一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

16 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 27

 ドライン・レーゼシュルトが居た部屋。 あれから、かなりの時間が経っている。  期待はしていなかったが、私はその部屋を見に行っていた。


 窓の外を見ながら、ゆったりとお茶を楽しんでいる男が居た。


「もう居なくなってると、思っていたんだがな。 それに・・・・・」


 ドラインの後ろには、テーブルの上で、胸を貫かれている女が死んでいる。 その女は、ドラインの妻だった女だ。 自分の妻を殺したんだろうか?


「そいつはお前の妻じゃなかったのか? 何故殺したんだ?」


「・・・・・そうだね、確かに私の妻だったよ。 一度たりとも愛してはいないがね。 私はただ、彼女を利用しただけだよ。 このくだらない組織を潰す為にね。 それよりも、此処に来たのは君一人なのか? 仲間を犠牲にして此処まで来たのだろう? 君一人が如何頑張った所で、この私には勝てないと言うのに。 本当に残念な事だな」


 私一人だと不足だと言うんだろうか? ドラインは、余程自信があるらしい。 何か策でもあるのだろうか? ・・・・・仲間達が来るまで、時間を稼ぐとしようか。


「・・・・・組織を潰したかったのなら、自分の手で解体すればよかったろうに。 お前は組織の頭なのだろう?」


「言って解体出来るのならば、もうとっくにやっていると、君は思わないかい? どれだけ頭が変わろうと、この組織は、簡単には無くなったりしないのだよ。 だからね、私は王国に責任を取って貰おうと思ったんだよ。 この国を潰す為にね。 赤ん坊を入れ替える事なんて、実際どうでも良かったんだ。 私は王国を本気にさせたかっただけなんだよ。 この国に、もう一度鉄槌を下す為にね」


「組織を潰そうとする為に、国事潰すつもりだったのか? 馬鹿なことを・・・・・」


「そう馬鹿な話ではないのだよ? あの戦争から何年経ったと思うんだ? もう二十年に届くというのに、組織の規模は膨れるばかりだ。 私は末端にいる者の顔さえ知らないのだよ? たった一人でも残されれば、またそこから増殖されるだろう。 だったら、一人残らず駆除したほうが良いと、思わないかい? 私も含めてね」


「思う訳がないだろう。 この国には、お前達の様な人間ばかりじゃないんだ。 彼等を犠牲にして良い訳がない! 死にたいのなら、勝手に一人で死んでいろ!」


「・・・・・君がそう思うのは仕方がない。 しかし、彼の王は、そうは思わなかったらしい。 今まさに、全軍を上げて王国を出たと、知らせがあったよ。 彼等ならば、数時間もしない内に、この国に進行するのではないかね? たった一度の挑発で、此処まで激情するとは、王としての能力を疑ってしまうね」


「何ッ! 軍が動いただと?!」


 ハッタリか? いや、あの王ならばやるだろうか? メギド様の制止も聞かず、全力で叩き伏せに来る。 時間を稼いでいたのは、この男の方だったというわけか。


 グズグズしている暇はないらしい。 首謀者であるこの男を連れて行けば、事は収まるだろうか? もうやるしかないだろう。


 今更警告をするまでもない。 私は彼の背中へ向けて、クロスボウの矢を全弾放った。 ドスっとした音と共に、ドラインの背に、幾つもの矢が突き刺さっている。 普通ならこれで終わっていた。 彼が普通の人間であったのならば。


 背中の矢の事なぞ気にも留めず、ドラインは何事も無かった様に、カップのお茶を口に含む。


「せめて前を向けとか言ったら如何だね? 少しビックリしたじゃないか」


 彼が此方を振り向くと、その顔が黒く変色していった。 髪の毛が逆立ち、白目の部分までも無くなっていく。 黒い肌の人間は存在しているけど、自分の意思で色を変えられる人間は見た事がない。 腕が伸び、その先端が剣に変わっている。


 キメラ化の秘術。 それは王国にしか存在しない技術だ。 何故この男がそれを使っている!


「貴様が何処それを!」


「キメラ化の研究をしているのが、王国だけとは思わない事だな。 苦労して苦労して、随分と時間が掛かったんだがね、ようやく完成に至ったのだよ。 度重なる人体実験と、我が肉体によってね!」


「お前は滅びたいんじゃなかったのか? お前がしてる事を見ると、死ぬ気とは思えないぞ?」


「滅びたいさ。 滅びたいんだよ私は。 だけどね、ただ命を積まれるのは我慢ならないんだ。 王国側にも、それなりの傷を負ってもらわないとね。 これは王国の所為でもあるんだからね!」


「お前がいくら強くても、たった一人で王国の軍勢を相手には出来はしない。 もう諦めたらどうだ?」


「確かに、この私一人では、相手を殲滅するのは無理だろう。 ただしそう簡単に倒せると思うなよ? 百人や二百人は道連れにしてやる。 そうだな、まずは・・・・・貴様からだあああああ!」


 黒くなった体が、凄い勢いで膨れ上がり、無尽蔵に増量していく。 そして、この屋敷全体を飲み込んで行く。 私は膨れ上がるドラインから危機を感じ、その場から逃げ出した。


 後ろからは、膨れ上がる黒い物体が迫って来ている。 予備のナイフを投げつけてみたが、ダメージがある気配がない。 先ほどの矢の様に、物理攻撃は効かないというのだろうか?


 なら私達全員は、この化け物には勝てない。 ラフィールの事は知らないが、私達は、攻撃魔法は持っていないからだ。 二階の階段付近。 仲間達三人が、此方に向かって来ていた。


「シャイン、無事だったか? 無事だったらお父さんにキスを!」


「煩い! 死にたくなければ、今直ぐ逃げろ! 死にたいならそいつとキスでもしていろ!」


「ってアレ何よ? 何か黒いものが・・・・。 ぎゃああああ、何か気持ち悪い!」


「ちょっと不味いんじゃないか、俺達も逃げるぞ!」


 走り続けた私は、仲間達と合流すると、私達は屋敷を脱出した。 最終的にドラインは、屋敷と同じサイズに落ち着いて、何本もの手を生やしながら、私達を追って来ていた。


 私達は馬車でこの国の門を脱出すると、巨大なそれも、町を壊しながら追いかけて来た。 こんな状態になっても、知能は残っているのか?






 ある程度町から離れた私達は、逃げ続けながら反撃を始めた。



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