一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

28 彼の名は・・・・・。

 その男の名前は、オーガ・ブックレッドと言う。 名前が分かってしまえば、彼がどんな人物だったのか、簡単に調べる事が出来た。 ブックレッドとは、中堅の貴族だった家の名前だ。 王国との戦争に、出陣していた両親は、二人共殺されている。


 それだけではない、両親が残した財産も無く、むしろ借金の方が多く残された。 そして彼が、その全ての負債を負ってしまった訳だ。 そんな彼が、金の為に、あの組織に入ったのは、至極当然だったのかもしれない。 裏の仕事を一手に引き受け、殺し等を、引き受けて行ったのかもしれないな。


 オーガが、頼れそうな人物は、二人居る。 二人共、小さな頃から仲の良い、友人だ。 一人は男、一人は女。 その女性というのが、実はフェリス君だ。 オーガが、彼女を襲っていた時、一体何を考えていたのだろう? もしかしたら、フェリス君が死ななかったのは、彼が少なからず、フェリス君に、好意を持っていたからではないだろうか。


 残念ながら。 と言って良いか分からないが、フェリス君は、男達の顔を見ていない。 オーガが、襲ったと言う証拠は、まだ何も無い。 ただ俺が、彼を犯人だと思い込んでいる、というのが現状だろう。 これは全て想像に過ぎない。 警察が、彼を捕まえるにしろ、まだ材料が足りないのだ。


 グレイ・アングライシスに会う事が出来れば、全て分かるのだろうが、俺がこの件に関わっていると知られれば、俺の命すらも危うい。 まあこれだけ派手に聞き込みをしているのだから、知られている可能性の方が高いかもしれない。 そうだとすると、妻を殺したオーガを追い詰める為に、俺は見逃されているんだろうか?


「ふぃぃぃぃ・・・・・。」
 

 自室の中が、吐いた煙で満ちて行く。 さて、この次は何をするべきか、だ。 オーガ・ブックレッドが、何処に行ったのかも分からない今、もう一人の友人である、男の方を訪ねるべきだろう。


 彼の素性も分かっている。 ドライン・レーゼシュルト。 その男がオーガの友人だ。 彼も元貴族の一人だが、王族が滅びた事で、特をした一人だ。 この家の事は、言われなくても知っている。


 戦争後、彼の家は、いち早く状況を察知し、飢えた者には食事を与え、家を失った者には、低金利で金を貸し与えた。 他にも大工を雇って、壊れた家々を、修復し、他にも、様々な事をして、帝国の再建に尽力していた。


 今の資産は、中流貴族であった時の、比ではないだろう。 動機は兎も角、今の帝国があるのは、彼の家のおかげと言って良いだろう。 だが、そんな家であるにせよ。 ・・・いや、そんな家だから、か。


 金の無かった、グレイ・アングライシスや、アルファ・トライアンスが、頼ったと思って良いかもしれない。 組織を維持するにせよ、金が掛かるからだ。 勿論これも想像に過ぎないが、兎に角明日、会いに行ってみるとしよう。


 俺は、書き込んでいた手帳を閉じると、ベットで、グッスリと眠りに着いた。




 次の日、レーゼシュルトの家を訪ねてみたのだが、入り口のメイド達に、あっさりと拒否されてしまった。


「お客様。 アポイントメントは、お持ちでしょうか?」


「え? いや、取っていませんが。 でも、ちょっとお話を聞きたいだけなのですけど。 そうだ、なら、今から取ります、それなら良いでしょう?」


「なる程、では二年後の三月みつきの四日で如何でしょうか? その日なら、二分程空いておられます。 ではその日まで、御機嫌よう。」


「えええ!! そんなに待てませんって。 何ですか二年後って、良いじゃないですか今日でも、ほんの少し、ほんの少しですから!!」


「皆様、お客様がお帰りになられる様です。 お手伝いして差し上げなさい。」


「はッ、今直ぐに。」「業務の邪魔だ、お引き取り願おうか。」


「大丈夫です、一人で帰れます。 帰りますって。 ちょ、掴まないで、持ち上げないで、あああああああああ!!」


 そのメイドがパチリと指を鳴らすと、大柄の男達が俺を掴んで、抵抗する事も出来ず、門の外へと、放り捨てられた。 話す事も出来ないとは、大企業の社長とは、そんなに忙しいものなのだろうか?


 これは一度出直す必要があるが、しかし、ここ以外の手掛かりは無い。 直ぐに会ってもらえる様な、何かが有れば良いのだが。 だったら、同じ貴族の出だった、あの二人を連れてこれば如何だろうか? 良し、そうしてみよう。


 俺は、トロンとドラファルトに連絡を取ると、彼等を呼び寄せて、何時もの喫茶店で、作戦会議を開いた。


「何だよカールソン。 俺達に何か用なのか?」


「あっ、はい。 実は、ドライン・レーゼシュルトという人物に、会いたいんですが、お二人は面識とかないでしょうか? 普通に会うとなると、なんか、二年後とかになりそうなんですよ。 私はそんなに待てないので。」


「ドラインだって? 舞踏会で、昔チラッと会った事がある気がするが、俺は話した事も無いな。」


「う~ん、僕は遊んだこともあるけど、それもかなり小さい頃の話だから、今覚えているか、微妙だよぉ? それでも良いなら、話してみても良いけどぉ、如何するぅ?」


「何も面識が無いよりは、幾分かマシでしょう。 一度試しに正装でもして、全員で行ってみましょうか。」


「行くのは良いんだが。 ドラインの奴が、今回の事件に関わっているのか? 相手は富豪で、表面上なのか知らんが正義の人だ。 敵に回すと厄介だぞ?」


「分かっていますよ。 彼が白なら、何も問題はありません。 問題は、彼が敵側だったら、かなり危ない事になるかも知れません。 二人共、それでもついて来てくれますか?」」


「乗り掛かった舟だ、俺は構わねぇぜ? 巨大な事件と関わるなんざ、記者としては、手を上げて喜ぶところだろ。 お前は如何するよ、トロン。」


「後輩の関わった事件だからねぇ、行かない訳にはいかないでしょう。 勿論僕も行くよ。」


「有り難う御座います。 色々用意もあるでしょうから、二時間後の二時に、彼の屋敷の前に集合で。」


「良し、分かった。」


「うん、了解だよ。」






 二時間後、俺達は、ドラインの屋敷の前に集まっていた。 二人共が、立派な馬車で来たのは驚きだったが、そのぐらいしないと、彼には会えないのだろう。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品