一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

4 暗闇の中、蜘蛛の糸で繋がる。

 何日も経っているから、あの女性を殺した犯人が居るとは思えないが、一応気を付けてみるとしよう。


 俺は隣の部屋の扉を開けてみた。 どうやらこの場所は書庫の様だ。 分厚い辞典や、続き物の物語が並んでいる。 日記でも有ったなら状況が分かったのかもしれないが、日記やメモも無く、人が隠れる場所もなさそうだ。


 王族や貴族の中には、たまに隠し部屋や、隠し通路を作ったりする人も居ると聞く。 だがこの部屋の中には、そんな仕掛けは見当たらなかった。 まあ俺が簡単に見つけられるようでは、隠し部屋の意味が無いんだろう。 そんなものが有るのかも知らないが。


「次の部屋に行ってみますか・・・・・」


 次の部屋はダイニングキッチンと言った所だろう。 部屋の中心には、大きなテーブルがあり、真っ白いクロスが掛けられている。 特に食事の用意がされている事も無い。 その上に飾られている花は、まだ枯れてはいないが、もう時間の問題だろう。


 この部屋にも何も無い・・・・・いや、キッチンの奥に食糧庫がの扉が有る様だ。 ガチャリと扉を開けて、その倉庫の中を見た。


 小麦粉の袋や、イモが入った箱、少し傷んだ野菜類。 肉類は冷蔵もされず、床に置き去りにされて腐り果てている。 量はあまり多くない。 三人暮らしなのだから普通だろう。 だが元貴族としては少ないと思う。 もう少し日持ちする物は有っても良いはずだが、資金ぶりに困っていたんだろうか? 思っていたより貧乏暮らしの様だ。 ため込んでいた資産も、底をついたのかもしれないな。


 少し奥を見ようと、移動しようとした時。 人が隠れられそうもない棚の影から、ガタっと何かが動く音がした。


「ひぃぃぃぃ・・・・・。」


 俺は勇敢にも近くに置いてあった棒を握り、何が出て来ても良い様に構えを取った。 


「ナ~ン。」


「な、なんだ、猫ですか。 ははは・・・・・。」


 棚の奥から出て来たのは、真っ白い毛をした、人懐っこい猫だった。 私の足に顔を摺り寄せて来ている。 床に肉が落ちていたのは、この猫が食べていたのかもしれないな。 あるいはこの屋敷の住人が、この猫の為に床に置いたのだろう。


 フェリス君が戻って来れればいいが、戻って来なければ、このまま餓死してしまうかもしれない。 流石に、このまま殺すのは忍びない。 屋敷を出る時に連れ帰ってやるとしよう。


 俺は懐にあったジャーキーを取り出し、この白い猫に餌として与えた。 猫は喜んでそれに噛り付いている。 味付けも濃くないから、たぶん大丈夫だろう。


「君のご主人は何処へ行ったんでしょうねぇ。」


「ナァ~ン。」


 猫に聞いた所で、答えを教えてくれる筈もなかった。


「少し待っててくださいね。 この屋敷に誰も居なかったなら、私の家に連れて行ってあげますから。」


「ンン~。」


 俺は白猫と別れ、別の部屋に向かった。 次は部屋というよりは、お手洗いだ。 フェリス君が使っていたと考えると、中に入るのは少々躊躇ってしまう。 しかし手掛かりを見つける為だ、仕方ないから入ってしまうとしよう。


「んぬあぁ!! 臭い!!」


 汚臭が漂っている。 あまり掃除はされていない様だ。 元貴族様では、掃除する事を躊躇ったのかもしれないな。 流石に、トイレの穴に落ちてはいないと思う。 穴の中を覗くのは止めておこう。


 一階にある部屋はもう一つ。 この場所は風呂場だな。 十人以上が軽く入れる様な、大きな浴槽の中に、水が貯められている。 これを沸かすとなると、相当の費用と時間が掛かりそうだ。 これを沸かすよりは、外の大衆浴場に行った方がマシだろう。


 この一階部分を見るだけでも、フェリス君達が、相当大変だったのが分かる。 母親が殺されてるとなると、借金の取り立てか、それともあの噂に関わりがあるのか。 俺にはまだ良く分からない。 もう少し調べる為に、二階部分を見に行くとしよう。


 風呂場近くの大理石の階段を上がり、二階部分を見渡す。 今までとは違い、更に多くの扉が並んでいる。 一つ目の扉を開けてみるが、そこには本当に何も無かった。 絨毯も無ければ飾られている家具も無い。 あるのは窓に付けられたカーテンぐらいだろう。 その次の部屋からも空の部屋が続き、エントランスホール近くまでそれが続いた。


 そしてエントランスホールの階段の近く、その部屋だけが様子が違っていた。


「扉にネームプレートが付いていますね。 フェリス・・・・・ですか。」


 この部屋が彼女の部屋なんだろう。 もしかしたら、この部屋の中に居るのかもしれないな。 俺は扉を叩きならが、彼女の名前を呼んでみた。


「フェリス君居ませんか?  居るのなら返事をしてください。」


 ・・・・・駄目か。 開けてみるしかないな。


 何も無い事を祈り、俺はこの扉を開いた。 この部屋の惨状は凄まじかった。 物が散乱し、割れた花瓶が散らばっている。 それに、部屋の中は便所で嗅いだ臭いがしている。 そんな散らばった部屋の中、両手両足を縛られたフェリス君が、裸の状態で倒れて居た。 この臭いは、動けない彼女が失禁していたのだろう。


 俺は躊躇わずに彼女に近づき、彼女の首筋に手を当てた。


「脈は・・・・・ある!! 生きてる!! しっかりしてくださいフェリス君、水です、飲んでください!!」


 張り込みには必須である、水筒を持って来ていて良かった。 俺は彼女の口に水筒を押し当て、少量の水を流し込んだ。 ピクリとフェリス君が動いた気がした。


「・・・・・んぱい、助・・・・・けて・・・・・。」


 殆ど聞き取る事が出来なかったが、彼女の言葉を聞いて、希望が見えた。


「大丈夫、助けますから!! 水を飲んでください。 急がないで、ゆっくり飲むんですよ。」


 まずは服・・・・・違う!! 風呂・・・・・でもない!! え~っと、彼女のロープを切らないと!!


 つ、次は如何すれば?! この状態で服・・・・・は不味いか。 じゃあ先に風呂・・・・・は沸いてない。 水風呂に居れたら死ぬかもしれないし。 食事を作るにしても、裸で置いておくのは可哀想だ。 やはり服を・・・・・。 駄目だ、クローゼットに入っている服を渡すのは躊躇う。


「えええい!! 私の服なら汚れても良いので、どうぞ着潰してください!!」






 俺はパンツ一枚だけ残し、全ての服を脱ぎ捨てると、それを彼女の近くに置いた。 そして猫の居たキッチンに向かい、彼女の為の食事を作る事にした。



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