一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

28 剣だけが武器じゃない、たった一言でも相手の心を変えられる。

 ガッ、ギイイン、ガッ!!


 軽くべノムと剣を合わせながら、少し移動して仲間の様子を窺ってみる。 ストリーと母ちゃん達三人の戦いは、一方的に母ちゃん達の魔法で距離を取らせて、ストリーを近づかせないでいる。  ストリーは剣を使い、防御に専念しているが、これはワザとやってるのかもしれない、ストリーがこのぐらいの攻撃を回避出来ない分けが無いし。 もしかしたら俺の母ちゃんだから気にしてるのか? このまま続くのなら問題は無さそうだ。


 ギャイン、ギイイン!!


 メイはというと、一方的に攻撃をされて、かなりピンチみたいだ。 メイは結構真剣な顔をしているからこれ以上踏ん張れないかもしれない。


「くッ、流石に強い、でも勇者として負ける訳にはいきません!! 今から全力をだしますよ、後悔しないでくださいね!!」


 そう言うとメイが魔法を使い始める。


「ダメージカット!!(ダメージ軽減) スピーディー!!(移動速度アップ) ファイヤソード!!(武器属性付属) ストレングスパワー!!(攻撃力アップ) リーフリフレイン!!(継続回復)」


 自分の力を上げる魔法を唱え終わると、今度はフレーレ様に向かって弱体魔法を入れ始めた。 フレーレ様も邪魔しようと思えば出来ると思うけど、何もせずに待ち続けている。


「スロウダウン!!(速度低下) ストレングスダウン!!(筋力低下) ペインファング!!(継続する痛み) アルティメットチェイン!!(掛かっている魔法の数だけ全魔法効果アップ)」


「ねぇ、終わったのかしらー? もう良いのかしらー? 私、弱体化されたのなら力も弱くなってるわよね? これなら私、全力を出しても良いのよねぇ? ふふふ、久しぶりに全力が出せそうだわー。」


 キュンッ!! っとフレーレ様の靴が鳴る。 メイもそれに反応して剣を振っているけど、フレーレ様はその剣の軌道を変えて、メイの硬い鎧の上から拳を当てた。 あれは打撃を鎧の内部へと伝動させて衝撃を伝える技だ。


「ぐっ、はぁあああぁぁぁ・・・・・・・」


 おふ、あれはあかん、俺も軽くやられた事があるけど、内臓が爆発するかと思う程だったぞ。 下手したら死んでいた。 でもメイは魔法が掛かってるみたいだし、もしかしたら大丈夫なのかもしれない。


「ま、まだまだああ!!」


 お、やっぱり大丈夫みたいだ、あのままもうちょっと頑張ってもらおう。


「おいお前、何よそ見してやがるんだ!! こっち向かないと死ぬぜ!!」


 ギャン、ギイイン。


 危な、一瞬忘れる所だった。 でも如何しようか、俺の会心の剣撃を軽く受けられる。 やっぱりそう簡単には勝たせてもらえないぞ。 これでも本気じゃないんだ、もう化け物レベルと言ってもいいだろう。


「中々やるじゃねぇか、結構強めに行ってるんだけどなぁ。 どうやら師匠に厳しく躾けられたみたいだな。」


「あったり前だろ、俺がどんな目に合って来たと思ってるんだ!! 言葉にするだけで恐怖が湧いて来る様な地獄の日々だったんだぞ!! これで強くなってなきゃ、ただ虐められてただけじゃないか!!」


 ギャンッ、ガッ、ギシ!!


 べノムに勝つには剣だけじゃ無理だ、やれる事は全部やってみるか。 俺は剣を交えながら、べノムに小声で話し掛けた。 


(おいべノム、此処は俺に勝ちを譲ってくれ。 ストリーに良い所を見せておきたいんだ!!)


(アアン? 嫌だね、お前に負ける様じゃ俺はおしまいだぜ!! 演技だとしても絶対やらねぇ!!)


(けち臭いぞこの野郎!! 今度ブルージュースおごってやるから負けとけよ!!)


(なめんなコラ、それクソ不味い安物じゃねぇか!! せめて酒にしとけ!! 貰ったとしても負けてやんねぇけどな!!)


 ギイイイイン!!


 何度目かの攻撃が防がれ、このままでは勝てないと俺は考えた。 真面な方法じゃあ勝ち目が無いし、俺の優しい提案にも乗って来なかった。 俺が勝てる方法は、もう卑怯な手しか思い浮かばない。 俺が卑怯な事をするかって? そんなのやるに決まってるじゃないか!! まず俺はべノムの弱点を考えてみた。 此奴の弱点・・・・・何があるんだ? ロッテちゃんの事は気にすると思うが此処には居ないし・・・・・良し、使い古された手だけど、ちょっとだけ試してみるか。


(あれ? お、あれは・・・・・後ろにロッテちゃんが来てるぞ? ちょっと振り向いてみろよ。 本当に来てるからさ。)


(何言ってるんだコラ、こんな所にロッテが居る訳ねぇだろ、嘘言ってんじゃねぇよ!!)


(べノムこそ忘れている様だな、此処へ呼んだのは天使だぞ? あの天使達が、べノムを探すロッテちゃんの話を聞いたかもしれないじゃないか!! 本当に来てるから見てみろよ!! これマジだぞ。)


(誰が騙されるかこの野郎、嘘までついて勝ちたいのかよ!! ・・・・・本当だったらちょっと場所をかわれ、それで見るからよ。)


 そう簡単に油断しないな、勿論此処にロッテちゃんが居るなんて嘘なんだけど。 だがまだ手は残ってる、俺もイバスと付き合う内に、悪知恵が働くようになったからな!! まずべノムが後を見るには、俺達二人が場所を移動して、反転しなければならない。 べノムも殆ど信じてないけど、一瞬チラ見するだけでそれで十分だ。


(ああ良いぜ、入り口の所に隠れてたから、ちゃんと見るんだぞ。)


 俺はちょっとずつべノムの横へ移動し、べノムが横を向けば確認出来る状態まで持っていくと、そのまま移動するフェイントを入れて逆側に戻る。 べノムは俺の嘘だと分かっているだろうが、目線でチラリと確認し、直ぐに此方に振り向いた。 しかしもう遅い、一瞬でも意識をそらしたべノムが悪い。


「インビジブル。」


 俺は魔法を唱え姿を消すと、場所を分からなくする為に、用意していた小さな小石を同時に投げた。 べノムが振り向いた時には俺の姿は掻き消えている。 それを見てべノムは後へ飛び退き、状況を窺っている。 俺はまだ動いていない。 というか動けない。


「この野郎、何処行きやがった!! 姿を現しやがれ!!」


 その声に俺は反応しない、姿が消えただけで音は聞こえるし、下手に動いて鎧の音でも鳴れば位置がバレてしまう。 真剣勝負だったなら、本気で殺す気のべノムだったなら、部屋中を滅多切りにでもしたら良いのだが、俺を殺す気が無いべノムにはそれが出来ない。 これは俺の命を盾にした裏技だ。 後でも向いてくれれば殴り倒してやれるんだけど。


 べノムが天井近くに飛び上がり、空中に静止している。 辺りを見回して俺を探している様だ。 こうなったらもう後から殴るのは無理か、石でもぶつけてやろうかと思ったけど、それじゃあ居場所がバレてしまう、残念な事に、此処から先の手が見つからない。 そして少し時間が過ぎると、回復した兵士達がこの場に駆けつけて来た。 応援に来た兵士達は、一度やられた為か迂闊に攻撃を仕掛けていかない。 


 これはもう時間切れだな。 俺達は王様の前に壁になり、べノム達に宣言した。 


「これでもう逃げ場は無いぞ、もう大人しく投降したらどうだ!!」


「確かに、ちょっとばかり面倒そうだな。 しかしまあ俺達の力は分かって貰えただろう? 別に俺達はこの国を滅ぼしに来た訳じゃないんだぜ。 どうだ、これ程の力を持った俺達と戦うより、少しばかり話し合った方が良いと思うんだが。 如何だよ王様、考えてみてはくれねぇか?」


「断れば私を殺すつもりなのか? そんな手には乗らんぞ!! 人間は魔族に屈したりはしない、やるならやれ!! このまま屈したら、殺された兵達に申し訳が立たんわ!!」 


「あのなぁ、俺達は誰一人殺しちゃ居ないぞ。 まあ流石に無傷でとはいかなかったがな。 良いぜ、待っててやるから確認でもしてみるかぃ?」


 王様が倒れて居る兵士達を見回し確認している、全員生きていると確認すると、この王様はべノムの提案を受け入れた。


「分かった・・・・・その提案を受け入れよう。」


 そして王様は命令を下す。


「全軍に伝えよ、この者達が国を出るまで絶対に手を出してはならんぞ!! 分かったか、即座に伝令せよ、今直ぐにだ!!」


「「「「「ハッ!!」」」」」






 援軍に来た兵士達は、伝令を伝える為散りになって行った。 これで第一歩は終わった訳だが、魔王と王様の会談も控えている、まだまだ先は長そうだ。



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