一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

42 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 4

 レティシャスの腹も膨れた様だし、私達はマルファーの屋敷へと向かった。 その屋敷には人が引っ切り無しに出入りしており、誰に止められる事もなく屋敷に入った。


 この屋敷の中は、屋敷と呼べる物ではなかった。 この中には色々な売り場が設けられ、人々が買い物等を楽しんでいる。 その平穏な風景に目を引かれるが、柱の作りも頑強で、壁の厚さもかなりある。 この作りの頑丈さを見ると、魔物の襲撃や何かが有った時には、この屋敷が頑強な砦となる様に作られているのだろう。


 私は必要な物は無いかと、見て周りながら屋敷の中を周って行く。 小さな小物、食料品、色々な物が並んでいる。 後で買う事になるかもしれないが、今は必要ない。 マルファーさんに会いに行くのに、赤ん坊以上に嵩張るものを持って行きたくはないからだ。 これ以上手を塞いでは、もしもの時に武器も持てなくなる。


 私は二階への道を見つけ、上階に昇ると、一階と違う雰囲気が感じられる。 そう広くない通路に扉が並び、親子だと思われる母と子がタイミングよくその扉から現れた。 私はその横を通り過ぎ、扉の中を確認した。


 見れた限りではテーブルや椅子、子供の玩具が転がっている。 此処の中は人が住んで居るのだろう。 私は振り返りその母親に尋ねた。


「すみません、マルファーさんは何処に居るのでしょうか? この町に来たばかりで、挨拶をしようと思っていたのですが、この中は随分広くて、迷ってしまいました」


「マルファーさんなら、もう一つつ上の階に居られますよ、三階にはマルファーさんの家族しか住んでおりませんので、直ぐに分かると思いますよ」


「有難うございます、助かりました」


「ええ、同じ母親同士、頑張って行きましょうね」


 やはりそう見えるのか? 髪の色ぐらいしか似ていないと思うのだけど。 私はこの人と別れて、更に上の階を目指した。


 三階。 かなり広めの部屋の奥に、立派な扉が一つだけ見られた。 権力を誇示するような立派な扉だ。 此処に町長であるマルファーさんが住んで居るのは間違いなさそうだ。 私はその扉をノックして、誰かが出て来るのを待つ。


「はーい、だ~れ~?」


 扉を開けたのは小さな女の子だった。 金髪で、髪が肩辺りで二つに分けられている。 五歳か六歳か、たぶんそのぐらいだろう。 この子がマルファーさんじゃないのは分かっているが、私はしゃがんでこの子に尋ねた。


「貴女がマルファーさんですか? 私はラーシャインと言います、少しお話してもらえませんか?」


 女の子は赤ん坊に少し目をやり、フルフルと頭を振って、私に違うと教えてくれる。 その子は部屋の中へ呼びかけた。


「おと~さん、お客さん来たよ~」


「ああクスピエ、もう少し待ってもらってくれ。 後少しでで終わるんだ」


 奥からマルファーと思われる男の声が聞こえる。 この子はマルファーさんの子供か。 クスピエがこの子の名前なのだろう。


「は~い。 もうちょっとお待ちくださ~い。 今おと~さん仕事してるの~」


 私は少し仲良くしようと思い、興味を持っていた赤ん坊を見せた。 


「クスピエちゃん、この子、触ってみる?」


「良いの?」


「ええ、優しく撫でてあげてね」


「うん!!」


 クスピエがレティシャスの頭を優しく撫で、そのまま飽きる事無く、撫で続けている。 基本的には女の子は可愛いものが好きなのだ、赤ん坊もそれに含まれる。 私もまあ嫌いではない。


「クスピエちゃんは今幾つになるの? お姉ちゃんに教えてくれるかな?」


「わたし~? わたしはね~、今年で十九歳になるかしら~? このままじゃ子供にしか見えないし、出来ればもう少し、大きくなりたいわ。  ・・・・・所で貴女はこの町の人じゃないわよね? この町に住んでたら、私の事を知らない訳がないし。 何の用で此処に来たの? 怪しい目的じゃないでしょうね?」


 後へ飛び退き、私はクスピエから距離を取った。 それが冗談に思えない程に、クスピエの顔付きが真剣な物へと変わっている。 本当にこれは子供なのだろうか?


 クスピエに武器を向けるのか、少しだけ悩んだが、私は背中に隠していたボウガンを向けた。  一人しか使える人を知らないけど、姿を変える魔法もある。 これはもしかしたらそういう類なのかもしれない。


「もうこの町にも手配が回っていたのか、お前は何者だ!」


「手配? そう・・・・・貴女追われていたのね? お尋ね者か何かかしら? 貴女が何をしたのか知らないけれど、私は悪い人を許さない!! 私はクスピエ、この町を守護する天使クスピエよ。 邪悪な者よ、我が光の槍をくらい、その身を浄化しなさい!」


 クスピエの体が空中に浮きあがり、その背中から真っ白い羽根がとび出す。 その手には長槍スピアが現れ、小さな体のリーチを補っている。 あの体では明らかに振れそうもない長さだが、世の中には天才や化け物って者が存在する。 私は油断なく武器を構え、相手の動きを見極めた。


 クスピエは槍の石突きを床に落とし、槍を倒しこむ力を利用して、槍を振った。 刃先を起点に、槍がしなり、クスピエは飛ぶ様に体が持ちあげられ、瞬時に間合いが詰まる。 もうこの距離は槍の間合いだ。 クスピエはその勢いのままに、手に持った槍を振り下げた。


 ガチイイイイイイイン!!


 クスピエは赤ん坊を気遣う事もないようだ。 鋭い衝撃は床を傷つけ、私に躊躇いも無く攻撃を放った。 だが幾ら早くても、ただ真っ直ぐな攻撃を避けられない訳が無い。 横に避けて、クロスボウの矢を放つ。


「そんな物、この私には当たらないわ!」


 射線は伸びて行くが、矢を放った先にはクスピエは居なかった。 槍を打ち付けた衝撃で、また大きく跳ね上がり、刃先や石突きの角度を変えて、移動先を変えて行く。 壁や天井までも使い、縦横無尽に部屋の中を駆け巡る。 これは中々厄介だ、体が絶えず移動していて、狙いが定まらない。 


 この場は不利だ、この広すぎる空間では、クスピエに狙いが定まらない。 二階ならばとも思ったが、この空間を支配しているクスピエが、それを想定してないとは考えられない。 私が向かうべき場所は、たった一つ。 前に見える、あの扉の先なのだ。


 横薙ぎに放たれた、槍の下をくぐり抜け、一房の髪の毛が千切れ飛んで行く。 私は手を伸ばし、大きな扉を開け放ち、その扉の先に進んだ。


「このおおおおおおおおお!」


 私は襲い掛かって来るクスピエに対して、その大きな扉を閉める。


「こら~、卑怯者!! 扉を開けなさい!! ちょっと、ねぇ、開けてよ~!! ま、ママー!! 侵入者よ~!! 居ないのママ~!」




 ガンガンと槍で扉を叩くクスピエ。 しかしその程度では、この扉はビクともしなかった。 彼女の力では、この扉を壊すのは無理だろう。 私は鍵を掛けて、マルファーの家の中を進んで行った。



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