一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

32 昔やってしまった事と、今やられている事、それを計算して納得する者は少ない。

 王様との約束の日まで俺達は必死で服を作り続けている。 母ちゃんの言い分では殆どの人はまず見た目から入るからって事らしい。 言われてみればそうだ、知り合いでも無ければ、ボロボロで汚らしい人物よりは、綺麗な格好をしている人の方が印象が良い。


 他にも、今回王国へと出向く獣人の選別がおこなわれている。 差別をなくそうと言うのに見た目で差別するのは良いのかって話だが、まあこれも獣人の為だ、多少は勘弁してほしい。


 そして選ばれた一握りの獣人達は、母ちゃんにより厳しい訓練が施されている。


「さあ私の後から復唱しなさい!! はい、お早う御座います!!」 


「「「「「お早う御座います!!」」」」」


 ズラリと並んだ獣人達が、母ちゃんの言葉に復唱する。 これはまるで日本の会社の様だ。


「挨拶は優しい笑顔でキッチリと、相手には爽やかに聞こえる様に、はい、もう一度!!」


「「「「「お早う御座います!!」」」」」


「腰の角度は30度!! キッチリ頭を下げましょう。 もう一度、お早う御座います!!」


「「「「「お早う御座います!!」」」」」


 どこのブラック企業だろうか? それとも、もしかしたらこれが普通なのか? 社会に出た事が無い俺には分からないぞ。 母ちゃんの狙いとしては、見た目、礼儀作法、仕草、全て仕込んで、人間よりもキッチリした態度を見せる事で、獣人達がただの獣じゃないと認識させるらしい。


「名刺交換お辞儀で笑顔!! 両手でキッチリ渡しましょう!!」


「「「「「こちら名刺です、ご用がある時にはお気軽に御電話ください!!」」」」」


 此処に電話なんて無いだろうに、それに名刺も要らんだろ。・・・・・この城を何かの会社にでもするつもりだろうか?


「じゃあ次は歩き方の指導よ!! 腰を伸ばして胸を張って・・・・・」


 日が過ぎて約束の日、百台もの馬車と共に、獣人達がレイザード王国へとやって来ていた。 俺達はレイザード王国でそれを見守もっている。 王からの御触おふれが出て、王国の人達も何もしていないが、その表情は侮蔑ぶべつに満ちている。


 しかし、馬車から降りて来た獣人達を見ると、その感情が少しだけ違って来た気がする。 王国の人達は、今まで汚らしい姿しか見て無かったんだろう。 


 今では母ちゃんに鍛えられ。 身なりもきちんと整えられている。 美しい毛並み、それに似合う様に作られた服、背筋をピンと伸ばして、堂々と歩く姿。 香水の様な匂いまでしてきている。


 そんな獣人達を見て、一番反応しているのは小さな子供達だ。 少し前までは石まで投げていたと言うのに、綺麗だの可愛いだの言っている。 まあ子供なんてそんなものだ。 問題なのはある程度歳を重ね、頭がカチコチに固まった大人達だろう。 走り寄ろうとする子供達を引き止め、叱ろうとしている。


 そんな中、そこに足を進める獣人が一人居た。 あれは・・・・・母ちゃんに最優秀賞を貰ったコルディー18歳だ。 狐っぽいが、毛の色が薄い桃色というファンシーの塊の男の子だ。


「騒がせてしまって申し訳御座いません。 これはほんの心ばかりのお詫びの印です、どうぞお受け取りください、美しいお嬢様。」


 どう考えてもお嬢さんには見えないが、子供を止めている母親の一人に優しい笑顔と共に、花束を手渡した。 目の前で嗅いだ香水の匂いは、男でもドキドキするような香りだ。 香水なんて物は平民の手には中々届かない。 初めて嗅いだ艶やかな香りは、脳を混乱させるほどの刺激を与えている。


「ふ、ふん、花には罪はないものね。 この花束は貰っておくわ。」


 お世辞と共に手渡された花束を、そのお嬢さんは受け取った。 実は受け取らない可能性は殆ど無かった。 営業マンとしてやり手の母ちゃんは、受け取らせる人物の選定として性格までも調べ上げていたのだ。 この人はマルレーゼさん、夫は随分前に病気で無くなってるし、此処で花束を受け取っても、夫に怒られたりもしない。 そして決定的なのは、全く獣人の被害を受けてはいないって事だ。 つまり、此処までは全部予定通りなのだ!!


 凄いぞ母ちゃん、別にこっちの世界に来なくても向うで成功してたんじゃないのか!! 魔法少女なんて諦めて、家に帰った方が良いんじゃないのか!!


 実はまだ仕掛けは続く、べノムが変身魔法を使って民衆に紛れ、もうそろそろ騒ぎ出す頃だ。


「ふざけるなよお前達!! お前達の所為でどれだけの人間が死んだと思っている!! 俺達はまだ許した覚えは無いんだからな!!」


「そ、そうだ、お前達の所為で俺の家族も!!」


「そうよ!! あんた達の所為で私達がどんな目にあったのか、私は絶対許さない!!」


 騒ぎを起こす者は厳罰が下される、それが今日一日だけのルールになってる。 こんな中で騒ぎ出す人数はあんまりいないが、それでもべノムに賛同する人物には、それなりの理由があるんだろう。


 コルディーはそれに対して返事をする。 ちゃんと頭を下げて素直に謝ったのだ。 それを見た獣人達も、一緒に頭を下げた。


「私達の仲間がやった事は、本当に申し訳御座いませんでした。 ですが獣人全員がそれを望んでいる訳では御座いません。 私達は貴方達と手を取り合って行きたいと思っているのです。 どうか私達を許してはくださいませんでしょうか?」


「なめんな!! そんな程度で許されると思っているのか!! 許して欲しいってんなら、俺の家族を返しやがれ!!」


「そうだそうだ!!」 「帰れこの野郎!!」 「私の弟を返して!!」


 ある程度謝ったコルディーは、一気に反撃に出た。


「では、私達の家族を返してもらえませんか? 私達獣人は、ここ百年殺されて来たと思うのですが、その責任を取ってもらえませんか? 貴方も何人か殺してるんでしょ!!」


「そんなの当たり前だろう!! お前達は害虫なんだ!! 害虫を殺して何が悪い、何匹殺したなんて覚えてもいないわ!!」


 何人かは気付いただろうか? 今言い合いしているコルディーが、普通に話せる奴だと言う事に。 それを認識して、自分達がした事を思い出せただろうか? この中の何人が・・・・・半数以上は何かした覚えがあるのかもしれない。


「此処に居る全員は同じ立場なのです、私も全部を許す事は出来ないかもしれませんが、少しぐらいは許し合いませんか?」


 コルディーも家族を殺された一人。 そんな事が有ってもこの茶番に付き合ってくれてるのは、これ以上戦争が続いて仲間が殺されるのが嫌なのだろう。


「分かった、俺も少しは許す事にするぜ。 なあ皆、俺と一緒に許し合わないか!!」






 そして、べノムのこの問いに答えた者は、この中ではたった一人も存在しなかった。 やっぱりそう簡単にはいかないのだ、これから何千何万と交流して、世代を超えてやっと分かり合える日が来る。 ・・・・・事もあるらしい。 厄介な事に、親から受けた恨みの教育は、世代を超えて受け継がれる。 日本にいる人なら気づく人も居るだろう、戦争が終わって何十年。 隣の国ではその事をまだ問題にしているのだから。



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