一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

15 個人戦決勝。

 大騒ぎだった乱戦が終わり、決勝戦が行われようとしていた。 隊長はアーモンを振りほどき、観客席で応援をしてくれている。 因みにアーモンは徹底的にボロボロにされて、今は会場の飾りの一部にロープで吊るされている。 あれで暫くは大人しくなるだろう。


 俺は舞台上にあがり、ノアさんから何かを手渡された。 掌にすっぽりと収まったそれを見ると、爪楊枝とバッチの様な丸い紙が乗っていた。 これは一体なんだろう? まさかこれで戦えとかは言わないよな?


「・・・・・あの、ノアさん、これは一体なんでしょうか?」


「はい、これは爪楊枝と瓶の蓋です。」


「いや、それは見れば分かります。 で? これを一体どうしろと?」


「それを使って頑張ってください! 俺は応援していますよ!」


 やはりこれで戦えというらしい、しかしこれは、もう武器として成立していない。 相手の攻撃を防げもしないし、ぶっ叩いても折れるだけだろう。 如何頑張った所で、これを刺して相手を倒すのは相当難易度が高い。 超難易度と言っても良いだろう。


 いや、まあこれは一万歩ぐらい譲れば許せるかもしれない。 しかしこの蓋だ。 そもそも持ち方が分からないし、これで何を防げるっていうんだ。 この爪楊枝なら防げるかもしれないが、相手はこんな物を持っていないだろうに。


「あのノアさん。 流石にこんな物じゃ戦えませんって、せめて何方かでも前使った物に変えて貰えませんか? スリコギでも如何かとは思いますが、これは相手に失礼でしょう。 お客さんもそれなりに期待してるでしょうし、如何にか別の物にしてくれませんか?」


「う~ん、そうですか? じゃあこれを使ってみてください。 スリコギを作った時に失敗した物ですが、それよりは強いとおもいますよ?」


 手渡された物は羽ペンぐらいの大きさの、ちょっとだけ太い木の棒だった。 先端は相手を傷つけない様に丸く削られている。 一体何処に気を使ってるのだろう。 これは確かに爪楊枝よりはマシだろうけど、俺にとってスリコギがギリギリのレベルだ。 それ以下となるともう本当に使い様が無い。 いやまあスリコギも十分使えないレベルなんだが・・・・・


「いや、あんまり変わって無いでしょこれ、せめて戦えるぐらいの物にしてくださいよ。 もうそれが無理なら、俺はちゃんと戦ってあげませんからね。」


「う~ん、じゃあ盾は無しってことで良いですか? あと重りも増やしますけど、それで良いでしょうか?」


 まあこんな蓋が無くなった所で、俺は一ミリたりとも不利にならない。 むしろ邪魔な物が無くなってスッキリする位だ。 重りが増えるのは少々大変になるが、小枝で真剣に挑む様な事は避けたい。


「あ、はい。 もうそれで構わないので、是非お願いします。」


「それは良かった、じゃあ皆さん、バールさんに重りをお願いします。」


 ノアさんに呼ばれた皆さんは、数十人規模で重りを運んで来ていた。 それがドンドン組み上げられ、最後には大岩の様な状態にまでなってしまった。 こんな物を付けたりしたら、もう絶対に動き回れないだろう。 その場で棒きれを振り回すしかなくなってしまう。 重りの準備も出来ていたみたいだし、もしかしてノアさんに謀られたのでは?


 俺は片腕を完全に封じられ、もう一方にはスリコギを握らされた。 そして俺の準備が整った所で、相手の選手が入場して来た。 俺がこんなにも大変な思いをしているというのに、相手はのんびりと歩いてやって来ていた。


 男だったら怒りのままにぶっ叩いてやろうと思ったのだが、やって来たのは体中に無数に傷のある女性だった。 出身はブリガンテ国、名前はアリエルとうらしい。 歳は二十五か六か、もしかしたらもう少し上だろうか。 片手で扱える軽い剣を持っている。 例え傷が有ったとしても、だがそれでも俺とすれば十分イケル、これはこれで全然ありだ。 俺ならば宇宙よりも広い心で愛してあげられる。


 それはそうと、少々困った事がある。 戦争や命を狙われているというなら全力もだせるのだが、こんな場で女性を殴りつける趣味はない。 とはいえ負けたら俺の野望も途切れてしまうし、何か理由が欲しい。


 ・・・待てよ、このタイプの女性なら、強い男に魅かれる可能性が高いんじゃないか? この試合で俺に勝てれば、俺に惚れるんじゃないだろうか? それなら俺が戦う理由にもなる。 うむ、それで頭を切り替えよう。


「何をよそ見している! この最初の一撃で終わりにしてやるぞ!」


 あれ? 開始の合図もう鳴ってた? 考え事をしていて全く気付かなかった。 そして俺が気付いた時には、頭上からガンッと剣が振り下ろされていた。


「いッたあああああああああああ! いきなり痛いじゃないですか!」


「真剣で頭をぶった斬られて痛いですむものか! この、化け物めッ! はぁぁぁぁぁぁぁッ!」」


 最初の一撃で、俺の頭にたんこぶが出来てしまった。 それにちょっとだけ頭が切れているらしい、頭から少量の血が流れていた。 そんな俺を見て、彼女が更に攻撃を続けている。 結構早いが対応出来ない程じゃない。 俺はスリコギで剣の腹を叩き、払い、彼女の攻撃をいなした。


「うおっと。 よッ、はっ! こっちもか!」


「貴様! 私をなめているのか! 私と真剣に勝負しろ!」


 真剣に勝負しろというのなら、まずこの武器とか重りとかを外してほしいんだが。 それにこれでも結構頑張ってるつもりだ。 このアリエルさんが、腕の動かせない左側から攻撃して来たら俺にとっては結構辛いものがある。 しかし彼女はそれをして来ない。 それなりに正々堂々と戦いたいのだろう。


「じゃあちょっと賭けをしませんか? 俺が勝ったら、今夜一緒の夜を過ごしませんか? 」


「そんな余裕があると言いたいのか! 良いだろう、そんな状態で私に勝つ事が出来たなら、今夜だけと言わずに一生付き合ってやるよ! この私に勝つ事が出来たならな!」


「う~ん、一生はちょっと重いので、一ヶ月ぐらいでおねがいします。 その代わりその間は全力で愛しますから。」


 何だか俺達の会話を聞いてい会場がザワザワしている。


「おい、あの男ゲスいぞ。 折角一生付き合ってくれると言ってるのに、一ヶ月で捨てる気満々だぞ。 俺だったらそのまま嫁にしちまうのによ。 なんて勿体無いんだ。」


「あのアリエルって娘も可哀想に、魔族に勝つ可能性なんて少ないっていうのに。 あんな約束したらお持ち帰りされちゃうじゃないか。」


 魔族というのは俺の事だ。 キメラ化の手術を受けた俺達の事をそう呼ぶ者がいる事は知っている。 でも俺はまだ人間のつもりなので別に大した思想とかも持っている訳じゃない。


「待ってくれ、彼奴は確か手が伸びただろ、まさかアレも伸びるんじゃないのか?!」


「あれってまさかチン・・・・・。」


 凄く勝手な事を言われている。 俺のあそこが伸びるかって? そんな事は・・・・・試した事がないな、もしかしたら出来るんじゃ? それはそれで色々使えるかもしれない、後で試して見よう。 この女性に勝って今夜にでも。 おっと、試合に集中しなければ。


「どおりゃああああああああああああああ!」


 ガ ガ ガ ガンッ!


 上段からの振り下ろし、そこから上に跳ね上がって、横薙ぎから柄の打ち付け。 実際決勝にまで来ているし、これを流れる様にやれる彼女は、対人戦でも相当な部類なのだろう。 しかし俺の防御を崩すにはまだ足りない。 絶対的に力が足りない。 防御を切崩す為の力が足りていない。 彼女が準決勝に戦った男と同じぐらいの力だったなら、結果は変わっていただろう。 まあ相性というものだろう。


 さて、そろそろ此方も反撃しようと思う。 次の連撃が途切れたら、一気に決めるとしよう。 此方の動きを察したのか、彼女も最後の大技に出た。 剣を鞘に収め、剣を握ってにじり寄って来ている。 そしてその攻撃範囲に捉えると、納めていた剣を解き放った。 彼女の肘から先が掻き消えた。


「これで決めるッ、フラッシュブレェェェぇぇド!」


「うッ、はや・・・・・。」 


 ザシュンッ! と剣線が通り過ぎた。 俺は彼女をなめていたらしい。 この一撃だけなら隊長よりも速いかもしれない。 防御が間に合わず、俺の胸に赤い筋が現れた。 しかし剣を振り切った彼女は、ほんの一瞬の硬直を見せた。


「そこだあああああああ!」


 俺は腕を伸ばし、彼女の腹へと押し当てると、そのまま進み、場外へと押し込んで行く。 もう足が触れるか触れないかのギリギリの時。 彼女は俺の腕を足場にして、俺へと一気に詰め寄った。


 腕が伸びたままで両腕が使えなくなった俺は、何も出来ずに彼女の連撃を浴び続けてしまった。 力が無いとは言え、傷付いた胸を狙われ続け、あまりの大量出血により試合が中断されてしまった。 動こうと思えば動けるが、もう無理はしないでおこう。


 俺は救護班に治療を受け、そして試合の結果、彼女の負けが判定された。 場外に行った時に、足が地面に触れたのを審判が見ていたそうだ。


 本当なら盛大に祝われる所なのだが、安静の為に病院へと運ばれ、今日は安静にしていろと医者に言われた。 そしてその夜、負けたアリエスが俺の病室へとやって来た。 俺との約束を覚えていてくれたらしい。


「アリエスさん、約束、覚えていてくれたんだね。 じゃあ今夜は二人で楽しもうじゃないか。 大丈夫、俺はちゃんと優しくするよ。」


「ああ、約束を果たしに来た。 一緒の夜を過ごそうじゃないか。」


 やった! 少々強引だったとはいえ、彼女は約束を守ってくれたぞ! 本当に嫌なら逃げれば良い筈なのに、此処にやって来たとなると、これは合意とみて良いだろう!


「大丈夫、俺は貴女の全てを受け止めますよ。 体の傷だろうと心の傷だろうと、全部ひっくるめて愛します! じゃあ早速こっちへ来てください。」


 彼女が一歩一歩踏みしめて此方に向かって来ている。 何故か剣を抜いて。


「さあ、一緒に夜を過ごそうじゃないか。 血みどろのブラッディ―ナイトを! うりゃああああああああああ!」


「違う違う、そうじゃなくて、そういう事じゃなくて! ちょっと待って! ぎゃああああああああああ・・・・・。」






 俺は彼女と二人で、ものっすごく長い夜を一緒に過ごした。 ついでに病院から壊した物の請求書も渡された。



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