一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

25 理由不明の記憶欠如。

 べノムさんが仕事から戻って来て、私は相談を始めた。


「実は・・・・・。」


「何だと、あの馬鹿が戻って来たって言うのか! レイン、本当だろうな?! 冗談じゃないんだよな?!」


「はい、間違いありません。 店先にまで来ていましたから。 それで如何しましょう、またあんな日が続くと思うと、私、もう気が狂ってしまいそうで・・・・・。 それでべノムさんに、また何とかして欲しいんです!」


「俺だって今の生活を捨てる気はねぇ。 少々手間だが、もう一度捨てに行くしかねぇな。 安心しろ、今度は絶対戻って来れない場所に捨てて来てやるぜ!」


「是非お願いします!」


「え~、可哀想じゃないの、ちょっとぐらい付き合ってあげれば良いじゃないの。 ね~マッド。」


「絶対嫌だ!」「絶対嫌です!」


 私はべノムさんの家で待ったのだが、彼は一向にやって来る事は無かった。 来ないのは嬉しいのだけど、此処に来ないという事は、私一人に絞ったのだろうか? それはとても困る。 そうなったらべノムさんは手伝ってくれないだろうし、私一人で今後の対策をしなければならない。


 また戻って来る可能性もあるし、アーモンの気持ちを如何にかべノムさんに戻さなければ。 物凄く会いたくないけど、もう一度会う必要がありそうだ。 私は家に帰って、接触して来る時を待ち続けたが、彼の存在を忘れる程に、全く現れる事がなかった。


 そして一か月後。 平和に暮らしていた私の前に、アーモンが現れた。 ただ、少し様子がおかしい。 体中がボロボロで、凄くゲッソリしている。 今にも倒れるかもしれない。 彼は私の前までやって来て、売り物のパンを要求して来た。


「ううう・・・・・そこの人、何か食べ物を恵んでください。 お腹が減って倒れそうなんです・・・・・。」


 こんな店先で倒れられたら困る。 私は仕方なく、持っていた金と引き換えに、店のパンを売る事にした。 少し足りなかったけど、まあ大目に見ることにした。


「ありがとう。 えっと・・・・・パン屋の娘さん、おかげで空腹が凌げたよ。 本当にありがとう。」


 何故か違和感があった。 私の名前を呼ばないのもおかしいし、デートに誘って来る事もしない。 まるで普通の人の様だ。 とてもオカシイ。 何かの作戦なのだろうか? 私が少し警戒していると、彼が私に質問して来た。


「あの・・・・・。 つかぬ事を伺いますが、もしかして、俺の事をご存知無いでしょうか? 実は記憶がまるで無くて、とても困っていたんです。 何か俺の事を知っているなら、是非教えてもらえませんか? ・・・・・うっ、何故か尻が痛い。」


 聞いた事がある。 これは記憶喪失というものなのだろうか? ・・・・・でも、これは本当だろうか? 凄く疑わしい。 でもこれがもし本当ならば、私にとって凄いチャンスだ。 もしかしたら不幸な私に、神様が願いを聞いてくれたのかもしれない。 ありがとう神様。


「あの~、本当に自分の名前も分からないんですか? 貴方の恋人の事も忘れてしまったんですか?」


「えッ? まさか貴女が?! もしかして運命だったりします?!」


「いえ違います、貴方はアーモンと言う名前で、あっちの方にあるべノムさんと付き合っていたんdねすよ! きっとあの人も待っている筈です。 アーモンさん、さあ行って来てください! あ、私の事は喋らないでくださいね。 言いふらされると恥ずかしいですから。」


「ありがとうパン屋のお姉さん。 俺早速行って来ますね!」


「行ってらっしゃい。 二人でお幸せに~。 もう来ないでくださいね~。」


 私は走り去るアーモンに手を振り、後ろ姿を見送った。 これでべノムさんの方に気が向いてくれれば良いのだけど、そう上手く行かないだろう。 今の時間べノムさんが居るとも限らないし。


 三十分もしない内に、彼はこの場所へと戻って来ていた。 どうもかなり慌てている。


「パン屋さんすいません。 もう一度聞きたいんですけど、本当にべノムって人と俺が付き合っていたんでしょうか?! 本人には会えなかったけど、その姿絵を見せて貰いました。 でもなんというかその人、完全に男じゃないですか! 俺が男の人と付き合ってたって言うんですか?! いやそれよりも、あの人、妻も子供も居るじゃないですか! どう考えても違うでしょう! うッ、また尻が痛み出した。」


「貴方は覚えていないかもしれませんが、本当に付き合っていたんです! 間違いありません! ほら、そこの道行く人に聞いてみてください。 本当か如何か分かりますから!」


 私に指さされた人が驚いている。 あんまり知らない人だけど、この辺りの人なら噂ぐらいは聞いた筈だ。 さあ私が欲しい答えを言ってください! 私の事を言ったら許しません!


「べノムとこの男が付き合ってたかだって? ・・・・・おう、間違いないぜ。 べノムと完璧に付き合ってたぞ。 べノムの親友のこの俺が言うんだから絶対間違いない。 じゃあ俺は人を待たせてるからもう行くぜ。 うおーいストリー、待たせたな・・・・・。」


 その通りすがりの男が去って行った。 アーモンは自分がどんな人物だったのかと、地面に手を突いてしまっていた。 この反応を見ると、どうも本当に記憶を失っているらしい。 私は少し考えた、このまま記憶が戻らなかったら、真人間に戻せるんじゃないかと。 これはもう一度べノムさんに相談するべきだ。


 私はべノムさんに相談するべく、お父さんと店の番を代わり、べノムさんの家へこの男を連れて行った。 ロッテさんには快く受け入れてもらい、私達はべノムさんが帰って来るのを待った。


 べノムさんが帰って来ると、家の中に上がり込んでいるアーモンを見て、凄く驚いていた。


「ただいむおわああああああああああ! 何で此処にいるんだ馬鹿野郎! まさかテメェ、ロッテまで毒牙に掛けようって言うんじゃないだろうな! ぶっ殺してやるぞコラァ!」


「べノムさん落ち着いてください、実はまたご相談があるんです。 この人どうやら記憶喪失らしいんですよ。


「はあああああああああ? 記憶喪失うううううううううう? 冗談は止めてくれ。 その変態がそんな簡単に記憶を失ったりするかよ! さあ帰れ帰れ!」


「待ってくださいべノムさん、本当に記憶を失ってるんです。 それでですね・・・・・。」


 私はべノムさんに耳打ちして、アーモンの真人間構成の意思を伝えた。


(私、このチャンスに真人間に戻せるんじゃないかと思ってるんです。 もし出来たとしたら、もう無駄に気を張る必要もないんですよ? 魅力的だと思いませんか?)


(確かに、それが本当に出来れば魅力的ではあるが、それ本当に出来るのかぁ? 此奴はただの変態じゃないんだぞ! 罵倒されては喜び、殴られては喜び、男に手を出そうとして、女にも手を出すクズだぞ。 更生なんて出来るのかよ。)


(大丈夫です、私に考えがあります。 作戦は私に任せといてください。 だから今は、この身よりの無い男を、この家に置いてあげてください。 じゃあ私は帰りますから、さよなら。)


「お邪魔しましたあああああああああああああ!」


「待てコラアアアアアアアアアアアアアア!」






 帰る途中に追いつかれて、べノムさんと少々口論になったけど、まあ無事に家に帰った。



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