一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

16 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 9

 馬車の中は騒がしく、今まで殆ど声を上げなかったレティシャスが楽し気に笑っている。 母親が何処に居るかも分からないこの赤子にとって、私達の事を緊張して見てたのかもしれない。


 今馬車の中に居るのは渡しと親父だけだ、クスピエは天井の屋根で見張りを続け、観念したバールのおじさんが馬を動かしている。


「ベロべロバ~! ベロベロバ~! 中々可愛い子じゃないか、レティシャス・・・・・少し長いな、レティで良いよな? さあレティとっておきの玩具をやるぞ。 これはシャインも使っていた物だが、特別にお前にやろう。 ほら大事に使うんだぞ」


 親父が何か複雑に作られた人形の様な物を渡している。 確かあれは私も知ってる物だ、グンダルとかそんな名前だった気がする。 親父が別の世界から持って来たとかホラ話を何度も話してたのを覚えている。


 私にとってもう興味がない物なのだが、任務中にそんな物を持ち歩いているこの親父は、一体何を考えているんだろうか。


「そろそろ腹の空いた頃だろう、奥にミルクが保存してある、飲ませてやってくれないか」


「おう、任せとけ! しかし子供ってのは可愛いもんだな、どシャインに産ませるのは駄目だけど、でも孫は欲しいし。 ふむ、母親ももう見つからないだろうし、いっそこの子はうちの子にしてしまおうか」


 この子の将来か。 例えあの王が首謀者を裁いたとして、何も知らないこの赤子にまで罪を与えるとも思えないが、万が一首謀者の子供だとしたら、レティシャスは許されないかもしれない。


 それはイブレーテ様の、王としての裁量の問題だ。 王により様々だが、あの王ならそれも有りうるかもしれない。 その裁きが無事に下るまで、この子の運命は決定しないだろう。


「レティシャスの運命はまだ決められていない。 あまり感情移入すると辛くなるかもしれないぞ」


「シャイン、イブレーテ王がどう判断するのか知らないけどさ。 俺達がレティを如何扱ったのかもきっと加味されると思うんだよ。 それにもし駄目だったとしてもだ、生まれて来て何も楽しい思い出が無いなんて悲しいだろ? なぁレティ」


「あ~う~」


「そうかそうか、レティも楽しい方がいいもんな。 よしミルクを用意してやるぞ、ちょっと待ってろよ」


 こんな小さい子の事を考えれるなら、借金だらけの私達の事も考えて欲しい。 家が貧乏なのに借金なんて作らないで欲しかった。


「私はそろそろ見張りに行く、子供に変な事を教えるんじゃないぞ」


「当然だろ。 まあ俺に任せとけよ、子供の面倒はお前で慣れてるからさ」


 若干心配だったが、私はクスピエと見張りを交代した。 私は外を見回すと、もうベアトリックス平原を抜けつつある。 馬車が進む先にはバール森林が見えてきている。


 この森林は、昔は殆ど手入れがされていなかったのだが、現在はちゃんと手入れがされ、見通しも良い。 見回りもされているので、魔物が巣を作る事も無いと聞く。 


 ただ、人の出入りも少なく、隠れやすいこの森林は、魔物は居なくとも襲撃には持って来いの地点だ。 私達の動向を知ってるのなら、此処で待ち伏せされたとしても、全くおかしくない。 私は森林に入る前に、武器の点検をし、クロスボウの矢の補充と、残りの矢の数を数える。


 手持ちの矢は三十本か。 少ない気もするが、これ以上は嵩張かさばって動きづらくなりそうだ。 これ以上の補充は諦め、森林に突入するのを待った。 だがバールは同じ名を持つこの森林の手前で馬車を止め、方向転換をしようとしていた。


「おじさん、何か有ったのか?」


「ほら、見てみろよシャインちゃん。 入り口近くに一人隠れているぜ」


 確かに目を凝らすと何かが居るのが見える。 森林の入り口に少しだけローブの端が見えている。 ただ居るのは一人だけとは限らない、隠れ潜んで隙を窺ってる奴も居るのだろう。


 あのローブだって罠を張ってるのかもしれない。 しかし木と殆ど同化しているそれを発見するとは、落ちぶれたとはいえ、元エリートって所だろうか。


 レティシャスのミルクも少なくなっているし、本当は先に進みたい所だったが、折角の敵の襲撃だ、敵を捕らえて情報でも聞き出したい所だ。 だがわざわざ敵の手中に飛び込むのも馬鹿らしい、此処で待ちながら敵を誘ってみようか。


「おじさん、この場所で野営をしよう。 どうせ夜になったら襲撃が来る、それまでじっくり休もうじゃないか」


「了解、じゃあ他の二人にも手伝ってもらおう。 四人の方が早いからね」


 私達四人は、手分けして野営の準備を始めた。 どうせ来ると分かっているので、敵の見張りすら付けず、動ける程度の軽い食事をして、私達はのんびりと時間を過ごした。


 向うからしたら、目の前に獲物が居るのに一向に動かないとなると、相当イライラしているだろう。 もう日も落ちて暗くなっている、相手に油断を誘う為、クスピエを見張りに付けると、他の三人は眠りについた。


 どれ程の時間が過ぎただろうか、夜に響く甲高い音と共に私は目を覚ました。


「敵襲よ、皆起きなさい!」


 それはクスピエが敵の攻撃を受け止めた音だった。 私とバールおじさんは直ぐに跳び起き、うちの親父の姿は見えない。 きっと透明化の魔法を使って不意打ちでも狙ってるんだろう。


 相手は六人、相手は此方よりも人数が多い。 私はクスピエが相手をしている男に、隠していたボウガンを撃ち込んだ。 相手はプロらしく、私の攻撃は躱されてしまうが、隠れていた親父により斬り付けられた。


 その間残りの五人はバールおじさんが相手をしている、自身の腕を槍へと変え、遠くの敵にまで牽制を入れている。 一瞬とはいえ五人を受け止める力を持つとは、流石元エリートだ。 戦いが不利にならない内に、私達三人はそれぞれの敵へと分散する。


 姿すら見えない親父は敵のど真ん中に飛び込み、一人の腕を斬り付け、もう一人の足を払う。 クスピエは翼で空に上がり、最後方に居る敵の一人と交戦を始めている。


 残り三人、数の上でももう負けはない。 私が攻撃を仕掛ける度に、親父がフォローを入れて来る。 どうやら私の近くに居るらしい。 私としては、もうそろそろ子離れして欲しいものだ。






 順当に戦いは終わり、親父に足を斬り裂かれた男だけが捕らえられた。 残りも生きてはいるが、私達が助けてやる義理は無い。 野垂れ時ぬか、それとも魔物の餌になるか、運が良ければ助かる事もあるだろう。



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