一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

3 鳴り響く足音は鼓動を高鳴らせる。

 あれから三日、待てど暮らせど、フェリスは新聞社に帰って来なかった。 彼女が何かしらの事情を知っているのは確実だが、居場所さえ分からないのならば如何にもならない。


 俺はというと、あれからも知り合いや友達に聞き込みをしてみたが、その全員が、そんな噂を聞いた事が無いらしい。


 やはりただのガセ、そう考えるのはまだ早計だろうか? 一週間も戻らないフェリスは、ただの病気という事も考えられる。 風邪をこじらせた、あるいはなにかの急用が出来た。 不意に仕事をする事が嫌になった。 どれもあり得そうだから困る。


 まずフェリス君の家に行く前に、彼女の情報を整理しておこう。 彼女の名前はフェリス・アングライシスという。 フェリス君は、今年の春からこの新聞社に入った、新入社員だ。 歳は十七で、かなり真面目に働いている。 金の髪に、見る角度によって色を変える瞳は、この国ではたぶん彼女だけだろう。


 そしてアングライシスという家名は、俺には聞き覚えがある。 確か王国との戦争の以前に、この帝国を取り仕切っていた、重鎮の一人の家名だ。


 世が世なら、彼女は、貴族の令嬢としての人生が待っていたのだろう。 しかし王国との戦争に負けてしまった為に、普通の人生を送る事になってしまった、少々不幸な人物だ。 でも実はそんな人物は珍しくもない、この新聞社にもフェリス以外に、二人程居るのを知っている。


 一人はトロン。 もう一人はドラファルト。 何方も男で、この話とは関係無いと思う。 何度か飲みに行った事もあるし、多少の恨みはあるが、今更恨んでも仕方がないと言っていた。 それが本音だと思いたい。


 まあ、あの二人の話はどうでも良い。 彼女の家だが、一家全員無事であり、現在も存続している。 彼女の両親は、あの日偶々城に行かなかったそうだ。 家族全員無事とはいえ、重役としての仕事を失ったのだ、メイドや執事も養う事が出来ず、彼女の両親の仕事も、あまりうまくいっていないらしい。


 豪華な食事や、厚待遇も無くなり、いきなり庶民の生活に変わってしまったからしょうがないのだろう。 それでも、彼女達の生活が悪いのかと言えばそうではない。 この帝国の外れには、普通の仕事にも付けず、ただ絶望して、泥水をすすっている人間も居るのだ。


 しかし、恨みと言うのは人それぞれだ。 そんな程々で悪くない生活をしてても、俺よりも良い生活をしてても、人と言うのは恨むものだ。 元の生活に戻りたい、あるいは、相手の生活をぶち壊したい、まあ理由は様々だろう。 だからこの国には、あの王国を恨む人間は山程に居るのだ。 という訳で、あんな噂を流した犯人を捜そうと思っても、手掛かりが無ければ、まあ不可能なのだ。


 さてと、大体の事は纏まっただろうか。 纏まった所で、一度彼女の家に行ってみる事にしよう。 誰に聞くまでもなく、彼女の家は有名だ。 迷うまでもなく着けるだろう。 じゃあちょっと一服してから行ってみるとしよう。


「・・・・・ふう。」


「何時までもパイプばっかり吸ってないで、さっさと仕事してこんかい!!」


「あいたッ!!」


 フラウ先輩に急かされて、フェリス君が現れなくなった理由を知る為に、俺は彼女の家に向かってみる事にした。


「まさかこのお屋敷にお邪魔する日が来るとは思いませんでしたね。」


 巨大な屋敷だが、今は手入れもされず、雑草が生い茂っている。 メイドや執事が居ない状態では、親子三人で掃除しても、一週間掛けても掃除し尽くす事は出来ないだろう。 俺としては、引っ越ししてしまえば良いと思うんだが、過去の栄光を捨てきれないのかもしれないな。


 コンコンっと、扉を四回ノックし、屋敷の住人に来客を知らせた。


「すみません。 私は新聞社のカールソンという者ですが、何方かいらっしゃいませんか?」


 ・・・・・返事が無い、屋敷が大きすぎて聞こえないんだろうか? もう一度呼びかけてみるか。


「すみません、何方かいらっしゃいませんか?! 私はカールソンという新聞記者なのですが、フェリス君はいらっしゃいませんか?!」


 ・・・・・駄目だ、誰も居ない様ですね。 こんな時、推理小説だったなら、この扉が開いたりするんでしょうけど、そんな事は・・・・・


 ガチャ。


 ・・・・・開いてしまった。 まさか殺されているとかじゃないよな? しかし如何しようか。 この中に入って誰かに見られたら、泥棒扱いされたら少々不味い。 だがやはりフェリス君の事は気になるし、真実を知る為には中に入らざるを得ないだろう。


 俺は少々周りを確認しながら、コッソリと屋敷の中に入った。


 屋敷の中には、柱時計の音だけが鳴り響き、人の気配は感じられない。 本当はこんな所に居たくはない。 俺は別に探偵じゃないんだ。 こんな屋敷で妙な事は起こって欲しくない。 だというのに、コツコツと鳴り響く自分の足音が、そんな予感をさせてしまう。


「駄目だ、もの凄く帰りたい。 よし、一部屋だけ、勇気を出して覗いて見よう。 それだけやったら帰ろう。 きっと先輩も許してくれるでしょう。」


 俺は入り口のエントランスから、適当に左に進むと、三つ目の扉を開いた。 何故三つ目かというと、一つ目だと探して無いんじゃないかと言われそうだったからである。


 その部屋の中は大きなリビングになっていた。 一つ目の扉も、二つ目の扉も、実はこの部屋の扉だったのは驚きだ。 何処へ入っても、結局は同じだった。


 そしてこの部屋には何も無い。 白い長椅子には、赤いシミなんてついてもいなければ、その部屋の中心で女性が死んでるなんて事も無い。 そんな事は絶対無いはずだったのに・・・・・


「うう、何も無い筈だったのに、何で一部屋目で引いちゃうんですか!!」


 白い長椅子には、赤い血液が飛び散ってはいない、今は真っ黒に固まり切った、血液の塊があるだけだ。 部屋の中心にはハッキリと女性が倒れて居る。 もう絶対生きてはいない。 大量の血液も固まり、かなりの時間が経過しているのが分かる。


 フェリス君とは見た目が違う、背格好も違うし、歳もそう若くない。 綺麗だったドレスは切り裂かれ、目を見開きながら天井を見つめている。 凶器は残されてはいない様だ。


 酷い臭いが充満している、だが少し前に嗅ぎなれた臭いだ。 もう二度と嗅ぎたくなかった臭いだ。 戦争が終わった後、俺も死体を埋めるのを手伝っている。 地獄の様な後継と臭いだった。






 もうこの状態を見てしまったら、覚悟を決めるしかないだろう。 此処には他に隠れる場所も無い、フェリス君を探す為に、屋敷の中を歩き始めた。



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