一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

4 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 6

 マルファーの町から移動し、現在は絶賛野宿中だった。 私は今レティシャスのオムツを変えている。 まだ敵だと思われる者の気配は無い。 何方かというと、魔物による襲撃の方が厄介だった。


 見回り組が、それなりに魔物の数を減らしているが、完全に殲滅し出来ている訳じゃない。 だからここも安全だとは言えない。


「ねぇシャイン、勿論逆転の手は考えているんでしょうね?! 何も無ければ、このまま永遠に追われ続けることに成っちゃうわよ。 敵が来るとは限らないんだし!」


「私としてはあまり考えてはいないな。 王や、母さんが上手くやってくれると思っているからな。 それに私達には、現状では逃げる事しか手が無いぞ。 町中に留まっていても、賞金稼ぎやらが増えていくだけだ」


「あのねぇ! 王様ってのはどんな国でも、自分の国益の事しか考えて無いのよ! 自分の国に敵となる者が居るとしたら、貴女とその子供の命を犠牲にしても、その敵の正体を暴いて、そいつを殺しに行くわよ!! その子を護りたいと思うのなら、その王様も出し抜いて、生き抜かなきゃならないのよ。 今居る貴女の味方は、この私と、貴女の母親だけなの、まずそれを理解しなさい!」


 王が私を切り捨てるか。 考えもしなかったが、それがこの国の為であるならば、あの人は容赦せずに私達を殺すだろう。 私達三人の命と、この国の安全、王が何方を選ぶかなんて、そんな答えは考えなくても分かる。


 だけどそれは、私達を積極的に殺す事じゃない。 何方かを天秤にかけた時に其方を選ぶというだけの話だ。 逆に言えば、その状態にさえならなければ、私達を殺す必要もないはずだ。


「ん、理解した。 これからは王の動向も注意しなければならないな。 とはいえ、王都には戻れないし、町に留まるのも迷惑が掛かる。 それに私達だけでは、決定的に戦力が足りていない。 もう一人二人欲しい所だが、それも問題がある。 王軍に追われる私達に、簡単に味方になってくれるような人物を私は知らない。 それにある程度信用出来る者じゃないと、簡単に裏切られそうだぞ」


「信用出来る人かぁ、う~ん、確か誰か居た様な・・・・・ あ、そうだ、この間町に来た旅人さんなんて如何だろう? あの人ならもしかしたら助けてくれるかも?」


「旅人? そんな奴が信用出来るのか? さっきも言ったが、裏切られて情報でも流される様な事に成れば、私達に勝ち目はないんだぞ?」


「う~ん、たぶん大丈夫だと思うわよ? 彼は王国に挑んで生き残った勇者だし、権威には屈しないと思うの。 此方の事情さえ伝える事が出来れば、きっと味方になってくれるわよ」


 ふむ、その話は知ってる。 全欧イモータル様を倒したと有名な話だ。 偶々それを見かけたお喋りな男が、それを王国中に言いふらしたんだった。 王族の恥を世間に広めたその男は、百叩きを受け、一年間の牢獄生活を送らされたと聞く。


 だがそれも、もう四年も前の話だ。 もうその男も牢から出されて、普通に暮らしている。 お喋りなのは相変わらずだったけど、今も適当な事を誰かに喋っているだろう。


 それより彼というのは、イモータル様を倒した奴の事だろうか? それなら私も心当たりがある。 あの中の一人は私の知ってる奴だった。


「もしかしてマッドの事を言ってるのか? 彼奴は駄目だぞ、完全に前線を退いて、もう役には立たないと思うぞ?」


「ああ、そいつじゃ無いわよ、旅人はラフィールって男よ。 彼は今、一人旅をしているから、即戦力になると思うわよ。 事情さえ伝える事が出来れば、きっと手を貸してくれるわ、あの人お人好しだから」


 四年前、馬車の中に居た男か。 今では英雄と呼ばれるイモータル様を倒したとなると、その実力はかなりのものなのだろう。


「そいつはまだマルファーの町に居るのか? 今からあの町に戻るのは少々リスキーだぞ?」


「いえ、もうあの町には居ないと思うわよ。 確か帝国方面に向かうって言ってたから、今頃は帝国に着いてる頃かも」


 帝国とは国境の壁も無く、私達が向かうにも問題はなさそうだけど、私達が到着する頃にはもう居なかったなんて事になるかもしれない。


「その男は帝国に留まるのか? 着いた頃には居なかったなんて、笑い話にもならんぞ?」


「そこは大丈夫だと思うわよ、急ぎの旅じゃないみたいだし、何時も一月ぐらいは町に留まってるんだって。 ま、でも彼を見つけられるかは別の話だけどね」


「ふむ、行く価値はあるって事か。 分かった、どうせ行く当てもないんだ、その男を追い掛けるとしよう」 


「じゃあ早速出発よ!! ってその前に何か来たわね。 あれは馬車? 追い掛けて来た追っ手じゃなさそうだけど・・・・・」


 クスピカの見つけた馬車を見る、あれは敵の乗ってた馬車じゃない。 あれは商業用に物資をやりとりする馬車だ。 帝国からの来たのだろう。  王国への道は、此処からだと随分と離れている。 あの馬車が迷う事は有りえないし、私はもう少し観察してみた。


 魔物に襲われてるのだろうか、あの馬車は此方に向かって来ている? 護衛は・・・・・居た。 四人の護衛達が馬車を護っている。 あれは・・・・・さっき話題に上がったばかりの男バールか?


 他の三人も知った顔だ。 此処から敵の姿は見えないが、あの状態から見ると、大分苦戦してるのか? 帝国から来たのなら、道中で私達の事は知られていないはずだ。 逃げる為に、知り合いを見殺しには出来ない。 私はクロスボウと短剣を取り、腰に短剣を差すと、片手にレティシャスを抱き上げた。


「馬車を助けに行く。 クスピエ、一緒に来てくれ」


「当然ね! 私の正義はそれを求めていたわ!」


 そのセリフは、私のおばあちゃんを思い出す。 何時も正しい事の為に戦えと言っていた。 まあ、おばあちゃんは今でもピンピンしてるし、この場に現れても不思議じゃない。 本当に来たらちょっと困るので、さっさと助けてしまおう。 私は急ぎレティシャスを馬車の中に隠すと、あの馬車が来るのを待ち構えた。


 追われている馬車向うから、知り合いの男達が走り寄って来ている。


「なッ! あ、あれは!! シャ、シャイイイイイン! お父さんが帰って来たよおおおおおおおおおおお!」


「シャインちゃん、ちょっと手を貸してくれよ。 彼奴等しつこいんだ!!」






 私はクロスボウを構え、走り寄って来る知り合い二人に向けて、構えていたクロスボウの矢を発射した。



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