一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

29 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 1

 さて、話を進める前に、私がどうやって此処までたどり着いたのか話をしようか。 ほんの少しの自分語りと、この物語の最初の話を。


「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」


 小さな一室、私は厳しい母と、無駄に引っ付いて来る親父の娘として生まれた。


「うおおおおおおおおおおおおおお、やったぞ! これが、俺の娘だあああああああああああ!」


「おお、女の子か。 まあ、うん、おめでとう、娘よ」


「残念だったな親父、そう上手くはいかなかったみたいだな。 まあスッパリと諦める事だ、権力なんぞに執着しても良い事はないからな」


「それはもう諦めがついているわい、しかしまあ女の子か、ふむぅ」


「俺としては女の子で良いぜ、こんなに可愛いんだからな! それとこの子の名前を考えていたんだ、この子はレイン、レインで決まりだ!」


「小僧、悪いが名前を決めるのは家長である俺の役割よ、だからこの子の名前は俺が決めるのだ! こんな可愛い女の子にふさわしい名前は、お前の名はラーリアだ!」


「おいいいいいいいい、流石にそれは許容できないぜ! 俺の娘の名前ぐらい付けさせろ!」


 ダダダダダダダダだ、バタン!


「悪いけどあんた達の名前は却下よ、このおばあちゃまが可愛い名前を付けてあげる!  この子はシャイナ、それで決まりよ!」


「オギャア、オギャアアアアアアアアア!」


「ちょっと黙ってくれないか、五月蠅くするから泣いてしまったじゃないか。 とはいえ名無しでは困るか、よし、お前はラーシャインだ。 全員の名前を入れてやったのだ、三人共文句は無いな?」


「オギャア、オギャアアアアアアアアア!」


「「「はい」」」


 こうして誕生したのが私、ラーシャインだ。


 昔は貴族で、女王付きの親衛隊だったとおじいちゃんは言っていたが、それが嘘だと分かる程には、私の家は貧乏だった。 そんなのだから、私は小さな時から親父と一緒に働きに出ていた。 王国に来る馬車の案内をするだけで、国から給金が貰えるのだ。 魔物は駆除されているし、危険はそれ程ない、まあ子供でも出来る簡単な仕事だった。


 そんな仕事も、私が十四歳になった頃には一人でやる様になり、案内人としても一人前に成長していた。 今ではもう十九、立派な乙女になっている。


 母さんは十六で結婚していたと言ってたが、私には全く男運が無い。 私に言い寄って来るのは、今でもキスをねだって来る、私の親父だけだ。 ・・・・・もしかしたらあの親父が邪魔をしてるんじゃないだろうな?


 まあそんな話は兎も角、今日も王国へとやって来る馬車の予定がある。 私は何かあっても良い様にと木陰に隠れ、馬車の到着を待っていた。


 暫くすると、何時も通りに待っていた馬車が通りかかった。 何時も通りの馬車、少し大きく4頭も馬を使った馬車だ。 あの馬達も何時も通りに良い毛並みをしている。 しかし、馬車を操るあの男の顔は見た事が無かった。 フードを被って良く見えないが、あれは見た事が無い男だ。 子供の頃から見慣れている私には分かる。


 確かに自分で馬を操ってやって来る者は居る。 しかしあの馬車は何時もと同じ物だ、とするとあの男は ・・・・・新しく雇ったのだろうか? 少しだけ警戒して透明化の魔法を使い、タイミングを見計らって後から馬車の荷台へと乗り込んだ。


 母さんから教わった気配を殺す技と、親父が使っていた透明化の魔法、これを使った私を見つけるのは困難だ。 手に持ったボウガンを向けて馬車の中を確認する。


 馬車の中には六人、馬を操ってる人物も入れれば七人にもなる。 全員がフードを被り、ブカブカのローブを着用している、これはもう怪しさしかないって感じだろうか。 その七人が、私が声を掛ける前に話をし始めた。 態度から見ると、リーダー格は馬車を操っている男らしい。


「そろそろ王国に到着する頃か、こんな辺境の地まで来させられて、失敗なんて出来ないからな。 お前達、今一度武器の状態をチェックしろよ」


「ボス、本当に信用出来るのですか、その内通者って奴は。 そいつが日和ったら、この作戦は成立しませんぜ?」


 ・・・・・内通者・・・・・か。 不穏な話をしているな、こいつ等は王国に仇名すつもりか?


「そのへんは心配ない、こちらは奴の弱みを握っているからな、やらなければ奴の家族が死ぬ事になる。 家族を殺してやらないなんて言う男じゃないさ」


 リーダーらしき男は、周りに人が居ない事を確認すると、自分達が何をするかと話し出した。


「よし、作戦の最終確認だ、良く聞いておけよ?」


 馬車の男達が頷き、作戦の概要が説明された。 それは王国内部で騒ぎを起こし、もう直ぐ生まれると言う王家の第一子の赤子を暗殺するらしい。 そこでその赤子と何処かの赤子を入れ替えて、王国の血を絶やすのが目的らしいのだが、なんて気の長い作戦だろうか。


 だが戦力で劣る諸外国が、こんな手に出るのも分らない話ではない。 私は百人にも満たない戦力で、近くにある一国、帝国を落としたという話を聞いた事があるからだ。 本当にそれをやったかどうかは私には分からないけど、実際に帝国は敗れているのだから真実味はあるだろう。


 ・・・・・さて、もう少し情報を聴きたい所だけど、そろそろ魔法の効果時間が切れそうだ。


 如何する? 戦うか? 私の武器はこのクロスボウ一つだ、不意を突いて二人はいけると思うが、そこから5対1で勝つ可能性は低い。 もし私が負けたらこの男達に如何扱われるのか、そんな事は考えたくも無い。


「で、ボス、そいつの名前はなんていうんですか?」


「ああ、そいつの名前は・・・・・」


 自分の体の色が戻り始めている、私はその名前を聞く事なく、後ろへ飛んで馬車から降りた。 正門に居る門番が、何時も乗って行く私が居ない事に気づいてくれれば良いんだが・・・・・馬車が見えなくなると、私は自分が乗って来た馬を使い、怪しい馬車の後ろを追い掛けた。






 私が正門に到着する頃には、もう馬車は門を越えて王国の内部へと侵入している。 何も気づかない門番を問い詰めたい所だったが、今はそれよりも追い掛ける方が先だ。 門番に挨拶する事もなく、馬を全力で走らせた。



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