一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

8 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 7

 討ち放たれた矢は、走り寄る男達の顔の横を通り過ぎ、更に後にいる敵の体に直撃した。 完璧にヒットした私の攻撃は、その敵にとっては効果が無さそうだ。 敵の姿、あれは何だろうか? 灰色の球体、とでも言えばいいのか? 馬車より大きく、それは回転しながら追って来ている。


 しかしそれはただの球体ではない、外皮を硬い甲殻に覆われた、ダンゴムシと呼ばれるものだろう。 勿論普通のダンゴムシは、回転して押しつぶそうなどしては来ない。 大きくとも、小指の先程の大きさしかない。


 甲虫タイプは厄介だ、その硬い甲殻に、生半可な武器は弾き飛ばされてしまう。 そしてこの虫の場合、今現在弱点という物が存在しない。 完全な球体となったこの虫には、一切の隙間が無いのだ。


 私との相性は最悪、槍を使うクスピエにとっても、あまり良い相手とは言えない。 護衛の四人、その内二人は新人だ、ただオロオロと狼狽えているだけだった。 私とも挨拶ぐらいはした事がある、ただの知り合いだ。 そして知らない男二人、ナンパばっかりしてそうなその男、その武器は槍。 クスピエと同じくあまり使いものにならない。


 そしてもう一人、全く知らないその男が使うのは剣、それは中々の業物だけど、逃げて来たって事は、それさえも効かなかったのだろう。


「ちょっと、如何するのあれ! あんたの知り合いなんでしょ、どうにかしなさいよ!」


「如何するって、私の武器は通じなかったんだぞ? そんなの逃げるしかないだろう。 それともお前には何か手があるのか? ・・・・・あとあれは知り合いじゃない、知らない人だ」


 そろそろ行動を起こさないと、本当に戦闘に巻き込まれる。 此方にはレティシャスも居るのに、あんなものを相手に出来る余裕はない!


「手が無い訳じゃ無いわよ、あれだって何時までも丸まってる訳じゃないでしょ? 疲れたらきっと止まるわ。 その時が勝負じゃないかしら?」


「じゃあやっぱり、今は逃げるしかないな! 馬車に乗り込め、この場から脱出するぞ!」


 私達は馬車に乗り込み、直ぐに出発させた。


「ちょ、ちょっと置いて行くなよシャイン! お父さんを助けてくれよ!」


「置いてかないで、シャインちゃん。 俺達の仲だろ!! ぎゃあああああああ、本当に逃げられたあああ。 折角の戦力が! こ、こうなったら追い掛けるしかないでしょう!」


「おし、全員あの馬車を追うぞ、急げ急げ!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 私は後の馬車の様子を見た。 巨大なダンゴムシに何度も潰されそうになっていたが、ぶつかる瞬間、大きな土の壁が現れる。 あれは土の壁の魔法だろう、男二人にはそんな力は無いし、残りの護衛の子達によって、それが防がれているのだろう。 弾かれたダンゴムシは、方向を変えて再び馬車を追っている。


 あの護衛の子達、今まで何度も防いできたなら、魔力量もそれほど残っていないはず。 後何回もつか如何か。 幸い、ダンゴムシの動き自体はそれ程早くない、今はそれだけが救いだろう。


 三十分が経過し、もうそろそろ止まってくれないと、本当に見捨てる事になりそうだが。 今までより小さな壁にぶつかると、そこでダンゴムシが止まり、丸くなっていた体を戻した。


 やっと来た勝機、此処を逃せば、もう私達に勝ち目はない。 急ぎ馬車を止めて、敵の元へと走り出す。


「行くぞクスピエ、次に丸まるまでに倒すぞ!」


「レティシャスちゃん、少し待っててね。 直ぐに倒してくるから!」


 私達が到着する前には、向うの馬車の護衛達も戦闘体勢を整え、ダンゴムシを囲んでいる。 私はクロスボウの矢を射かけるが、それは簡単に弾かれてしまう。 ダンゴムシの弱点といえば腹だが、地に足を付けたこの状態ではそれが見えない。 彼方の組は何か手があるのだろうか?


「マリー、やれ!」


「はい、アツシさん! グランドッ・・・・・バッシュ!  はぁはぁ、これでもう 空っぽです・・・・・」


 マリーと呼ばれた護衛の一人が、土の魔法を発動させた。 ダンゴムシの下から地面が押し上がる。 それは片側半分を持ち上げると、ダンゴムシの体を反転させた。


「我が天命の一撃をくらいなさい、はああああああああああああああああ!」


「・・・・・ッ!!」


 クスピエが上空から槍を突き刺し、攻撃をしている。 私も今なら弱点が見える、矢の全弾を放ち命中させると、次の矢を装填させて、続けて攻撃を続ける。


「俺達も行くぞ、遅れるなよバール!」


「はいはい、行かせてもらいますよ。 っとその前に、ラフランゼ、体を閉じようとしたら、魔法の石で塞いでやってください。 マリーは無理せず魔力を回復させなさい、もしもの為の命綱ですからね。」


「了解しましたバールさん!」 「はい、此処は皆に任せます、頑張ってください!」


 剣を持った男が、ダンゴムシの足を何本か斬り落とす。 もう一人の男の手が槍に変わると、敵の腹へと槍を伸ばし突き刺して行く。 マリーとラフランゼと呼ばれた女は、攻撃には加わらず、何かを狙っている。


 ダンゴムシの足は動き続けている、まだダメージが足りないのか? 体を閉じられる前に、私の切り札を使う事にしよう。


「切り札を使う、全員退避しろ!」


「うあ、あれを使うのか、全員退避だ! 地面に伏せろ!」


 私はクロスボウに矢を装填すると、敵の腹の中心にその矢を撃ち込んだ。 この矢は、何本も無い特別制の矢の一本だ。 やや太い筒状のシャフト部分に、大量の火薬が詰められて、一定の力で突き刺さると、その衝撃により火薬が爆発するように出来ている。 母さんが渡してくれた特別の矢だ。


 グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 カッと浅く刺さると、その衝撃でシャフトに詰められた火薬が破裂し、矢の先端部分だけが体の内部へと進んで行った。 破裂した力もかなりの衝撃と熱を持っている。 ダンゴムシの足は殆どが吹き飛ぶ。


 そこに居る知らない男に聞いたのだが、銃という物の原理を使ったらしい。 それを武器開発班が解析し、作り上げたのがこの矢だった。 しかし火薬の調達や、コストが高すぎるという事で、十本も作られなかった経緯がある。 魔法で戦うこの国にとっては、火薬という物が殆ど無いのだ。 この矢一本で、私の十日分の給料が掛かっている。


 しかし、この矢を使ってもまだ動きを止めていない、再び体を閉じようと、丸まり始めた。


「ラフランゼ、頼みますよ!」


「大石よ、出現せよ、ドロップストーン!」






 ラフランゼの作り出した岩は、ダンゴムシの腹の上に出現した。 閉じようとした体は岩に阻まれ、体を上手く閉じられない。 私達は足の無くなったダンゴムシに一斉に飛び掛かり、最後の止めを刺した。 完全に動かなくなった事を確認すると、私は自分の馬車へと戻って行った。



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