一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

8 王道を行く者達76

 目の前に居る王のプレッシャーが跳ね上がる。 廃城に佇む魔王のその目には、力強い光が戻ってきている。 だがその表情はただ燃え盛る怒りだけが見て取れた。


「さあ此処からが本番ですよ!! はあああああああああああああああああ、先制のセイントスノー!!」


 マッドの放った冷気は、この部屋の気温を下げて行く。 その冷気は廃城の王の周りに集まり、服や体に小さな氷の粒がくっ付いて行く。 そしてその氷は溶けずに、廃城の王の体に残り続けていた。 ダメージは無いだろう、そのために怒りしか持っていない廃城の王は、それを完全に無視した。


「ラ・・・ライ・・・トニ・・・ング・・・スピア・・・・・」


 王の掌から放たれた電雷の槍、しかしその発動は遅すぎた。 まだ頭の回転も働いていないのだろう、魔法を唱えるのにも苦労している。 そんな遅い攻撃を受けた三人は、直ぐに回避すると、小さく鋭い額縁の短剣を全て投げつける。


 マントを振り回し半分以上は落とされるが、肩を切り裂き向うに抜けて行く一本、太腿へと突き刺さった一本。 酷い傷を負った左腕に一本が刺さる。 他はごくわずかな傷を負わせただけだった。


「ラフィール、風を吹き付けてやりなさい!!」


「応!! 強風よッ、吹き荒れろ!!」


 吹き飛ばす様な風ではない、廃城の王の周りに、乱気流の様な物が現れた。 複雑に入り組んだ風の渦は、ただその体に纏わりつく。 そしてマッドが残した氷は、体温を奪い、筋肉の動きを鈍くさせる。 風は周りの温度を下げ、その効果を増して行った。


「ライト・・・ニング・・・スピア。」


「ほわああああああああ、アイスウォール!!」


 王の攻撃は、先ほどの攻撃よりもほんの少し早くなっているが、その攻撃はマッドの氷の壁によって防がれ、空気中に消えていった。 このまま行くのなら接近戦も必要ないだろう。


 そのまま攻防が続き、三分が経過した頃。 廃墟の王は体を震わせ、ガックリと膝を突いた。 その表情から怒りが消える。 無から怒りへ。


「くふふふふ、はぁっはっはっは、あははははははは、くひひひひひひ。」


 そしてそれは喜びというよりは、楽しんでいる様な。 そんな笑いを上げながら、自分の体に突き刺さったナイフを引き抜き捨てると。 体から放たれた電撃により、マッドが作り上げた氷の粒が弾き飛ばされていく。 そのまま腰の鞘から剣が引き抜かれ、リーゼへと突撃を仕掛けた。


「ファイヤーッ!!」


 リーゼは炎を放ち、突撃を止めようとしたのだが、マントを盾とし、迷わずに炎へと突き進んで来る。 燃えるマントは投げ捨てられ、そのまま直進して来る。


「リーゼちゃん下がって!! あの攻撃を受けたら不味い!!」


 ラフィールがその攻撃を盾で受け止め、王の剣から電雷が流れ出す。 ラフィールの防壁の一枚が割れ壊れた。 だがその事で王の体から流れ出していた雷の力が霧散し、その力が失われることとなった。


「チャンスよ!!」


 ラフィールは盾により王の剣は抑えられている。 その間にリーゼは王の左腕を斬り飛ばした。


「ああああああああああああああッ、メギド様の腕が!! リーゼさん、助けてくれるんじゃなかったんですか!!」


「お母さんが生き返ると言っても、まだハガンの分が残ってるわ。 あの腕は二度と戻らないし、このぐらい良いでしょ!!」


「このまま帰ったら物凄く怒られそうで怖いんですけど!!」


「其方の事情なんて知らないわよ!! 戦ってるんだからそういう事もあるでしょうが!!」


「言い合ってないで手伝ってくれよ!!」


 腕を切り落とされても、廃城の王はそれを気にした様子もなく、ラフィールの盾にガンガンと剣を打ちつけている。


「ファイヤーッ!!」


 完全に死角となった左腕側からの攻撃は、その左腕の傷を焼き上げる。 それがトリガーとなり、その顔がまた変わりだした。 この城の王だった者、その瞳からは涙が溢れ出す。 膝を突き、崩れ落ちると、とめどなく流れ出るその涙は床へと落ちる。 そしてその体の近くから雷光が落ちる。


「うううう、うあああああああああああああああああああああ!!」


 その雷は王の周り八方向から落ち出し、その数は倍へ倍へと増え出した。 少しずつ、少しずつその威力は増して行く。 ある程度防いでいた天井の槍も、これでは全く役に立って居ない。


「ちょっ、これ不味くないか?」


 防壁で一本を防げたとしても、この数では如何にもならない。 今は逃げるしか手が無い。


「防げないなら逃げるしかないでしょ!! 急がないと巻き込まれるわよ!!」


「は、はいいいいいいい!!」


 リーゼ達は部屋から脱出するが、その雷は増え続けている。 もう城から撤退するしか手がないだろう。 しかしそれも想定の内、リーゼ達は探索を続けていた為、城の構造は覚えている。 迷うことなく階段を降り、城の出口付近、後ろからは無数の雷鳴が聞こえて来る。 それはもうほんの近くに迫って来ていた。 だが城門までは、もう目の前にまで迫っている。


「一撃なら俺が!!」


「良いから走りなさい、こんな所で一撃程度防いだって意味ないわよ!! 出口はもう少しよ!!」


「あーもう間に合いませんよ!!」


「マッドさん、進行方向上に氷を作って!!」


「そんな事したら落ちて来ますよ、あわわわわわわ!!」


「良いから早く!!」


「如何なても知りませんからね・・・・・アイスウォール!!」


 走り続ける三人の上空に氷が作られる。 その氷は何本もの雷を防ぐが、氷はリーゼ達を押しつぶす様に空から落ちてきている。 ラフィールはギリギリまで我慢し、手を突き上げると、その氷は防壁によりかき消された。


 ッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 音だけで鼓膜が破れる程の大雷が落ちる。 焼けこげる草の香と、リーゼ達の先には城門が見えた。 ほんの一瞬の差だった、城門から伸ばされた手によりリーゼとマッドが救い上げられる。 ラフィールだけがその雷を受けたが、残っていた防壁により命は取り留める事が出来た。 






 その手を伸ばしたのは、三人の帰りを待ち続けたハガンとリサだった。 ラフィールの防壁が残っていると信じ、リーゼとマッドを助けた様だ。



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