一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

7 私の怒りは、頂点に達した。

 あの日から店に現れなくなったあの人。 私としては来ないのは嬉しいけど、店としては常連さんが消えたのは痛い。 この店の売り上げというのは、九割以上が常連さんによるものだ。 そしてそれが一人でも減るという事は、店にとっては大打撃になってしまう。 もう少し言い方を考えれば良かったと思いつつ、何時も通り店で働いていた。


 忙しい昼が終わり、常連のお客さんが途切れ始めた頃、私の元に、懲りずにまたあの男が現れた。


「こんにちはレインさん、またパンを売って貰えませんか。」


 全く気にもしていないこのアーモンという男は、またパンを売ってくれと言う。 私としては複雑だが、店の為に、営業スマイルという物で対応する事にした。


 「ドレニシマスカ?」っと不愛想に言ったのだが、彼は「じゃあこれで。」と、何も気にせずに選んで行く。 あまりに何時ものものと変わらないので、微妙に恐怖を感じてしまう。 私の心の中で、そんな事を考えているとも知らず、この男は親し気に話しかけて来る。


「レインさん。 え~っと・・・今日はちょっと言わないといけない事が有ります。 実は俺、貴方の事は諦めようと思っています。 本当にごめんなさい。 俺にはアンリさんしか居ないんです、貴女の想いには答えられず、申し訳ありませんでした。」


 この男は、何を言ってるのだろう。 告白して来たのはそっちだと言うのに、何故私が振られるみたいな事を、言われなきゃならないんだろう。 一応私に興味無くなってくれるのは嬉しいけど、べノムさんに私の恰好をさせて、色々されるのは許せない。 これはもう一度、きつく言わなければならないだろう。 今度はもっと徹底的に。


「あのですねぇ、貴方のようなクソド変態が、私の体を如何にかしようなんて、絶対に間違ってるんですよ!! 聞いてますか、この腐れド変態め!! もし何かしようとしているなら、私は貴方の顔面を踏みつけて、謝るまで除けてあげませんからね!!」


「なッ・・・・・レインさん、まさか俺の事をそこまで・・・・・。」


 分かってくれたのかな? ここまで言えば、この人でも少しは理解してくれるだろう。


「そんなにまで俺の事を誘惑してくるなんて、俺、少し心を動かされてしまいました。 ちゃんと決めたはずでしたが、今後の期待値を考えて、もう一日悩んでみようと思います。 じゃあまた明日。」


「えッ?!」


 私があれ程の事を言ったというのに、彼は全く効いてくれなかった。 この程度の言葉では、彼にとっては普通なのだろうか? だとしたら、私はもっと完璧に叩き伏せなければならない。(言葉で。)


 彼の帰った後は、何時もの日常が続き、その次の日。 やはりあの男がやって来た。


「こんにちはレインさん、今日もいい天気ですね。 昨日言った通り、今日こそハッキリさせます。」


「あのですねぇ!!」


「まあ聞いてください。 俺は昨日考えたんです。 レインさんと付き合って行けば、きっと理想の恋人同士になれるって、俺はもう、レインさんで行こうと思っています。 それならアンリさんと接触する事もないですし、レインさんも怒らないでしょう。 だからもう俺と付き合いましょう。」


「私が貴方の様な変態を相手にすると思っていたんですか!! もう二度と来るな!!」


 私は勢い良く殴りつけた。 もうこの男に、何を言っても無駄だから。 彼はよろめく事もしなかったが、もうこれ以上の事は、私には思いつかない。 これで終わりにして欲しいものだ。


「レインさん、俺はもう貴方の事しか愛しません。 それはもう絶対です。 だから、もう一回殴ってください。 何か俺、女性に殴られたり罵られたりすると、凄く嬉しいんです。 俺、本物の恋を、レインさんに初めて教えてもらいました。」


 モウダメダ、私が助かるには、この男を殺すしかない。 ハッ?! 何を考えていたんだろう。 駄目だ、この男に関わっていたら、私は何れ殺人犯になってしまいそうだ。


 これはもう誰かに相談しないと、私の精神が持たない。 元はと言えば、べノムさんが私に相談したのが悪いんだ。 もうべノムさんに、キッチリ責任を取ってもらうしかない。 何か喋り続けるこの馬鹿を無視していると、何時の間にか居なくなっていた。 もう来るなと。


 仕事を終えた私は、早速べノムさんの家に向かった。 あのカスはを追い払う為に。 ・・・・・最近私の口調が、段々きつくなっていく気がする。 もう末期かもしれない。


「こんばんはー、べノムさんいらっしゃいますか? ・・・・・ねぇ居るんでしょ? 早く出て来てください。 私もう我慢できないんです!!」


 私が扉をノックすると、けだるそうに、べノムさんが扉を開けた。 しかし、私の雰囲気を察したのか、半分しか扉が開いていない。


「なんだよレインちゃん、俺に何か用なのかよ? まあ借りもあるし、手伝ってやっても良いんだが、あんまり変な事は言わないでくれよ?」


「実はちょっと、べノムさんに相談があるんです!! あのブンブン飛び回る羽虫を、どうにか殺が・・・・・ミンチにして捨てて来てくれませんか?! 私の精神が耐えられ無いんです、お願いします!!」


「言い直して、もっと酷くなってるぞ。 まあ気持ちは分からんでもないが、そりゃ犯罪だ、俺はしないからな?」


「なんでですか!! 貴方の所為で、私は物凄く不快な思いをしているんですよ? ちょっと位手伝ってくれても良いじゃないですか!!」


「手伝いで殺人なんてするかよ!! ・・・・・まあ俺も手伝ってもらった手前、何かしてやりたいとは思っている。 でもあれだ、レインちゃんが駄目となると、また俺に来るし、もう俺の為に犠牲になってくれ。 じゃあ・・・そういう事で。 くれぐれも犯罪はするなよ?」


「ちょっと、閉めないでください!! ねぇ、助けてよ、べノムさん、べノムさん!!」






 開いていた扉が閉められ、私は相談する人物さえ失った。 こうなればもう自分一人でやるしかない。 私は家に帰り、これからの作戦を考えた。 



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