一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

20 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 28

 無数の腕を生やし、あの黒い球体が馬車を追い掛けて来ている。 相手は此方より早いのだが、その巨体故に小回りが利かず、何とか逃げ続ける事が出来ている。 しかしこのまま逃げ続けていても、馬の体力が無くなってはどうにもならない。


「おじさん、幾らおじさんが頑丈でも、あんなのに惹かれたら死ぬからな。 絶対逃げ切ってくれよ」


「任せろ。 ある程度荒っぽくなるから、しっかり摑まってるんだぞ! そら、ハイヤ!」


 おじさんが馬に鞭を入れて、強引に走らせている。 馬にしても、あんな物に追いかけられては、全力で逃げるしかないだろう。


「兎に角、今出来る事をするしかない。 クスピエは空から攻撃を。 私は此処から攻撃を仕掛ける」


「おっけー。 じゃあ行って来るわ!」


 クスピエが馬車から飛び出そうと、動き出すが、それをラフィールが止めた。 何か考えでもあるのだろうか?


「ちょっと待ってくれクスピエちゃん。 俺の乗って来たキーちゃんなら、この馬より早く走れる。 先に俺を此処から降ろしてくれないか? 直ぐにキーちゃんを連れて戻って来るから」


「ん、分かった。 でも着地させる事ぐらいしか出来ないから、後は自分で逃げてよね」


「うん、直ぐに戻って来るからね。 皆、それまで踏ん張ってくれ」


 今度こそはと二人が動き出したが、今度は親父がそれを邪魔をした。


「おい待て。 まさかお前、俺の大事なシャインちゃんを置いて、自分一人で逃げる気じゃないだろうな? 俺達が死んだら、絶対化けて出て来てやるからな!」


「えええ?! 俺はそんな事をしませんよ。 この俺を信じてください!」


「ぽっと出の新人を、この俺が信じるとでも思っているのか! 俺のシャインちゃんを置いて逃げぐっほおおおおおおおおおおおッ」


「こんな時に煩い! 親父はちょっと黙ってろ! この馬鹿が起きる前にさっさと行って来い」


「ああ、行って来るよ」


「私はアイツを刻んで来るわ!」


 無駄に煩い親父を黙らせ、私は二人が降りて行くのを見送った。 どうやら無事に着地して、逃げられた様だ。


 この馬鹿は直ぐに復活する。 放っておいても良いだろう。 私は馬車にある予備の矢を集め、後方からそれを放ち始めた。


「何時までも寝てるな親父。 さっさと次の矢を寄越せ!」


「応、任せろ!」


 馬車に積んであるありったけの矢を放っているのだが、相手に効果が有るのか分からない。 大きな体故に、殆どが命中しているのだが、全く怯んでいる様子が見られない。


「次だ!」


「よっしゃー!」


 矢はドンドン無くなって、もう半数を切っている。 このままでは駄目だ。 このまま全て命中させたとしても、勝ち目はなさそうだ。 だったら火矢でも試して見るか?


「親父、油を持ってこい」


「任せろシャイン。 直ぐにお父さんが持って来てやるぞ!」


 親父が松明用の油瓶を持って来た。 そしてまた私の指示を待っている。 まるで忠犬の様だ。 私としては、全然可愛くないのだが。


「よし親父、服を脱げ」


「え? お父さんの服を脱がせて、一体なにをする積もりなんだ! 俺としては一向に構わんぞ!」


「煩い。 良いから黙って脱げ!」


 親父は服を全部脱ぎ捨て、下着までも脱ぎ捨てている。 汚いものが丸見えだが、まあ良い。 材料が多い程作れる矢は多くなる。 下着は自分の手で切り裂いてもらおう。 私は親父の服を矢の先端に巻き付け、油を含ませていった。


「あああああ! お父さんの服がああああああ!」


「その汚物は自分で裂けよ」


 矢をある程度作り終えると、後は親父に任せて、なるべく地面に触れない場所へと、その矢を放ち始めた。 突き刺さった火矢は、他の矢を燃やして、少しずつ巨大になって行っている。 相手の体を焼焦がし、ているのだが、その体が巨大すぎる。 この程度では全然足りない。


 上空で攻撃を続けているクスピエだが、そちらも効果が薄い。 もう私の切り札である、矢を使うしかないだろう。 それでもこの巨体に、どれ程の効果があるのか。 やってみるしか分からない。


 相手の弱点は分からない。 今頭が何処なのかも、私には想像がつかない。 だったら、一番効果的な場所を狙うしかない。 あの体の中で、一番効果がありそうな場所は・・・・・。


 あそこだ。 まだ火が付いていて、焼けただれている個所。 あの場所を狙おう! 私はその矢弾をセットし、狙いを定めた。


 今だ! クロスボウの引き金を絞り、それが発射された。 バヒュウと風を切って、その矢が飛んで行く。


 狙いの場所へと突き刺さり、ドゴオオオオオオオオオオン!!っと刺さった矢が爆発した。 敵の一部が爆発四散していく。 相手の体には、その爆発により窪みが出来ている。


 体のサイズに比べれば、そう大きなものではないが、それでも体に穴が開けば、痛みを感じるはずだ。 私はもう一度同じ矢をセットして、同じ個所へともう一度打ち込んだ。 


 ドゴオオオオオオオオオオン!!と窪んだ箇所が更に抉れると、黒い球体の体から、黒い液体が飛び散った。 この二発で、どれ程の生活が出来ただろうか。 私は三発目をセットして、放った。


 その三発目が当たると、球体の動きに変化が現れた。 体を反転させ傷を隠すと、そのまま私達の方向へと転がり始めた。 丁度死角になって、馬車からでは、先ほどの箇所を狙う事が出来ない。


「クスピエ、穴の開いた場所を狙え!」


「任せなさい!」


 こちらはもう一度初めからか!! こんな高い矢を、何本も使わせるなと言いたい。 もう一度狙いを変えて、一発ずつその矢を撃ち込み。 最後の一発。 これで倒せなければ今の私達にはもう手が無い。


 しかし、これで倒せるかと言えば、可能性は薄い。 少しだけ惜しみながら、最後の矢を放った。 ドゴオオオオオオオオオオン!!と爆発が起こり、先ほどより大きな窪みが出来ている。


「シャインちゃん、そろそろ馬が限界だ! 俺が引き付けるから、二人は逃げろ!」


「おし、行くぞシャイン。 バールなら大丈夫だ、脱出するぞ」


「それは無理だな。 彼奴は私を狙っている。 逃げた所で、私の方を追って来るだろう。 逃げるならおじさんが逃げてくれ」


「だったら最後まで付き合ってやるさ。 女と一緒に死ねるなんて、俺の人生としちゃあ上等だ。 だけどまだ死ぬ積もりは無いぜ。 あの窪みの中に丁度入れば潰される事はない。 タイミングを合わせて、馬車から飛び降りるぞ」


 少しずつ馬車の速度が落ちている。 後は運を天に任せる。 おじさんが、馬から手を放して荷台の方に来ている。 私はレティ―を抱き上げ、タイミングを合わせて、一斉に馬車から飛び降りた。


「「「行くぞ、うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ・・・・・。 私達の頭上へと敵の体が落ちて来る。 今まで乗っていた馬車は潰れ。 馬は無残な姿となっている。






 ・・・・・辺りが真っ暗になった。 痛みは・・・・・無い! 暗闇が開けて、光が溢れる。 私達は、このまま敵の後方へと走り出した。



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