一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

13 俺の妹とその友達。

 王国のパン屋。 あの男が居なくなり一週間、レインは楽し気な日々を送っていた。 いつも通りにお客さんに話しかけて、パンを売っている。


「いらっしゃい。 あ、べノムさん、今日も良いお天気ですね。 うふふふふ。」


「おう、今日も良い日だな。 何よりもあの馬鹿が居ないのが良い。 とても良い日だ。 わはははははは。」


「うふふふふふふ。」


「わはははははは。」


 二人が楽しそうに話し合っている頃。 アーモン達三人は、旅を続けていた。 しかしそれに同行しているのはかなりの人数が居た。 小隊規模の人数で移動をしていた。 世界規模で魔物が増殖している中、数人での旅は困難を極める。 王国の人間の様な強さを持たないのであれば、それが真面な移動手段だった。


 俺達が参加しているのは、ギルドにより集められた輸送部隊だ。 丁度出発するところだった、その部隊に滑り込み、今はブリガンテへの移動中だった。


「ねぇお兄ちゃん? 次の町に、お兄ちゃんのコイビトガイルノ? ネェドコ? ドコニイルノ?」


 俺が大好きなこの妹は、ほんのりと茶色の髪で、前髪を眉の高さで、まっ直ぐにカットしてある、肩よりも、少し短い髪型をしている。 まあ贔屓目に見なくても、それなりに可愛いとは思う。 勿論ラブではなくて、ライクの方で好きなのだ。


「マードック、私もソイツに会ってみたいわ。 チョットシタ、アイサツヲシナイトイケナイモノ。 フフフフフ・・・・・。」


 こっちは幼馴染のミモザ。 くすんだ青色の髪を腰まで伸ばし、少しボサボサに撥ねている。 この子も俺の事が好きらしい。 勿論俺も男だから、あまり引っ付かれると、勘違いしてしまいそうだが、残念な事に彼女は俺の好みには遠い。 少しばかり過激すぎるのだ。


 そんな二人も、俺に彼女が出来た事を喜んでくれているらしい。 もう他に彼氏でも出来たのかもしれないな。 しかし何方から会わせようか? やはりアンリさんからか? それともレインさんか? 何方にしろきっと仲良くしてくれる筈だ。 俺もその日を、楽しみにしておこう。


「まだずっと先だよ。 彼女は、王国って国に居るんだ。 あ、それと、俺は今アーモンって名乗っているんだ。 そう呼んでくれると嬉しいよ。」


「へ~、そうなんだ。 分かったわアーモン。 じゃあその人に会う前に、私とエッチぅぐふぁあああああああああああ。」


「あれ? 如何したのミモザちゃん? ちょっと触っただけなのに、随分と大袈裟ね。 私ちょっとお兄ちゃんとお話してるから、気分が悪いなら休んでると良いよ。 後で看病してあげるからね?」


 何か言おうとしたミモザに、妹の、渾身のボディーブローが突き刺さっていた。


「レイリア。 ちょっとミモザが大変な事になってるぞ。 駄目じゃないか、酷い事をしたら。 何時も言ってるだろ。 喧嘩したらちゃんと謝らないと駄目だよ。」 


「は~い。 ごめんねミモザ。 本当に邪魔だったの。 勢い余って鞘で殴っちゃった。 テヘ。 冗談は兎も角、本当にワザとなの。 だから気にしないでね?」


「そうなの? じゃあ許してあげる。 私も今からやる死ねえええええええええええええええええ!!」


 鉄製の杖と、抜き身の剣でじゃれ合っている。 この光景は、小さい頃から変わっていない。 やはり友達同士でじゃれ合う光景は美しいものだな。 これが町中でならば、見守っていられるのだが、今は全体行動中だ。 少し注意しなければならないだろう。


「二人共、今は争う時じゃないよ。 もし魔物が出てきたら、危ないからね。 次の町に着いたら、思う存分してくれていいから、今は大人しく進もうね。」


「「は~い。」」


 二人が顔をボコボコに腫らしながら、良い返事をしていた。 俺から見れば、少しやり過ぎな感じがしなくもないが、小さい頃からやっている、二人にとっては違うのだろう。 これでも、じゃれついているだけなんだろう。


 俺達が騒がしい中、他の皆は、真面目に見張りを続けていた。 俺達の事など、気にも留めていないようだ。 それでも何かあれば、直ぐに知らせが回るはずだ。


「かなりデカイのが出たぞ!! 遠くから此方に向かって来ている。 全隊戦闘準備だ!!」


 言ってる傍から来たらしい。 先を見つめると、それは俺達の目にも確認出来た。 蝶なのか蛾なのか、そんな体躯をしている。 だがその巨体は、大空を舞う事は無い。 地上から、ほんの一メートル程浮き上がるのが、精一杯らしい。 大きな翅を動かす度に、辺りに暴風をまき散らしている。


 最悪なのが、その顔だろうか。 縦に長く開いた口は、左右にびっしりと牙が生えている。 その歯は喉の奥までびっしりと並び、鮫の歯に近いものだろう。 あの口の中に放り込まれたら、鎧までも切り刻まれて、助からないだろう。 あれを見ているだけでも、潜在的な恐怖が湧いて来る。


 この規模の敵となると、この隊全体の隊長が、指令を出し、指揮を取っている。 俺達もそれに従う為に、その声を聞いた。


「暴風に気を付けろ!! 吹き飛ばされて、隊から離されるんじゃないぞ。 隊から離されれば、別の魔物から狙われる事になるかもしれん。 まずは射撃と魔法で、あの鬱陶しい翅を破壊してやるんだ!!」


「「「「「応!!」」」」」


 レイリアとミモザもそれに応え、弓と魔法の準備を始めている。 レイリアが弓、ミモザが魔法だ。 各自が各々に、射撃を放ち始めている。 俺はというと、ただ見ているだけだ。 どうにも射撃というものは、俺の性には合わない。 剣と剣とがぶつかる衝撃や、殴り合いの方が俺は好きだからだ。


 今は魔物の事を優先しよう。 隊の皆が放った矢は、その翅に届く前に、爆風により拭き散らされた。 それでも、一人だけ攻撃が届いた者がいる。 それはミモザの放った岩の魔法だった。






 風で勢いを殺され、翅を貫く事は出来なかったが、左の翅の中心へとぶつかって体勢を崩した。 その為に、蝶はドシンと地面へと落とされ、再び飛び立つ前に、その翅に大量の矢が降り注いだ。



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