一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

28 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 30

 鉄の矢が刺さった球体の魔物から、馬車でドンドンと距離を取って行く。 私は荷台からその光景を見続けていた。


 敵の動きは無い。 もう完全に死んだのかもしれないが、まだ死んだと決まった訳ではない。 しかし、もうそろそろ見えなくなりそうだ。 まだ何か有れば帝国の者に任せれば良い、そう思っていたのだが、私の予想は外れた。


 黒色の球体はブルブルと震えて、その内側から新たな魔物が誕生した。 全身がグレープの様な色をした、悪魔と言われても納得してしまう様な外見だった。 形は人に近いのだが、頭には牛の角、背中からは翼が生えて、顔というものが存在していない。 その顔無しが、此方に飛んで向かって来ている。


「敵はまだ死んでいないぞ。 全員戦闘体勢維持だ!」


「おわ! マジか、変身してるぞ彼奴。 良し、撃ち落としてやれシャイン!」


「言われなくても、今準備している。 親父も弓で攻撃しろ!」


「おう、俺に任せろ!」


「シャイン待って。 相手が飛ぶのなら、私が相手しましょうか。 私なら直接攻撃出来るわよ」


 クスピエを相手にぶつける前に、遠距離から矢を放ちながら、相手の力を見極める事にした。


「いや、このまま遠距離攻撃で行く。 クスピエは準備をして待っていてくれ。 相手の状況によれば、直ぐ出て貰う事になる」


「了解。 私は少し休むから、必要になったら声を掛けて。 直ぐに出るから」


 そう言って彼女は荷台で目を閉じている。 準備と言われて、休みを優先させるのか。 あの球体と直接戦っていたのは彼女だけだ、あの屋敷での戦闘もキツイものだった。 もうかなりの疲労がたまっていたのだろう。 あまり無理をさせるのも不味いな。 出来る限り戦闘を引き延ばさないと。


「ああ、充分休んでくれ。 私達が敵の相手をしておく」


 射撃を始めた私達だが、相手は空中を飛び回って、その矢弾を躱していってる。 今までより随分と速い。 今度は簡単には当ってくれないらしい。 このままただ続けても、当たりそうもない。


 「駄目だ、速すぎて当たんね。 もう少し引き付けないと無理だぞこれ。 おいバール、お前も見てないで手伝ってくれ」


「俺弓とか使えないから無理だって。 もっと近くに来たらぶっさしてやれるんだけどな」


「使えねー。 おいシャイン、こいつ置いて行こうぜ」


「そうだな。 この戦いが終わったら親父を置いて行こう」


「えええッ! 何で!」


 親父の提案を却下し、私はこの次の行動を考えた。 クスピエはもう少し休ませておきたいし、ラフィールにはこの馬車を扱ってもらわないと困る。 おじさんは弓を使えない。 現状私と親父しか攻撃手段がない。 射撃二つで何処まで行けるか・・・・・。


「親父は敵の進行方向を狙え、私は避けた先を狙ってみる。 さあ行くぞ!」


「おっしゃー!」


 親父の腕はそう大したものでは無かったが、何発かは狙った場所へと飛んで行ってる。 だがそのランダムに飛ぶその矢が、逆に良かった。 相手に矢が突き刺さる事は無かったが、避ける事に集中して、進行速度が少し落ちている。 時間稼ぎとしては十分だ。


 そのまま射撃を続けて五分。 そろそろ顔無しとの距離が近づいて来ている。 五分では十分な休息は取れていないだろうが、私はクスピエに声を掛けた。


「クスピエそろそろ出番だ。 奴との戦いを頼む!」


 私の言葉に反応して、クスピエはパチっと目を開いた。 槍を掴み、パッと敵の姿を捉えた。


「後は私がやっとくわ! もうあんた達の出番は無いから。 さあいっくわよおおおおおおおおおお!」


 クスピエが空へと飛び立ち、顔無しとの戦いが始まった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 飛び出したクスピエは、槍を垂直に構えて、顔無しへと真っ直ぐに突き進んで行った。 速度としては、シャイン達の矢に勝るとも劣らない。 そんなスピードをもってしても、顔無しには攻撃を躱されてしまった。 顔無しからはクケケケと、何処から出しているのか分からない鳴き声が聞こえて来る。 


 こんな魔物に笑われるのは、正直とても気分が良くない。 怒りで血が昇らない様に、私はほっぺをパンと叩き、少し冷静さを取り戻した。


 直進的な攻撃では躱されてします。 もっと鋭く速く、細かく連続で攻撃しないと! 私は攻撃の隙を窺う為に、相手の周りを飛び続ける。


 敵の背後。 顔無しは全く動きを見せない。 私はまず制空権を奪う為、相手の翼を狙って槍を振るった。


「ッ!!」


 ザクっとした感覚と共に、私の左肩と背後の翼に傷が付く。 攻撃手段はないと勝手に思っていた私は、後頭部から伸ばされた槍の様な物に対処が出来なかった。 顔を狙われたのを咄嗟に避ける事は出来たが、肩からは多量の血が流れている。


 天使としての私は、翼を羽ばたかせて飛んでいるわけでは無い。 飛ぶのには支障はないけど、痛いものは痛い。 ここで逃げ帰っても良いのだが、馬鹿なおじさん達に笑われるのだけは許せない。


 私は痛みを我慢しながら、今度は正面から攻撃を仕掛けた。


「いやあああああああああああああああああああああッ!」


 ヒュ ピュン キュルル


 細かな攻撃は、相手の反撃を許さない。 突き、薙ぎ、石突を使った変則的な攻撃まで。 攻撃は当っている。 当たっているのだが、相手は表情が無く、反応すら見せない。 これではダメージがあるのかどうかすら分からない。


 クキキキキキっと笑いだす顔無しに、それでも攻撃を続けた私だが、次の攻撃が痛みにより一拍遅れてしまった。 上段からの振り下ろしは、相手の手に持った武器によって防がれてしまった。


 今まで何も持って居なかったのに、両手で握られているのは私と同じ種類の槍だった。


 今まで斬り裂けていた体よりも硬い。 体中をこの硬さにしてしまえば良いと思うのだが、そうは出来ないのだろう。 そして私の槍では敵の攻撃を受け止める事は無理だろう。 それでも負けられない。 例え怪我をしていたとしても、同じ槍を使うなんて、私への挑戦としか見えない。 この戦いは絶対に負けられない!


 クケコクケコクケコクケコ


 槍を使った相手の攻撃は、大したものでは無かった。 鋭さも、力強さも感じられない。 ダメージを与えられないと、完全になめ切っている。 私は敵の攻撃の隙を突き、相手の頭や腕、足、心臓がありそうな胸にまで攻撃を命中させているが、突き刺さった穴は瞬時に塞がって元に戻っていく。


 このままでは埒が明かない。 何処かに弱点があると思うのだけど、この顔無しの体の一体何処に?


 何処だ? 何処だ? 何処だ? 何処だ?


 攻撃をしながら考える私だが、段々私の当てる攻撃回数が減って行ってる。 少しずつ相手の攻撃が鋭さを増して行ってるのが分かった。 相手が槍の扱いに慣れて来ているのだろう。


 自分の傷の痛みは増して、相手の強さが上がって行ってる。 このまま長引かせるのは不味い。 私は最後の勝負に出る為に、必殺の魔法を唱え始めた。


「天上の光よ、我が槍に集いたまえ・・・・・。  アーク・ザ・ランス!」


 私の槍の先に光の力が集まって行く。 その光はやがて硬度を持ち、槍の柄と同じ長さの刃が現れた。 刃は三本、魔力の刃を纏わせた極大サイズの槍だった。 そしてその重さは今までつかっていた槍と全く変わらない。  


「何処が弱点か分からないのなら、全部ぶった斬れば良いのよ! うりゃあああああああああああああああああ!」


 一つ。 相手の右腕を斬り裂く。


 二つ。 相手の足首を両断す。 


 三つ。 右の翼を斬り裂き。


 四つ。 相手の胴を二つに分けた。


 五つ目。 止めとばかりに振るった斬撃は、相手の肩口からバッサリと斬り裂いた。


 それでも浮き続けている左腕と頭を、三つの刃をもって斬り伏せた。 地面には斬り落とした物体が蠢いている。


 この魔法、実は少々難がある。 私の魔力全てを食い尽くし、それでもまだ足りないのだ。 限界を超え始めた私は、少しずつ意識を失った。


「もうこれで死ななきゃ如何しようもないわね・・・・・」






 魔力と体力を失った私は、空から地上へと落下していった。



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