一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

15 類は友を呼んで増える。

 ブリガンテの町。 俺達は宿を取り、二人の為に少しばかりの休息を取っている。 二人は過度の緊張から解放された為か、精神的疲労により動けないでいた。 俺としてはアンリさんとレインさんの元に、直ぐに向かいたい所なのだが、慣れない旅の疲れで、疲れが溜っている妹達を、そのままにしては行けない。 なのでブリガンテの宿で部屋を取り、俺達はのんびりと過ごしていた。


「それじゃあ俺は、この町を観光してくるから、二人は休んでてよ。 美味しい物でも買って来るから、大人しくしているんだよ?」


「わだじもいぐー。」


「アーモン、私を連れてってー!!」


 二人はベットの上で寝ころびながら、動こうと頑張っている。 それでも立ち上がる事が出来ずに、手足をカサカサ動かしている。 まるで何かの虫の様だ。


「動けないみたいだし、ここで休んでいてくれよ。 じゃあ行って来るね。」


「「待ってええええええ。」」


 泣きながら懇願してくる二人を置き去りにして、俺は町の中を歩き出した。 この国の人々は、男女共に誰もが屈強そうだ。 武道大会が頻繁に行われている為に、体を鍛える機会が多いのかもしれない。


 俺がプラブラと町を見て回っていると、小さな空き地で、虐められていた少年を見つけてしまった。 細い手足に、背もあまり高くはない。 たぶん十歳ぐらいだろう。 相手は五人で、どう見ても勝てなさそうだ。 それでもその子は必死で反撃していた。


「姉ちゃんは絶対勝つんだ!! 絶対優勝するだ!! わああああああああああああ!!」


「お前がそんなに弱いんだから、姉ちゃんだって弱いに決まってるだろ!! 悔しかったら俺達に勝ってみろってんだ!!」


「やーい弱虫ー。」「バーカバーカ。」


 何の事もない、他愛のない子供の喧嘩だ。 ただポカポカと拳で殴り合っている。 多数で一人をとか、変な正義感は俺にはない。 むしろこの位の事は経験しておくべきだと思っている。


 勿論本当に危なくなったら助ける。 だが暴力ではないにしろ、理不尽な事は、この世界には幾らだってあるのだ。 この経験を元に、逃げるなり助けを呼ぶなり、自分で考える事を学ぶべきだ。 全てはこの世界で生き残る為に。


「二度と俺達に逆らうなよ!!」


「やーいバーカ。」「いい気味だ。」


 石とか武器を使わない本当に健全な喧嘩だった。 俺は子供達の喧嘩を見届け、最後にはやはり虐められていた子供が泣かされていた。 他の子供達が居なくなると、俺は倒れて居た子供に声を掛けた。


「君、大丈夫かい?」


「おじさんが見ない振りをしてたのを知ってるんだぞ。 今更出て来て、助けた振りなんてしないでよ。 もうオイラの事は放っておいてくれよ。」


「ああごめんごめん。俺は元から助ける気が無かったんだ。 あんな子共でも囲まれたら怖いしね。 でも俺を恨むのは筋違いだろ。 君は何も助けを求めなかったんだから。 それにね、このぐらいの事は百回でも二百回でも起こるものなんだ。 この経験をバネにして、残りの回数を如何回避するのか考えようね。」


「弱虫なおじさんだなぁ。 あんな子供にも怯えていたのかよ。 それにオイラが、あんな馬鹿達に負けるかよ。 次会ったらボッコボコにしてやるんだ。」 


 今まさにボロボロにされたというのに、負けず嫌いな子供だ。 しかし何故こんな事になっているのか、俺は少し気になった。 姉がどうのこうのと話をしていたが?


「もしかして今回の件は、何か理由があるのかい? 良ければ、話してくれると嬉しいな。」


「やだよ。 おじさんに話したって、なんにも解決しないよ。 変な噂流され絵も嫌だし、言わないよ。」


 まあそれはそうか。 初めて会った男に、ベラベラと喋る事でもないだろう。 俺もそこまで知りたい訳でもないし、話を聞くのは止めておくか。


「俺はこの国の人間でもないし、変な噂なんて流さないけどね。 分かった、じゃあ俺はこれで失礼させてもらうよ。 元気でやりなよ。」


「待ってよ兄ちゃん。 兄ちゃんが他の国から来たなら話は別だよ。 遠くから旅をして来たんだろ? だったら魔法って知ってる? 知ってるなら俺の姉ちゃんに教えて欲しいんだ!! そうすればアイツに勝てるかもしれないんだ!!」


「魔法ねぇ・・・・・。 教えるのは構わないけど、その代わり事情を教えてくれよ?」


「うん、分かったよ兄ちゃん。」


 実は俺も、一つだけなら使う事が出来る。 それはミモザと同じ、土の魔法だ。 ただ俺の魔法は、実戦で使える様なレベルではない。 精々一センチの小石をぶつける程度のレベルだった。 他人に伝授するだけなら出来なくもないが、それで使えるかどうかは、本人の才能次第だ。 まず俺は、この少年から、詳しく話を聞いた。


 この少年の名前はタルトといった。 その姉のパインが、今度いじめっ子のお姉さんと、武道大会で対戦するらしい。 その対戦相手が、大金を使って魔法を覚えて、今パインは連敗中だそうだ。 姉の力関係で、弟までそれに従うのは、全く馬鹿らしい話だ。 


「分かったよタルト。 俺が君のお姉さんに、魔法を教える事にしよう。 でも使えなくっても恨まないでくれよ。 使えるかどうかは本人次第だからね。」


「やったあ。 じゃあすぐに行こうよ。 オイラの家はこっちだから!!」


 俺の事などお構いなしに、いきなり走り出したタルトを追い掛け、見失わない様に走り出した。 タルトの家は、南東にある小さな民家で、そこで大勢の家族と共に、暮らしていた。 どうもタルトより大きい子は居ないようだ。


 その中で、一番大きい女の人が、タルトの姉のパインだろうか? この女性は、黒髪を後ろに束ね、肩辺りで縛っている。 青色の瞳は透き通り、吸い込まれて行きそうだ。


「ただいま姉ちゃん!! ねえ驚いてよ。 おいら凄い人を連れて来たんだぜ!! これで姉ちゃんもあの馬鹿女に勝てるって!!」 


「あ、お帰りタルト。 また馬鹿な事を考えてるの? もう良いから、ご飯食べちゃいなさ・・・・・。」


 パインと思われる女性は、俺を見ると、わなわなと震え始めた。


「あ、あな、あな、あな、あなたは・・・・・。」


「こんにちは。 タルト君に頼まれて、貴女に魔法を教えに来ました。 魔法、要りませんか?」


「あ、貴方はあああああああああ!! この胸のトキめきは何? 何故こんなにも、何故こんなにも・・・・・。 貴方が他の男に抱かれている所を見たいのかしら!! ・・・・・ご、ごめんなさい、私ったらいきなり変な事を言ってしまって。 本当にごめんなさい。」






 何か変なスイッチでも入ったらしい。 俺が男に抱かれるなんて事は、絶対にあり得ない。 可能性があるとすれば、アンリさんが俺を手籠めにするぐらいだろうか。 ふと考えて、それも悪くないんじゃないかと、俺は思った。



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