてみる事にした。


「良く聞け下民、この私こそ第六代ブリガンテ王の娘フレデリッサなり! さあ頭を下げよ、ひれ伏せ、そして私をこの場から連れ出すのだ! さあ下民、私を連れ出せる事を光栄に思うが良い!」


「・・・・・。」


 六代って相当前な気がするんだが? あんまり詳しくないからよく知らない。 この短剣に幽霊か何かが取り付いているのか? 何方にしろ俺には関係のない話だ。 やっぱり聞かなかった事にした方が良いのかもしれない。


「どうした、早くしないか! コラ、返事をしないか!」


「あ、はい。 そうですかフレデリッサ様。 あ、俺下民なんで、触るのも失礼でしたね。 じゃあ俺用事が有るので帰りますね。 じゃあさよならー。」


「ま、待ってえええええええ! これ以上私を一人にしないでえええええ! 謝る、謝るからあああ! だから私を連れて行ってください! ごめんなさい、下民って言ってごめんなさい!  く、靴、靴を舐めさせてください! ペロペロって舐めます、舐めますからああああああああああ!」


「えぇぇぇぇ・・・・・。」


 俺が逃げようとすると激しく動揺している。 短剣がどうやって舐めるって言うんだろう? フレデリッサのあまりの懇願っぷりに、喋らないという条件で、この短剣? を持って行く事にした。


 彼女は昔王国から送られた魔法の短剣を、勝手に持ち出して勝手に遊んでいたら、この短剣の中に閉じ込められたらしい。 そのまま誰にも見つからず何十年も放置され続け、盗賊の手に渡ったり取り返されたりして、この国に戻って来たらしい。 その頃には代も替わっていて、誰も彼女の事は覚えていなかったとか。


 そして死ぬことも出来ず、ただ金貨の数を数え続けて、妄想にふける毎日だとか。


 ・・・・・何というか、自業自得の人生を送っている。


 俺は彼女? を連れて蛙の居た場所へと戻って行った。 蛙の部屋には隊長達が丁度到着している。 倒された蛙と、俺を発見するとあの教授が怒鳴り駆け寄ってきている。


「貴様、これは如何いう事だ! 何故私の前に進んでいるんだ! 先ほども言ったが、この遺跡は私が何年もかけて発見した私の遺跡だ! お前達が勝手に進む事は許さん!」


「いやいや、ワザとじゃなくて、ちょっと道に迷ってしまっただけですから。 ごめんなさーい。」


「それで許されると思っているのか! この私がどれだけ・・・・・。」


「おいエル、ちょっと話が進まないから黙らせてくれ。」


「・・・・・ん。」


「フガッ、フグア、モガ!」


 教授がエルに口を押えられ、モガモガとまだ何か言いたそうにしている。 もう相当時間が経っているし、そろそろエルの力は戻っている頃だ。 教授が頑張っても、そう簡単には振りほどけないと思う。


「んで、お前はフレーレと一緒だと思ったんだが? 何で一人なんだよ。」


「い、いや、ベツニナンデモナインデスヨ。 ただちょっと逸れてしまっただけですから。 それより隊長、俺この先に宝物庫を発見しましたよ! もう凄い財宝の山で、きっと皆ビックリするんじゃないですかね?」


 俺の言葉に反応して、教授が激しく暴れ出している。 これは絶対自分の物だとか言うんだろう。


「ほう、そいつはスゲェ。 んで、お前は何を盗って来たんだ?」


「いえ~、何も取っていませんよ~。」


「スゲェ怪しいが、まあ良いだろう。 じゃあノアさん、その財宝が有ったとして、俺達に分け前は貰えるんだろうな? 此処まで手伝ったんだから当然王国にも分け前が貰えるよなぁ?」


「え~っと確か・・・・・。 自国の領内で出た物に関しては、全部ブリガンテ国の物です。 勝手に持ち出したりしたら処刑ですね。 問答無用で死罪です。 財宝の交渉はマリーヌ様としてもらうとして、バールさんは、本当に持ち出してないですよね?」


「はい、持ち出してないです!」


 俺はノアさんの問いに対し、キッパリと返事をした。 そして教授も何だか大人しくなっている。 もしかして知らなかったんじゃないのか?


「この下民は嘘をついている! この私、第六代ブリガンテ王の娘、フレデリッサが証言してやろう!」






 そう言いだしたのは、フレデリッサという名の短剣だった。 やはりこんな物を持ち出すべきじゃなかった。 捨てて来るべきだった。 そう後悔したところで、もう手遅れだった。



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