一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 33

「おお! あの人も助かったぞ! 奇跡だ、奇跡が起きたんだ!」


「天使様が降臨なされた! まさかあの方が勇者なのでは?!」


「可愛らしい、あれが天使様。 抱きしめたい・・・・・」


 若干おかしな声も聞こえるが、地上に降りた私は、この場に居た全員からの歓声を受けていた。 先に地面に降りていたバ―ルおじさんは、私の元に駆け寄って心配している。


「大丈夫かシャインちゃん! 体は平気か?!」


「怪我はしていない。 それとも何処か怪我でもしている様に見えるか?」


「いや充分見えるでしょうが。 あんた体中傷だらけじゃないの。 強がりはよして、治療を受けときなさい」


「そうだね、出来るんなら出来る内にしておいた方が良い。 むしろ此処からが本番だろうし・・・・・」


 自分の体を見ると、所々切り傷や打撲の跡が残っている。 興奮して気づいていなかったらしい。 私はそれを受け入れて、帝国兵からの治療を受けた。


 幸いにも回復魔法の使い手が居て、私達は完全に傷を癒された。 それから私達は帝国の隊長さんに別れを告げた。


「隊長さん助かった。 もう少し喜んでいたい所だが、私達は急いで向かわなければならないとならないんだ。 では失礼するぞ」


「待ちなさい。 この戦いでは死傷者も出ている。 別に君達を攻めるつもりは無いのだが、この場去る前に、今回の事の説明をしてもらわないと困るんだが」


 あの王の怒りが収まらなければ、これから王国が攻めて来ると言った方が良いのだろうか? そしたらどうなる? 両軍入り乱れ絵の戦闘が行われて、地獄絵図にでもなるだろうか?


 ・・・・・いや、そうはならないな。 王国の人達は一対一よりも、むしろ大規模戦闘こそが力を発揮する者が多い。 殲滅戦においては王国の力は圧倒的だ。


 しかし私達の説得が通じなければ、無防備な帝国が無くなってしまうかもしれない。


「分かった。 だが大事な話がだ、少し場所を変えたい」


「むっ? 良かろう」


 私は簡潔に用件を伝えると、後の判断はこの隊長に全て任せた。 隊長はその話を聞くと、動揺して驚いている。


「何だと! それは、いやしかし・・・・・」


「悪いが隊長さん、此処で考えている時間が惜しい。 私達はもう行くから、後は任せた」


「待て! そんな事を俺に言われても困る! 待ってくれ・・・・・」


 隊長さんは返事に困っていたが、私達はその返事を待たずに仲間達との合流を優先した。 馬車に到着した私達は、急いで王国方面へと向かって行った。


「で? あのイブレーテ王がそう簡単に自分の考えを曲げると思えないんだが。 あの娘は昔からそうとう頑固な所があったからな。 バール、お前は如何思うよ?」


「無理じゃないか? 俺なんてちょっと噂流した程度で牢屋にぶち込まれたし。 イブレーテ様を止めるのは難しいんじゃないかな。 あの隊長さんに任せて、俺達も逃げた方が良いと思うんだ」


「・・・・・おじさんは帝国の人達を見捨てられるのか? 敵の首魁はいなくなり、もう殆どが罪の無い人しか残っていないんだぞ? それを見殺しにするのか?」


「そうよ! それは正義じゃないわ! 幾ら自分の子供が危険な目に遭ったって言っても、国を攻めるなんておかしいもの! 絶対に止めるべきだわ!」


「でもなぁ、人間出来る事と出来ない事があるし、これは出来ない事だと思うんだよね。 王に意見するとか、最悪反逆者として皆殺しにされるかもよ? ラフィール、お前は降りても構わんぞ、お前は王国の人間じゃないからな」


「いえ、僕も最後まで付き合いますよ。 キーちゃんが居れば、全員で逃げるのも容易でしょう」


 私はレティを見ると、今は静かに眠っているらしい。 この子はどうなるだろうか? 今更この子の価値は無いも等しい。 いくら赤子とはいえ、反逆者として殺されるのは確実か・・・・・。


 この子を引き渡して私達だけが生き残るのか? そんな事は私には出来ない。


「此処から先は・・・・・私一人で行こう。 他の皆はレティ―を連れて避難しておいてくれ」


「「「「はぁ!」」」」


「ばっかじゃないの! 一人で行ってどうにかなる訳ないでしょう!」


「そうだぞシャイン! お前一人で行かせる訳が無いだろう! 一人で行かせるならバールを送り込むわ!」


「はぁ? 行くならお前が行けよアツシ! 面識もあるし、もしかしたら許してくれるかもしれないぞ?!」


「嫌だね! なぁシャイン、止めとこうぜ。 それはお前にはまだ早いって。 此処はさぁ、俺達に任せとけよ」


「クスピエちゃん、俺怖いよー。 死んじゃうかもしれないんだぜー」


「ぎゃああああああ、くっ付くな駄目おやじ! 何処を触って・・・・・」


 クスピエの声が聞こえなくなり、私は不意に其方を見た。 クスピエは床に倒れて眠っている。 やったのはおじさんか?!


「シャイン、まああれだ。 俺もお前の親だからな。 親よりも先に死なせる様な事をさせる訳にはいかないんだなぁこれが。 だからちょっと眠っていてくれよ。 起きた時には、もう終わってると思うからさ」


「何をッ・・・・・」


 私はそこで意識を奪われた・・・・・。 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「聞いてるんだろラフィール。 もうちょっとしたらシャイン達を連れて逃げてくれないか? 馬車を扱えるお前にしか頼めないんだよ。 良いだろ?」


「・・・・・本当にそれで良いんですか? 話しを聞いた限り、本当に死ぬかもしれないんでしょう?」


「まあそうなんだけどな。 でもなぁ、これは自分の娘にさせるには少々荷が重いと思ってな。 万が一のこともあるし、絶対死なせたくないんだよな。 帝国全員の死を背負わせる訳にもいかないし、もう大人の俺が行くしかないじゃん? まあ簡単に許してくれるかもしれないし、そう心配する事もないぜ。 バール、お前も逃げて良いんだぜ」


「はぁ、何言ってるんだアツシ? そんなの行くに決まってるだろうが! 俺こそ王国の伝令役のバール様だぞ! こんなおいしい仕事人を、お前一人に任せられるかよ!」


「もう解任されてるじゃん」


「煩いな!」


「・・・・・分かりました、お二人共、ご武運を」


「「おうよ!」」






 アツシ達が馬車を降り、この先にいるであろう王国軍へと向かって行った。



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